第4話

午前中で学校を終えると、さっそく3人で街へ繰り出した。



人気のスイーツ店でパンケーキを食べて、そのまま街をブラブラと歩く。



「去年ハワイで食べたポイ・モチ・ホーナッツもとてもおいしかったよ。毎日お店に通って食べてたの」



「へぇ! ハワイ旅行に行ったの?」



綾の質問に「ううん。暮らしてたの」と、つい口を滑らせた。



綾と真夏が同時に沈黙し、それからプッと噴出して笑い始める。



「なに言ってるの。ずっと学校来てたじゃん」



真夏に突っ込まれてあたしは安堵しながらペロッと舌を出した。



「冗談だよ~。観光旅行で行ったんだよ」



「いいなぁ。千奈の家お金持ちなんだね」



「そんなことないよ」



あたしは苦笑いで会話を続ける。



ふと気を緩ませるとついボロが出てしまう。



さすがに現代で古墳時代の話題を出すことはなくなったが、数年前の記憶とごちゃ混ぜになることはよくあることだった。



まぁ、変だなって感づかれても記憶を消してしまうから問題になったことはないんだけれど。



3人で街を歩いていると、3階建ての書店から白坂君が出てくるのが見えて思わず足を止めた。



「洋人じゃん」



真夏が呟く声が白坂君に聞こえて、こちらを向く。



目が合った瞬間、また体温が上昇するのを感じた。



白坂君の顔を見るだけでこんなに反応してしまうなんて、あたしは一体どうしちゃったんだろう。



「よぉ」



白坂君は片手を挙げて近づいてくる。



右手には本屋の袋がもたれていた。



「なに買ったの?」



「漫画」



真夏の質問に袋を持ち上げて答える白坂君。



「だよね、参考書とか買わないよねぇ」



「なんだよ。お前だってそんなの買わないだろ」



言い合う2人をつい羨ましそうな目で見てしまう。



ぽんぽんと進むやりとりは中のよさがうかがえた。



「あ、そうだ。この子同じクラスの浅海千奈ちゃん。可愛いでしょう?」



突然真夏に背中を押されて、白坂君の前に出てしまった。



「あ、えっと、今朝はどうも……」



目の前にいる白坂君にしどろもどろに声をかける。



心臓はドキドキと高鳴って、うまく言葉が続けられない。



つい、うつむいてしまいそうになったときだった。



「洋人でいいよ」



そういわれてうつむきかけた顔を上げた。



白坂君の優しい笑顔が目の前にある。



「えっと……洋人……君」



「それでもいいよ」



洋人君は頬を少しだけピンク色に染めて答えた。



その姿に心臓は更に早鐘を打ち始める。



「千奈は、千奈でいいよね?」



真夏に問いかけにあたしはうなづく。



「う、うん」



「千奈」



洋人君に名前で呼ばれてあたしはオーバーなくらいに大きくうなづいてしまった。



綾が後ろで小さな声で笑っているのが聞こえてくる。



あたしはこの子たちよりも随分長く生きている先輩なのに、連来関してはまるで間逆になってしまう。



仕方のないことだけれど。



あたしは緊張をほどくように大きく息を吐き出して、全身の力を抜いた。



「こんなところで会うなんて運命じゃない?」



真夏があたしに顔を近づけて小声で言うので、更に体温が上がっていく。



「な、なに言ってるの」



あたしは慌てて真夏の腕を掴んでとめた。



これ以上洋人君の前で余計なことを言ってほしくない。



余計に意識してしまって、まともに顔をみることもできなくなってしまう。



「せっかくだし、洋人が千奈を家まで送ってあげなよ」



真夏の言葉にあたしは目を見開いた。



「な、なに言ってるの。そんなの迷惑に決まってるじゃん」



早口で言うが、洋人君はまんざらでもなさそうな顔をして「別にかまわないよ」と、うなづく。



あたしの心臓の速さなんてきっとみんなわかっていないんだ。



「千奈が迷惑じゃなければ、だけど」



そんなことを言われたら断れるわけがなかった。



「お、お願いします」



あたしはおずおずとうなづいたのだった。



それから2人でどんな会話をして歩いたのかあまり覚えていない。



嬉しくて舞い上がってしまって、会話の内容を忘れるなんて何十年ぶりのことだろうか。



長年生きているのに自分から避けてきた物事に対してはド素人そのものだ。



「もう、ここでいいから」



家の近くまで来てあたしは足を止めた。



「そう? ちゃんと最後まで送るよ?」



「うちのお母さんちょっとうるさいの。あまり男の子と一緒にいることろを見られたくないんだよね」



「そっか、それなら仕方ないね」



洋人君はそう言うと、名残惜しそうな表情を浮かべてあたしに背を向ける。



「また、学校でな!」



そう言って片手を挙げられたから、同じように片手を挙げる。



そして、これはちょっと予想外の学生生活になりそうだと、内心考えていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る