第16話

森の奥にひっそりとたたずんでいる洋館。



そこがあたしの家だった。



どうしてここにいるのかと言えば、ここがあたしが生まれた土地であるからだった。



当時はひとつひとつの家が大きくて、それほど裕福ではないあたしの家もこのくらいの広さがあった。



両親が死んでひとりで生きていくことになったときこの土地を離れたが、ことあるたびに戻ってきていた。



その都度形を変えている自分の家にとまどったし、全然知らない人が暮らしていることもあった。



この洋館は今から100年ほど前に立てられて西洋人が暮らしていたけれど、それももう何十年も前の話だった。



周囲が森に囲まれてしまったこともあり、そこから先は誰も暮らしていない。



とても古い建物だということもあり、現代の若者の間ではお化け屋敷と呼ばれる存在になっていた。



それでも、やっぱりここにいると気持ちが落ち着く。



姿形を変えても、生まれ育ち、両親との思い出がある場所なのだから。



あたしは1階の奥にあるベッドルームへ向かった。



当時ここで使われていた家具がそのまま残っていたので、再利用できるものはすべて使っている。



ひとりで使うには大きいダブルベッドや、角が割れた鏡。



大理石のテーブルなど、もともといい家具が使われていたようで、それらは健在だった。



あたしはそのままベッドに横になった。



「どうしよう。このままじゃクラスがめちゃくちゃになっちゃう」



少しのわだかまりはどこの世界にだってある。



それはパッと見じゃわからないものも多い。



だけどそのわだかまりが原因で、大きな亀裂を生み出してしまうシーンも、幾度となく見てきた。



自分の正体がバレてしまう日も、そう遠くはないかもしれない。



そうなる前にみんなと少し距離を置いたほうがいいかもしれない。



真夏と綾の顔を思い出すと胸の奥が痛んだ。



みんなと離れるのは辛い。



洋人君にだって、もうあんな顔をさせたくはない。



あたしは強く目を閉じてそんな気持ちを押し殺した。



「今のままじゃダメなんだもんね」



声に出して呟き、自分自身に言い聞かせる。



ことの発端はあたしにあるんだから。



あたしがどうにか収束させなきゃいけない。



この人生を楽しむのは、その後だ。



「明日には、絶対に頑張るから」



あたしは割れた鏡の中に移っている自分へ向けて、そう呟くのだった。


☆☆☆


この日はなんの夢も見ずに朝になった。



眠ったのか眠っていないのかよくわからない、フワリとした感覚。



上半身を起こすと少し頭が痛くなったから、しっかりとは眠れなかったのかもしれない。



ベッドルームを出て右手にある洗面所へ向かう。



洗面所の鏡は割れてなくなっているため、かわりに手鏡を置いてある。



それで自分の顔を確認してみると目の下が黒くなっていた。



こうして疲れた顔をしていると年をとったように見えて、心が躍る。



「あたしも老けて、死ぬことができればいいのに」



そうすれば今の友達や洋人君と離れずにすむのにな……。


☆☆☆


学校へ向かう足取りは重たかった。



できれば行きたくないと心が叫んでいる。



実際にこれはただの暇つぶしなのだから無理に学校へ行く必要なんてなかった。



それでもあたしは学校へ向かう。



今回の人生は今までとは少し違っていて、大切にしたいと思っていたから。



「千奈、昨日は大丈夫だった?」



どうにか昇降口までやってきたとき、ちょうど綾が登校してきた。



「うん。平気」



あたしは無理やり笑顔を浮かべて答えた。



「全然平気そうじゃないじゃん」



「本当に大丈夫だから」



綾の優しさに甘えそうになるけれど、グッと我慢した。



ここで甘えてしまったら本末転倒だ。



今あたしはみんなを巻き込まないようにしなきゃいけない立場なんだから。



自分を叱咤して、綾に向き直る。



「あたしのことは気にしなくていいから」



「え?」



「じゃ、先に行くね」



あたしはキョトンとした表情の綾を残して、ひとりで教室へ向かったのだった。

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