第13話

一箇所だけ石段の幅が違う箇所があり、あたしはそこで足を踏み外してしまったのだ。



ズルリと足がすべり、体のバランスが崩れる。



落ちる! と思って目を閉じたとき、繋がれた手がきつく握り締められていた。



そしてそのままあたしの体は引き上げられて、バランスを戻した。



「大丈夫?」



相手があたしへ向けて心配そうな表情を浮かべている。



あたしは早鐘を打つ心臓に大きく息を吐き出し、それから「大丈夫だよ」と、答えた。



相手が少し首をかしげたおかげで、その顔が良く見えた。



瞬間、あっ。と口の中で呟く。



手をつないでいたその人は洋人君じゃなくて、洋介君。



ずっとずっとずーっと昔、何十年も前に好きになった人。



思い出した瞬間、これが夢であることに気がついてしまった。



洋介君は今何歳くらいになっているだろうか?



あたしはずっと13歳だけど、洋介君はそういうわけにはいかない。



まだ生きているのかどうかもわからない。



夢の中であたしと洋介君は1年間を一緒に過ごした。



それは夢というよりも、あたしの記憶を映像としてそのまま見ているようなものだった。



夏休みに一緒にアイスを食べたこと。



宿題が終わらなくて放課後一緒に勉強をしたこと。



文化祭ではなぜか毒キノコについて発表、展示することになったこと。



そのどれもがあたしにとってとても大切な記憶だった。



洋介君といると楽しかった。



ずっと一緒にいられるんじゃないかと、勘違いするときもあった。



ほら、愛のパワーとかそういうので、あたしの時間も再び動き出すんじゃないかなーなんて。



でも、現実は違った。



どれだけ人を好きになってもあたしは不老不死のまま。



この体はなにも変わることがなく3月にさしかかろうとしていた。



学年が上がる前に、あたしは洋介君を校舎裏に呼び出した。



それはまだ寒い日の夕方頃のことだった。



『あのね、びっくりせずに聞いてほしいんだけどね』



あたしは地面を見つめて言った。



当時はまだ学校に焼却炉があり、学校内で出たゴミはそこで燃やしてもいいことになっていた。



そこから、灰の臭いが漂ってきていた。



『改まってどうしたんだよ?』



洋介君の表情が少し期待に輝いているのがわかって、申し訳ない気分になった。



きっと、洋介君は本当に期待していたんだと思う。



受験生になる前に、あたしたちが恋人になれることを。



あたしはグッと拳を握り締めた。



洋介君が考えていることと、全然違うことを今から伝えなきゃいけない。



それがとてもつらかった。



『あのね、驚かずに聞いてほしいんだけどね』



そう前置きをすると、洋介君の表情が一瞬でこわばった。



なにかよくないことを伝えられるのだと、感づいてしまったようだ。



『なに? もしかして、引っ越すとか言うなよ?』



『そうじゃないの』



あたしは左右に首を振って否定した。



引越しくらいならどれだけ良かっただろうと思う。



あたしは洋介君との楽しかった1年間を思い出して、思わず涙が滲んでしまった。



『なんだ。一緒にいられるんだ?』



引越しではないとわかり、洋介君が安堵して言う。



『ううん。そうじゃないの』



あたしの声は震えていた。



これからあたしは洋介君に残酷な現実を突きつけないといけない。



洋介君はきっと傷つくだろう。



嘘つきだといわれるかもしれない。



いや、それ以前に信用してくれないかもしれない。



それでもここまで好きになった人だから、このまま記憶を消して終わりにはしたくなかった。



もしかしたら、信じてくれるかもしれないし。



そんな期待を背負って、あたしは洋介君を真っ直ぐに見つめた。



そのときあたしの目の中で涙が光って、周りが眩しかったのを覚えている。



『洋介君。驚かずに聞いてね?』



『うん』



『あたし、不老不死なの』



突然告げられた事実に洋介君はポカンと口を開いて黙り込んでしまった。



その目はジッとあたしを見つめている。



『不老……なに?』



『不老不死。老いないし、死なない体なの』



簡潔な説明に洋介君はとまどいの表情を浮かべ、次の瞬間プッと噴出して笑っていた。



『急になにを言い出すのかと思えば、そんな冗談かよ』



そう言って体を曲げて笑っている。



『冗談じゃなくて、本当なの!』



あたしは焦った。



信じてくれないかもしれないとは思っていた。



でも、洋介君ならもしかしてと、そんな淡い期待を抱いていたから。



『あたしはもう何百年も生きてるんだよ。歴史上の人物だって知ってる人がいるし……!』



『そう言えば、歴史が得意だったよな。だからそんなこと言うんだろ?』



洋介君の言葉にまた泣きそうになってしまった。

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