第3話

2人のことは事前に調べていて、ぜひ親友になりたいと思っていた。



全く正反対の2人だからこそ、一緒にいて楽しそうなのだ。



「千奈、この前約束してた本、持って来たよ」



綾がそう言って文庫本を差し出してくれた。



この時代で今流行っている自己啓発書だ。



小説ではなく、こういう本を好んで読む綾にあたしは好意を抱いていた。



「綾、またそんなよくわからない本を読んでるの?」



真夏が横から本のタイトルを覗き込んで怪訝そうな顔をしている。



「なになに? 『自分を変える七つの方法』? 綾、自分を変えたいの?」



「そうじゃなくて、こういう考え方もあるんだなぁと思って読むのが楽しいの」



綾の説明に真夏はますます首をかしげている。



わが道を行く真夏からしてみれば、他人の考え方なんて興味がないのかもしれない。



それが真夏のいいところだ。



そして沢山の本を読む綾は立場によって人の考え方が変わることを知っている。



それは、綾のいいところだ。



「そんなことよりさ、夏になったら3人で海に行こうよ!」



真夏がとんでもなく気の早いことを言い出した。



「夏休みなんて何ヶ月も先だよ」



綾が慌てて話を変えようとするが、真夏はおかまいない。



「何ヶ月も先だと思ってのんびりしてたらあっという間に夏休みが始まって、あっという間に終わるんだよ!」



真夏の言葉にあたしはうなづいた。



もう何百年も生きているあたしには真夏の言葉がよく理解できた。



ここまで生きてきた時間は確かに長かったかけれど、振り返ってみれば一瞬と呼んでもいいほど早かった。



夏休みの一ヶ月なんて、あるようでないようなものだ。



「いいよ。夏休みの計画を立てようか」



せっかく中学生になったのだから、学生特有の楽しさを満喫する気でいる。



夏休みはもちろんのこと、体育祭や文化祭も大切な行事だ。



特に、その年齢での行事を1度しか経験することのできない、2人にとっては。



「さーっすが千奈!」



さっそく真夏がメモ用紙に夏休みの予定を書き込んでく。



それを見ていると視界に男子生徒の姿が入って顔を上げた。



白坂君が友達と会話しながら教室から出て行く。



一瞬視線がぶつかると軽く右手を上げてきたので、あたしの心臓はドキンッと大きく跳ねた。



頬が熱くなるのを感じながら、同じように右手を上げて返事をした。



「ちょっと千奈、顔真っ赤だけどどうしたの?」



あたしの変化に気がついた真夏が目を丸くして聞いてくる。



あたしは自分の頬を両手で包み込んだ。



「そ、そんなに赤くなってる?」



「ゆでだこみたいだよ?」



綾にまでそんな風に言われると、余計に恥ずかしくなってうつむいてしまった。



ここまで生きてきてなにを今さらと言われそうだけれど、不老不死という体質のため異性を好きになった経験はほとんどなかった。



相手を好きになっても、ずっと一緒にはいられない。



不老不死であることを知られれば相手はきっと離れていく。



そう思い、自ら避けてきたことだった。



「ゆでだこって……」



あたしは頬を膨らませて綾を睨む。



「もしかして、洋人の子と好きなの?」



真夏に言われてあたしは白坂くんの名前が洋人だと知った。



2人は面識がある関係みたいで、少しだけ胸の奥がうずいた。



「別に、好きとかそんなんじゃ……」



「いいね、青春!」



あたしが最後まえ言う前に綾が目を輝かせてそう言った。



「え?」



「恋って青春って感じがしない?」



青春……。



言われてあたしは読み飽きた書物の山を思い出した。



たしかに、青春小説と呼ばれるものの大半はその内容の中に好きとか、嫌いとか、そういう感情が絡んでいるかもしれない。



永遠の13歳のあたしは今が青春だなんて意識したことはなかったけれど。



「いや、青春と言えばやっぱ夏の海でしょ!」



真夏が横槍を入れる。



それもうなづけることだ。



見飽きるほど見た映画の中で、男女が浜辺で走っているシーンは沢山あった。



そこでもまた好きとか、嫌いとかいう感情が深く絡んできている。



「あたしには、青春なんて無縁だし」



ついそう言うと、2人が同時に瞬きをした。



そして不思議そうな顔になって「どうして?」と、口をそろえる。



「どうしてって……」



説明することができなくて口ごもる。



不老不死だからだよ~と言えば2人は笑って、この話題は打ち切りになるだろうか。



そう考えていると、真夏があたしの肩を抱いてきた。



「人生1度きりなんだから、なんでも本気でやらなきゃつまんないよ!?」



「人生1度きり」



あたしは呟く。



その1度が永遠に続いても、1度きりという言い方をするんだろうか。



だけど確実なのはこの出会いは確かに1度きりだということ。



来年になればまたみんなの記憶をリセットすることになる。



そうなると白坂君はあたしのことを忘れてしまう。



どうせ忘れてしまうなら、思いっきり青春らしいことをしてみてもいいかもしれない。



「そうだよね」



あたしは小さな声で呟いた。



1度きりの中学校生活なら、それを思いっきり楽しんでみてもいいかもしれない。



また中学生をやるときがきても、それはもう今回とは違うものになるんだから。



最後に記憶を消すのだから、なにをしたって問題ない。


そんな大きな気分になってきた。



「そうだね。楽しまないと損だよね」



あたしは割り切って、そう言ったのだった。

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