第6話

始業式が木曜日だったこともあり、週末はあっという間にやってきた。



家から試合のある川原までは徒歩で20分ほどかかるから、あたしは自転車でここまでやってきていた。



真夏がいってた通り、川原へ降りる横幅の太い階段には沢山の人たちが集まってきていた。



ほとんどが選手の家族みたいだけど、一部では固まって声援を送っている女の子たちもいる。



サッカー部の人気さを目の当たりにして、少し気後れしてしまう。



自転車に乗るからジーパンとTシャツ、それにパーカーというとても簡単な服装で来てしまった。



集まっている女の子たちはみんな可愛い格好をしていて、明らかに選手に見てもらうつもりでいるのがわかった。



失敗しちゃったかな。



自分の服装を見下ろしてため息を吐き出す。



やっぱり帰ろう。



あの子たちと比べられたりしたら、それこそ落ち込みそうだし。



そう思って再び自転車にまたがったときだった。



選手たちがコートに出てきて試合が始まったのだ。



自転車をこごうとしていた足が自然と地面に降りる。



少しだけ、見ていこうかな。



そう思ったあたしの目は沢山選手の中ですでに洋人君の姿を見つけていた。



洋人君はゴール付近にいて、敵チームの動きを見張っている。



その真剣な表情に引き寄せられて、あたしは無意識のうちに自転車から降りていた。



太陽の光が芝生を輝かせ、それは目に眩しい光景だった。



このくらいの光景なら、生きてきた中で何度も見たことがあるはずなのに、目の前にあるソレは記憶の中にあるどの光景よりも眩しかった。



洋人君は積極的に仲間へ向けて声をかけ、ボールが近づけば積極的に追いかけた。



「洋人! パス!」



仲間たちも洋人君のことを信用しているようで、何度も洋人君を呼ぶ声が聞こえてきた。



「そのまま走れ!」



味方チームのゴール付近からボールを奪った洋人君へ向けて、仲間が叫ぶ。



洋人君は1度大きくうなづくと、敵リームのゴームめがけて走りだした。



遠くから見ていても額の汗が輝くのがわかった。



いや、洋人君自身が輝いていたのかもしれない。



洋人君は全力で走り、敵チームのゴールへ近づいていく。



あたしは知らない間に両手を胸の前で組んで固唾を呑んでその様子を見つめていた。



家族や、女の子のグループから黄色い歓声が聞こえてくる。



それに流されるようにして「がんばれ……っ!」と、つい口から出ていた。



洋人君は真っ直ぐゴールだけを見つめて、ゴールを目指して走る。



「頑張れ! 洋人君!」



その姿を見ていると、どうしても自分の声を伝えたくなった。



「頑張れ! 頑張れ!」



走っても走ってもゴールが見えない人生。



あたしのゴールはどこなんだろう。



あたしの人生という試合はいつ終了するのだろう。



そんなこともわからないあたしだけど、今は洋人君の応援をしていたいと心から思えた。



洋人君がゴールへ近づけば近づくほど、自分の中の血が沸きあがるのを感じる。



呼吸が短く、浅くなっていくのがわかる。



今、あたしは生きている。



こんな風に強く生を感じたのは久しぶりのことだった。



「洋人君、頑張れ!」



あたしはめいっぱい声を張り上げて伝えた。



観覧席の人たちがこちらを振り向いたけれど、それにも気がつかないくらい、夢中になって洋人君を応援していた。



やがて洋人君はおいかけてくる敵チームの選手を振り払い、ゴールへシュートを決めた。



ボールは真っ直ぐに飛んで、ゴールネットを揺らす。



やった!!



同時に飛び上がって両手を挙げていた。



「やったー!」



あちこちから拍手と歓声が沸き起こる。



やった!



やったね洋人君!



心臓がドキドキして、すごく興奮しているのがわかる。



それから試合は順調に進んで行き、渡中学校が勝利を収めて終わることになった。



「すごい……」



河川敷でのサッカー試合でこんなに興奮したことは初めてかもしれない。



すべてが終わって観覧者たちがバラバラに帰っていく中でも、あたしはなかなかその場から離れることができなかった。



もう少しこの余韻に浸っていたくて、自転車を置いて石段に座る。



太陽に輝いている河川敷を見つめていると、女の子のグループが横を通り過ぎて帰って行った。



「そんなにすごかった?」



しばらくの間そうして河川敷を見ていると、不意に後ろから声をかけられて体をビクリとはねさせた。



振り向くと、そこにはユニフォーム姿の洋人君が立っていた。



「洋人君!?」



あたしは慌てて立ち上がる。



洋人君の前髪から汗が滴り落ちている。



「応援サンキュ。おかげで勝てたよ」



洋人君は首にかけたタオルで汗を拭きながら言う。



声、聞こえてたんだ。



そうわかって途端に顔がカッと熱くなり、うつむく。



「ご、ごめん。迷惑だったよね」



そう言うと、洋人君は驚いたように目を丸くし、左右に首を振った。



「なに言ってんの。俺、あの声援を聞いて頑張ったんだけど?」



「え、本当に……?」



そろそろと顔を上げると、洋人君が真剣な表情でうなづいた。



「ほんと、ありがとうな。ってか、どうしてここで試合があるって知ってたんだ?」



聞かれて、あたしは素直に真夏から話を聞いたことを説明した。



洋人君はそれで納得したようにうなづく。



「ここでちょっと待ってて、荷物だけ取ってくるから」



そう言うと、洋人君は足早にミニバスへとかけていく。



「あっ!」



声をかけようとしたけれど、それはもう、届かなかったのだった。

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