第5話
☆☆☆
翌日からあたしは洋人君に積極的に話しかけるようになっていた。
いろんな国を旅しても、いろんな本を読んでも、決して理解できない恋という感情。
これは実際に自分で経験してみないことには勉強にならないと気がついたからだ。
「洋人君、おはよう」
手始めに教室へ入ってすぐに挨拶をした。
洋人君は嬉しそうに微笑んで「おはよう」と、返してくれる。
それだけであたしの心は雲の上に上るような嬉しさを感じた。
好きな人からの一言で今日1日がハッピーになる。
そういえば以前1度だけ恋をしたときも、こんな風に幸せな気分になったっけ。
懐かしく思っていたとき、綾が声をかけてきた。
「千奈、今日は積極的だね」
どうやら洋人君に話かけているのを見られていたようだ。
恥ずかしくて照れ笑いを浮かべる。
「うん。ちょっとね」
「頑張ってるね。そういうの、いいと思う」
そういって綾が差し出してきたのは恋愛のハウツー本だった。
女の子向けで、『男子の好きな女子のタイプベスト20!』と書かれている。
「なにこれ?」
「前に読んだ本だよ。今の千奈にちょうどいいと思って持ってきたの」
本を受け取って数ページめくってみると、中学生男子に聞いた好きな子のタイプが書かれている。
タイトルそのままだ。
「ってことは、綾も誰か好きな人がいるの?」
勢いよくきくと綾は一瞬視線を泳がせ、それから左右に首を振った。
「そうじゃないの。あたし読書が好きだから、こういうのもつい手を出しちゃうんだよね」
早口になる綾に不振な視線を向ける。
本当だろうか?
嘘をつく人は人の目を真っ直ぐ見なかったり、聞かれてもいないことを答えたりする。
長く生きてきた中で、それくらいのことはもう知っていた。
今の綾は嘘をついているように見える。
でも、それは別に悪い嘘じゃない。
「そっか。じゃあ、好きな人ができたら、あたしにも教えてね?」
そう言うと、綾は少し頬を染めて、うなづいたのだった。
☆☆☆
人の好みは一概には言えない。
十人十色とはよく言ったもので、好きなタイプをランク付けしたところで、それが洋人君に当てはまるかどうかは別問題だ。
そんなこと理解しているはずなのに、綾から貸してもらった本を夢中になって読んでしまった。
前に中学校に通っていたのは何十年も昔のこと。
こんな本を読むのははじめての経験だったのだ。
「今では子供向けの楽しい本って沢山出てるんだよなぁ」
本に視線を落としたまま呟く。
今まで沢山の本を読んできた。
男性向け、女性向け、子供向け、大人向け。
どんな本でも選り好みせずに読んでみれば、そのどれもにそれぞれの魅力があることに気がつかされる。
その中でも、あたしが13歳でとまっていることが原因なのか、子供向けの作品はいつまでたっても心に刺さるものがあるのだ。
そうだ、来年の13歳をやるときには本を沢山買ってずっと読んでみよう。
ふと思い立った来年の予定に一瞬胸が躍り、同時に沈んでいく。
来年になってもあたしは13歳。
洋人君と一緒に3年生にあがることはできない。
そんな当たり前のことを思い出してしまって、あたしは左右に首を振った。
1年間は楽しむと決めたんだ。
それなら、思いっきり楽しまないと損だ。
「千奈! 読書もいいけど、とっておきの情報を持ってきたよ!」
元気に話しかけてきたのは真夏だ。
「とっておきの情報?」
あたしは本を閉じて真夏へ視線を向けた。
「そう! 洋人がサッカー部なのは知ってる?」
「うん。昨日聞いたよ」
「その試合が週末にあるんだってさ。時間と、場所も聞いてきた」
真夏はそう言ってメモ用紙を渡してきた。
そこには試合会場と開始時刻が書かれている。
「ここに行って、応援しておいでよ!」
「で、でも、部外者は行かないほうがいいんじゃない?」
他校との練習試合みたいだけれど、突然行って驚かせることになっても嫌だ。
それが原因で試合結果に影響が出たらどうしようと考えてしまう。
「大丈夫だよ! うちの学校の生徒たち、結構勝手に見に行ったりしてるみたいだし」
「そ、そうなんだ?」
それなら少しくらい見に行ってもいいかもしれない。
と、簡単に考えを替えるのはやっぱり行きたい気持ちが強いから。
「うんうん、行っておいで!」
真夏はそう言ってあたしの肩をバンバン叩いて応援してくれるのだった。
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