第18話 アンパンはこんなにも甘いのに、どこか失恋のような味がする(恋愛経験ゼロ)2

「お前もここで飯か?」


「そうだけど、よくわかったね」


「レジ袋引っ提げてるんだ、嫌でもわかる」


「そかそか! ――てか、わかってんならどいたどいたッ!」


 雪菜はしっしっと手で俺を端に追いやってから、隣に座る。


「それで、なにをお悩みに?」


「んや、なにも。というかなんで俺が悩みを抱えている前提?」


「悩み、ないの?」


「そりゃ人間やってるんだから悩みの一つや二つくらいあるけども…………なに、将来の不安とか聞いてくれんの? 俺と歳かわらないお前が?」


「そんな漠然としたのじゃなくてさ~、もっとこう身近で且つ直近でなにかあったんじゃないの? あんな変な動きしてたんだし」


「……別に」


 俺の顔を覗きこむようにして訊ねてきた雪菜に対し、俺はそっぽ向くことを返事とした。


「――当ててあげようか?」


 俺的にわかりやすく拒絶を示したつもりだった。しかし雪菜は引き返そうとせず、むしろ核心に迫ってこようとする。


「……千夏ちゃんについてでしょ」


「うおおいッ⁉」


 俺は思わず立ち上がっってしまった。その反応が面白かったのか、雪菜はいたずらっぽく笑う。


 驚いた理由は二つ。まず一つは言わずもがな、俺が千夏のことで悩んでいるのを一発で言い当ててきたこと。


 そしてもう一つは俺の耳元でささやいてきたことだ。あまりにも突然すぎて心の準備もなにもなかった。今もなお耳がくすぐられているような感覚だ。


「あははッ、可愛い反応しちゃってぇ~、一成もウブなんだからぁ~」


「なにがウブだよ。いっちょうまえに良い女振りやがって」


「実際に良い女なのかもよ? 私」


「真の良い女は自分のことを良い女だって言わないだろ……知らんけど」


「なぁんだ、結局知らないんじゃん。ま、〝女〟のおの字の一画目もわからない一成だしね! 仕方ないよ! うんうん!」


 俺をからかうスタンスを崩さない雪菜は「ほら、早くぅ」とベンチをトントンと叩いて座るよう促してくる。


「私と楽しくお喋りランチ、しよ?」


 お喋りランチと称しているが内容は絶対に楽しくないものだろう。俺が千夏のことについて悩んでいると決めつけ、根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。


 第三者からしてみれば俺の悩みはしょうもなく聞こえることだろう。というか個人の悩みってのは案外、しょうもないケースがほとんどなのかもしれない。物事を狭まった視野で主観的に捉えた結果、個人の悩みのできあがり。お手軽すぎるレシピだ。


 そう考えれば『溜め込まないで、その悩み! 打ち明けてみよ? 楽になるから!』のような決まり文句はまさしくその通りなわけで。


 まぁだからと言って誰彼だれかれ構わずぶっちゃけるのはまた違うわけで――俺が雪菜に打ち明ける理由にはならない。


 てなわけで。


「――ちょっと、一成ッ⁉」


 俺は半分残ったアンパンとそれから味噌パンをリスのように口の中に入れ、自販機で買ったパックのカフェオレで胃へと無理矢理流し込んだ。


「――ぷはぁ……はぁ……はぁ…………ごちそうさま」


「だ、大丈夫?」


「よ、余裕だよ…………んじゃ、俺はたった今ランチを済ませたんで――これで」


「――待って一成!」


 立ち去ろうとしたところで雪菜に腕を掴まれてしまう。


 力に任せえて振り払うこともできるけど……一応、聞いてやるか。


 やれやれまったく一度だけだぞ? と、顔だけ振り返らせた――次の瞬間。


「――えいッ」


「あ痛いッ⁉」


 雪菜の腑抜ふぬけた声からは想像もつかない速度のビンタが俺の左頬を打った。

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