第14話
こうなることも予想していた。
明日には全部の記憶を消さなきゃいけないのに……。
あたしはどうしても洋介君に信じてもらいたかった。
たとえその記憶を消してしまうのだとしても、このままで終わりたくなかったから。
だから……あたしはカバンからカッターナイフを取り出したんだ。
それを自分の左手首に押し当てた。
『おい、なにしてんだよ』
洋介君が目を見開き、あたしの手からカッターナイフを奪おうとする。
だけどそれより先にあたしは自分の手首を切っていたのだ。
スッと横に引かれたカッターナイフ。
かなり力をこめたため、皮膚は深く引き裂かれた。
そこからあふれ出してくる血液が、温かかったことをしっかりと覚えている。
『これだけ血を流しても、あたしは死なないの』
わかってもらうための行動だった。
でも、今まで恋を避けていたあたしは失敗したのだ。
こんなやり方間違っている。
こんなことをしたら相手は怖がるだけだと、今では理解できるのに。
洋介君はあたしの手首から流れ続けている血に青ざめている。
唇が震えて、洋介君のほうが今にも倒れてしまいそうに見えた。
『大丈夫だよ、死なないから』
安心させるためにそう言って微笑んだ。
次の瞬間だった。
洋介君の表情が奇妙に歪んだ。
それはまるで、あたしを汚いものとしてみるような目つきだった。
『なにしてんのお前。ちょっと、意味わかんないんだけど』
それは今まで聞いたことのないくらい、冷たい声だった。
え……?
『俺、そういうのちょっとわからないから』
洋介君はそう言ってあたしに背を向けてしまった。
『待って洋介君! 違うのあたし、本当に――!』
ひきとめようとして手を伸ばすが、それは簡単に振り払われてしまった。
『ごめん。俺、そういうやり方で人の気を惹くのって嫌いだから』
その一言に氷りついた。
そうじゃないのに、もうなにもいえなかった。
ただ、切ってしまった左手首はとても痛くて、そして血はいつまでも流れ続けていたのだった。
☆☆☆
泣きながら目を覚ますしたとき、とっくにふさいでいるはずの手首の傷が一瞬ズキリと痛んだ。
「なんであの時の夢を……」
息を吐き出して手の甲で涙をぬぐう。
あの時のあたしは本当にバカだった。
話せばわかってくれるとか、実際に見てもらえばわかってくれるとか。
本当にそう思っていた。
相手からすれば不老不死の人間なんてこの世に存在していないのに。
あの日の翌日、あたしはみんなの記憶から自分の存在を消した。
そして、恋はなんてつらいのだろうと理解したのだった。
もう、あんな思いはしたくない。
人と仲良くなりすぎることも禁物だ。
相手を好きになればなるほど、別れはつらくなる。
あたしは手首の傷をなでて、洋人君のことを頭の中からはじき出す覚悟を決めたのだった。
☆☆☆
「千奈、おはよう」
それはいつもどおりの朝だった。
教室に入ってきた一番近い場所に座っているあたしに、洋人君が声をかけてくれる。
咄嗟に挨拶をしようとして、途中で口を閉じてしまった。
うつむき、聞こえないフリをして真夏たちとの会話に戻る。
洋人君はキョトンとした表情を浮かべて、自分の席へと向かっていく。
その後姿を見て胸がギュッと痛くなる。
ごめんね。
でもこれ以上、洋人君に近づくわけにはいかない。
つらくなることがわかっているから。
あたしはもう、洋介君のときのようなことは起こさないと決めたんだ。
「ちょっと千奈。どうして挨拶しないの?」
綾に言われてあたしは曖昧な笑顔を浮かべた。
この2人にもちゃんとした説明はできそうにない。
「ちょっと、喧嘩したの」
と、適当にあしらううことしかできなかったのだった。
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