第20話 先輩舐めんな藤井さん1
後方から聴こえてきたガールズトーク。その会話の中には俺の鼓動を速くさせる人物名が含まれていた。
この声は間違いない――千夏だッ!
家に帰るまでお預けだった千夏の肉声が、今、こうして、俺の鼓膜をつついたきた。
それが偶然だったとしても、千夏ロスの心を潤わせるには十分すぎるほどの恵み。俺は喜びのままに顔を振り返らせる。
「……………………」
俺の耳に狂いはなかったようで、振り返った先には半眼でこっちを見つめている千夏がいた。
あぁ……今朝の誓約さえなければ今すぐにでも千夏の元へ駆けて行くというのに。
俺の中で尻尾振って舌を出して「へッへッ」したい気持ちと嫌われたくない気持ちがせめぎ合っていると、千夏の友達であろう子が「ししし」と笑いながら指差してくる。
「ちょ、あの人ら、昼間っから学校のど真ん中でイチャコラしてんだけど。ヤバすぎない?」
「うん……ヤバいね」
やばッ――。俺はすぐに雪菜の手を放し、特に意味もなく後ろ手を組んで苦笑いを浮かべる。
「ちょっと一成! 乱暴に手を放さないでよ――ってあれ? 千夏ちゃんじゃん」
「……どうも」
「なになに? 千夏、あの人と知り合いなの?」
「え? あ……ま、まぁ」
友達とショッピングかなんかに出かけている最中にたまたまお母さんと鉢合わせちゃった時のような反応をする千夏。
その微妙な返しに千夏の友達は「ん?」と不思議がっている様子。
そこへ見兼ねた雪菜が声をかける。
「千夏ちゃんとは昔からの知り合いなんだよね。あ、私は二年の初鹿野って言います。『初めて鹿が野を走る』を漢字にして、走る以外をくっつけて初鹿野――よろしくね」
「あ! 先輩さんなんすね! よろしくっす! あたしは一年のフジイって言います! 字はぁ…………よくあるフジイっす!」
「う~ん、藤の花の藤に井の頭公園の井を足して
「…………そっすね! それっすそれっす!」
あ、今絶対ピンときてなかったよあの子。
藤井と名乗った千夏のお友達さんは
肩にギリギリかからない髪の長さに小麦色に焼けた健康的な肌。それからテンションに身を任せるような喋り方。なんというか、砂浜を一日中走ってもヘラヘラしてそう。
そんなビーチガールと不意に目が合う。
「そちらの人は――初鹿野先輩の〝彼氏〟さんすか?」
「「んなッ⁉」」
藤井さんの一言に、俺と雪菜は同時に驚きの声を上げた。
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