第15話
☆☆☆
1度はこの人生を楽しむと決めて、自分から積極的に洋人君と関わってきた。
それを突然やめるというのは、やっぱり苦しいことだった。
なかなか給食に手をつけることができずにいると、綾も真夏も心配そうな目を向けてくる。
「あたしのことは気にしなくていいから。先に食べて」
「食べるのは食べるけどさ、千奈がいつもの元気じゃないと、なんかなー」
真夏はパンにかぶりついて頬を膨らませながら言う。
「そうだよ。早く洋人君と仲直りしなよ」
綾も心配顔だ。
「うん。わかってるから」
今の苦しみと、洋介君と離れる苦しみと、一体どちらのほうがつらいだろうか?
そんなことを考えて苦笑いを浮かべた。
どっちにしても、恋愛はあたしにとって辛い選択肢でしかなかったのだ。
そんなの、1度経験してわかっていたはずなのに。
「あれぇ? 今日はやけに落ち込んでるんだね?」
嫌な雰囲気をたたえて声をかけてきたのは美鈴さんだった。
隣にはと当然のように雅子さんもいる。
あたしは咄嗟に身構えた。
この2人は要注意だ。
真夏と綾もいい顔はしていない。
「不老不死の魔女も、落ち込むことがあるんだねぇ?」
雅子さんの言葉に一瞬心臓が跳ね上がった。
すべてバレてしまったのかと思い、背中に汗が流れていく。
落ち着け。
本当にバレていたとしたら、こんな風に落ち着いて嫌味を言いにきたりすることはできない。
もっと大事にされているはずだ。
どれけ記憶を消しても、勘の鋭い人は少しだけきしかんを抱くことがある。
ネットが普及したことでそういう人たちが都市伝説としてあたしのことや屋敷のことを書き始めたのだ。
美鈴さんと雅子さんは、きっとそれを調べて知ったのだろう。
「なにわけわかんないこと言ってんの?」
すぐに反論したのは真夏だった。
真夏は目を吊り上げて2人を睨んでいる。
洋人君に注意されて1度はおとなしくなったと思っていたけれど、はやりあたしは目の敵にされているみたいだ。
「知らないの?」
雅子さんはスマホを取り出して、あの屋敷に関する都市伝説を読み上げはじめた。
「洋館には不老不死になった魔女が1人で暮らしている。魔女は人の記憶を改ざんできるため、生活に必要なものはどうにでも手に入る。魔女は沢山の人々の記憶を改ざんしながら暮らしているのだ」
雅子さんはそれを読み上げる最中何度もあたしへ視線を向けた。
あたしはなにもわからないふりをして、視線をそらす。
その記事にあることはだいたい会っていた。
あたしは人の記憶を改ざんして生活している。
でないと生きていくことができないからだ。
13歳じゃ仕事を見つけることはできないが、必要最低限のお金は必要だった。
時には見知らぬ他人に親代わりになってもらうこともある。
「不老不死の魔女なんているわけないじゃん」
綾が呆れた顔で言った。
それはあたしを守るための言葉だったけれど、同時にあたしの胸に突き刺さる言葉でもあった。
わかっていたことなのに、親友から言われる一言は辛い。
「わかんないよ。いるかもしれないよ? ここに」
美鈴さんがあたしを指差して言った。
あたしは思わず睨み返す。
「なによ?」
「……別に、なんでもない」
ここで言い返して波風を立てたら、あたしのこの生活は終わってしまう。
そう思って口をつぐむ。
でも、これで2人がおとなしくなるとも思えなかった。
どうすればいいんだろう……。
☆☆☆
午後からもあたしはできるだけ洋人君と視線を合わせないようにしていた。
何度声をかけられても無視をして、そのたびに胸が締め付けられる。
「なぁ、千奈」
放課後になって誰よりも先に教室を出ようとしたのに、その前に呼び止められてしまった。
みんなに聞こえるくらい大きな声だったから、仕方なく立ち止まる。
「今日はどうしたんだよ。どうして俺のことを無視するんだ?」
洋人君が真剣な表情で聞いてくるから、思わず顔を伏せてしまった。
過去の出来事を思い出してしまったから。
なんて、言うことはできないから。
「なんでもない。でも、あまりあたしに話かけないでほしいの」
こうしている間にも、教室後方から美鈴さんと雅子さんの鋭い視線を感じる。
このまま洋人君と仲良くしていれば、2人との関係はますます悪化していくことは目に見えている。
「話しかけないでほしいって、どうして?」
洋人君があたしの手を握り締める。
そのぬくもりに心臓がドクンッとはねた。
その手を離したくない。
ずっと一緒にいたい。
そんな気持ちが浮かんでくる。
その気持ちにすがり付いてしまう前に、あたしは洋人君を睨みつけていた。
「なんだっていいでしょ!?」
そう言って乱暴に手を振り払ったのだ。
一瞬教室の中が静まりかえった。
美鈴さんと雅子さんがヒソヒソとなにかささやき会う声が聞こえてくる。
他のクラスメートたちからの視線も感じる。
「あたし、もう帰るから」
あたしは早口にそう言うと、教室から逃げ出してしまったのだった。
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