死なないあたしの恋物語

西羽咲 花月

第1話

今日は渡中学校の始業式の日だ。



今日からまた新しい1年が始まるのかと思っても、あたしの気持ちは浮かれない。



外は心地よい気温で、目を閉じればすぐにでも眠ってしまいそうになる。



こんな日にも、もう飽き飽きしてきていた。



学校までの道のりを歩きながら、いつか経験した登校風景が走馬灯のようによみがえる。右手に見える民家は夏になると毎年朝顔を育てて、日よけにしている。



そこの角を曲がった家では登校時間中に打ち水をしていて、何度かかけられたことがある。



学校の近くにある駄菓子屋さんは登校前からオープンしていて、学生がよくたむろしている。



頭の中で風景を描きながら右手の民家を確認する。



大きな窓の下にプランターはなく、他の花を育てている様子もない。



なにより、中に人の気配がなくて表札を確認すると、売り家と書かれた看板が出ていた。



角を曲がったところで咄嗟に身構えても打ち水はかけられなかった。



そこはいつの間にか更地になっていて、アパート建設予定地とされていた。



更に学校付近の駄菓子屋に近づいてくると、そこはパン屋さんに代わっていた。



そこだけ当時とあまり変わらぬ風景があって、ホッと胸をなでおろす。



前回あたしが中学生を経験したのは20年か30年前のことだから、その間にすっかりこの辺は様変わりしてしまったようだ。



そして、あたしはまた中学生になった。



性格には中学2年生の13歳だ。



去年はハワイでのんびりと過ごしたから、今年はちょっと勉強しなおしてみようと思い立ったのだ。



あたしは数十年ぶりとなる渡中学校の校門をくぐる。



校門前に立っていた女の先生に見覚えがあって思わず足を止めた。



「おはよう浅海さん」



笑顔を浮かべると目じりのシワが深く刻まれる。



しかし、若い頃の美しい名残は十分にあった。



大きな黒目に長いまつげは当時となにも変わっていない。



「おはようございます。大石先生」



大石先生は数十年前に中学2年生を経験したとき、あたしの担任になってくれた先生だ。



「先生はずっとこの中学校におられたんですか?」



懐かしさから思わずそんな質問をしてしまい、大石先生は目を丸くして瞬きを繰り返す。



「あ、えっと。前にどこかの学校にいたとか、そういうことってないのかなぁと思って」



慌てて、頭をかきながら説明すると先生は笑顔で「そうね。1度だけ隣町の中学校に行っていたことがあるわよ。でも、5年くらい前に戻ってきたの」と答えてくれた。



そうだったのかとあたしは納得した。



私立でもないのに数十年間同じ学校に勤め続けるのは珍しいことだからだ。



でも、こうしてまた大石先生に出会えたことは嬉しいことだった。



あたしは大石先生に軽くお辞儀をして、昇降口へと向かった。



当時は木製の下駄箱だったけれど、今はステンレスのものに変わっていて、個々に扉までついている。



開けっぱなしの木製の下駄箱も好きだったけれど、蓋つきのものにも憧れていたあたしはつい笑顔になった。



今まで500年ほど生きてきたけれど、日々の変化は本当にめまぐるしくて忙しい。



だからこそ、去年の自分のように海外へ行ってのんびりとした生活をするときもある。



あたしが不老不死の体になったのは13歳の頃。



その時代にはまだまだ占いや魔術と言ったものへの信仰心が強くて、子供が生まれればシャーマンみたいな人が呼ばれてその子の未来を予言したり、幸せを祈ったりするのが珍しくなかった。



その名残は現代でも残っているけれど、もっとライトな感じで占いとか、おみくじというものに変化している。



そのくらい昔に生まれたあたしは、ことあるごとにシャーマンだの陰陽師だのといった人たちと関わることが多かった。



あたしの両親がそういう信仰心がかなり強かったことが原因だと思う。



そんなときに両親が流行病にかかってしまった。



町でも有名な祈祷師が立ち向かっても歯も立たないくらいの病。



現代で言えば、祈る前に薬を開発するのだろうけれど、当時はそうじゃなかったんだから仕方ない。



両親が行きも絶え絶えになったとき、1人の怪しい男を家に連れてきた。



あたしはその男を今でも胡散臭いと思うんだけど、両親はとても真剣だった。



「この子だけは病気にかからないようにしてください」



と、その人にお願いした。



なにせ、それが両親の最後の願いだったから、あたしは素直に従うことになってしまった。



それなのに、なにを間違えたのかその男はあたしを不老不死の体にしてしまったのだ。



それだけのことができるほどの力を持っていたということは理解したけれど、これはあまりの仕打ちだった。



両親はそのまま病で死んでしまい、あたしは奉公に出ることになった。



今で言う、住み込みのメイドさんとか、そういうもの。



そこでの生活は楽なものじゃななかった。



主人が結構ひどい人で、あたしたちメイドを使い捨てにみたいに使っていたから。



実際にそこにいた子たちはみんな身寄りがないこともあって、主人になにをされても家を出ることもできなかった。



ろくに食べるものも与えられない中、そこでもまた病が流行ることになった。



それが原因で沢山のメイドさんたちが死んでいったけれど、あたしは死ななかった。



病気もしたし、何日も食べられなかったのに関わらず。



それからそこの主人も病気で倒れて、とうとうあたしは行く場所がなくなってしまった。



その頃、両親が死んでから5年は経過していたけれど、あたしの見た目は変わっていなかった。



当時のことだから、そんなことにも気がつかないままだったけれど。



で、結局あたしは路上で倒れこんでしまった。



何日も食べていないし、このまま死ぬんだなぁと思って意識を手放したら……翌日目が覚めたの。



ごく、普通に。



一瞬ここは天国かな?



なんて思ったけれど全然違う。



あたし、死んでいなかったんだから。



そこでさすがに不思議に思った。



だって、奉公していたときからろくに食べさせてもらえない生活を送っていたんだもん。



この上家から追い出されて、飲まず食わずの生活を一週間はしてきたのに、どうして死なないんだろうって。



身寄りがいない寂しさもあって、あたしはその日流れが速くて落ちたら最後、這い上がれないと言われている川に入って行った。

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