第2話

川は本当に流れが強くて、あたしみたいな華奢な子供は簡単に流されてしまった。



浮かび上がろうとしてもできなくて、水がどんどん体に入ってきて、すごく苦しくて、意識を失った。



さすがに死んだと思ったのに、また目が覚めたの。



あたしは川原に打ち上げられていて、目が覚めた瞬間水を全部吐き出した。



ただ運がいいだけじゃないってその時自覚した。



川に写った自分の顔が、全然変化していないことにも気がついたし。



そこから、あたしの不老不死の人生は始まった。



それだけじゃない。



あの男はあたしに人の記憶を操作する力まで与えて行った。



だから、こうして気まぐれに中学校にもぐりこんでも、海外に出てみても、平気で生活することができている。



そう、これはあたしの、暇つぶしの物語……。



グラウンドに張り出されていたクラス表をあらかじめ確認するとあたしは2年A組のクラスに振り分けられていた。



もちろん、自分以外は知らない子の名前ばかり。



だけどあたしは自分の力を使って、すでに2人の親友がいることになっていた。



2階にある2年A組の教室へ向けて、階段を上がっていく。



去年のんびりと過ごしたせいで体の筋力は落ちているようで、階段が長く感じる。



不老不死のくせに筋力はしっかりと自分の私生活が反映されているのが悔しい。



ここまで歩いてきただけですでに少し疲れていたあたしはゆっくりと階段を上がっていた。



そのときだった。



後ろから階段を駆け上がってきた男子生徒があたしの右肩にぶつかった。



「キャッ!?」



悲鳴を上げるのに、その男子生徒はこちらを見向きもせずに駆け上がっていってしまった。



体のバランスを崩したあたしは咄嗟に手すりに手を伸ばす。



しかし、一足遅かった。



足が階段から離れてしまう。



恐怖が一気に駆け上がってきて、汗が噴き出す。



すべてがスローモーションのように見えているのに、落下をとめることができない。



目をギュッと閉じて衝撃に備えたときだった。



パシッ! と、まさに漫画のような音が聞こえてきて、あたしの右手が誰かによって握られていた。



その瞬間落下がとまり、痛みは訪れることがなかった。



「大丈夫か?」



聞き覚えなのない男子生徒の声にそっと目を開けると、目を見開いた少年と視線がぶつかった。



男子生徒は右手であたしの手を掴み、左手で自分が落ちないようにしっかりと手すりを掴んでいる。



助かったんだとわかったあたしは体の体勢を立て直した。



「だ、大丈夫。ありがとう」



いいながら、今更ながら恐怖で心臓がバクバクと音を立て始めた。



彼が手を伸ばしてくれなかったら階段を落ちていたところだ。



たった数段と言えど、痛いに決まっている。



「ったく、安田のやつ謝るくらい謝れよな」



男子生徒はさっきの生徒を知っているようで、口の中で文句を言っている。



「あたしがぼーっとしてたからだよ」



あたしはそう言って軽く笑った。



そうえいば、ずーっと昔。



何十年も前に同じことがあったっけ。



あの時は公園の石段を歩いていたときだった。



あの時も誰かにぶつかられて落ちそうになって、それを助けてくれた人がいる。



懐かしさに目を細めていると男子生徒が心配したように顔を覗き込んできた。



「本当に大丈夫?」



「だ、大丈夫だよ!」



あたしは慌てて答えて、男子生徒と並んで階段をあがり始めた。



長く生きているとあらゆる場面できしかんがあってつい物思いにふけってしまう。



「えっと、浅海さんだっけ?」



歩きながら男子生徒があたしの名前を呼んだ。



といっても、あたしの元の名前は違うものだ。



かく時代に合わせて名前も変化させている。



今の名前は浅海千奈(アサミ チナ)。



なかなか可愛い名前だと自分では思っている。



「うん。白坂君だよね?」



あたしは相手のネームをチラリと確認して言った。



再び中学校に通うと決めたときに念入りに下準備していたものの、さすがに同年代全員の名前を覚えることはできなかった。



「俺の名前、覚えててくれたんだ」



白坂君は嬉しそうに笑顔になった。



その笑顔が大昔付き合ったことのある男性とダブって、心臓がドキリと音を立てる。



たしか、公園の石段で助けてくれた彼も、白坂君みたいに優しい笑顔をしていたっけ。



「もちろん。白坂君は何組?」



「A組だよ」



「あたしと一緒だね!」



嬉しくて思わずその場で飛び跳ねる。



500年も生きても自然とこういう振る舞いができるのは、ひとえに13歳で年齢がとまってくれているおかげだった。



2人で肩を並べてA組へ入ると、そこには見知らぬ生徒ばかりがひしめき合っていた。



当然のことだけれど、胸の中に隙間風が吹いていくのを感じる。



それを少しも顔に出さないまま、あたしは黒板に書かれている席順を確認した。



あたしは浅海だから、入り口の列の一番前だ。



出席番号順に机が並べられいるところは、数十年前から変わっていないみたいだ。



「千奈おはよー!」



席について教科書を引き出しにしまっていると、元気な声が聞こえてきた。



視線を向けると久島真夏(ヒサシマ マナツ)が駆け寄ってくるところだった。



真夏はその名前の通りよく日焼けをしていて、ショートカットが似合うサバサバとしたタイプの子だ。



その後ろからやってきたのは汐入綾(シオイリ アヤ)。



綾は真夏に比べればおとなしいタイプで、読書家だ。

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