第8話
帰宅してからも、あたしは何度も今日の出来事を反復していた。
グラウンドで真剣にボールを追いかけている洋人君の姿を思い出すと、胸がギュッと苦しくなる。
そして同時に嬉しくもなった。
「今日は眠れなさそうだけど、もう寝るね。おやすみ、お父さんお母さん」
あたしは棚の上に置かれている2枚の肖像画へ向けて声をかけ、ベッドにもぐりこんだのだった。
☆☆☆
しばらくベッドの中で寝返りを打っていたあたしだけれど、気がつけば夢の中に落ちていた。
最初はモヤがかかったような夢だったけれど、次第に輪郭がハッキリと見えてくる。
あたしは誰かと手をつないで歩いていた。
その手はとても優しくて暖かくて、触れているだけで幸せになれるものだった。
一体誰の手だろう?
そう思って視線を上へ上げてみると、相手は洋人君だった。
途端にあたしの心臓が飛び跳ねる。
緊張と、嬉しさがない交ぜになってぎこちない歩き方になるのがわかった。
2人はそのまま広い公園へと向かった。
そこには河川敷のような広い石段があり、2人は手をつないだままそこを降りていく。
隣を歩く洋人君は楽しそうな笑い声を上げ、それにつられてあたしも笑う。
会話の内容は聞き取れなかったけれど、それはとても幸福な夢だった。
しかし……、石段の途中で突然あたしは足を踏み外したのだ。
落ちる!
咄嗟になにかに掴まろうとしても、手すりがない。
あたしの手は空中をむなしく掴み、落下していく恐怖でフワリと体が浮き上がる感覚がする。
全身に寒気が駆け巡り、ギュッと目をつぶった、その瞬間だった。
握られていた右手が強く引っ張られた。
あたしの体はそのまま相手に引き寄せられる。
「大丈夫か?」
そう聞かれてようやく目をあけた瞬間、あたしは絶句した。
あたしの抱きかかえるようにして助けてくれたその人は洋人君ではなかった。
その、相手の人は……。
ハッと息を飲んで目を覚ました。
ベッド横の窓からはすでに朝日が差し込んでいる。
サイドテーブルの時計を確認すると、朝の7時前だった。
あと5分もすればアラームがなりはじめる時間だ。
体が気持ち悪くて上半身を起こすと、全身じっとりと汗でぬれていることに気がついた。
「なんで、今更あの時の夢を……」
呟いて額の汗をぬぐう。
その時、気がついた。
自分の頬に、汗とは違う、涙が流れてることに。
あたしはまた息を飲み、その涙を少し強引にぬぐいとったのだった。
☆☆☆
朝からシャワーを浴びてスッキリとしたあたしは、昨日と同じように学校へ向かった。
2年A組の教室へ入った瞬間真夏と綾が駆け寄ってきた。
その目は好奇心に満ち溢れている。
「昨日、どうだった!?」
朝の挨拶もなしに真夏が質問を投げかけてくる。
あたしは自分の席にカバンを置きながら「別に、なにもないよ」と、返事をした。
ごく普通に言ったつもりだったのに、ニヤついた顔の2人と視線がぶつかった。
「じゃあどうしてそんなに頬が赤くなってるの?」
綾があたしの右頬をツンッとつついて指摘する。
あたしは咄嗟に両手で頬を包み込んで隠してしまった。
「え、な、なに言ってるの!?」
しどろもどろで言うと、2人は同時に顔を見合わせて「やっぱりなにかあったんでしょう!?」と、声を合わせてきた。
し、しまった。
やられた。
2人にカマをかけられたのだと理解しても、もう遅い。
すべてを話さないと逃がさないと、2人の顔は物語っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます