第13話 お外じゃ、恥ずかしい
「ごめんね? 兄ちゃん……さっきは冷たい態度とっちゃって」
千夏が次に口を開いたのは雪菜の姿が目視で完全に捉えられなくなってからだった。俺に向き直った彼女は申し訳なさそうな顔してそう言ってきた。
「あ、あぁ……気にしなくていいから」
「ありがと、兄ちゃん」
ほっと胸を撫で下ろす千夏。その安堵する姿が逆に俺の心をざわつかせる。とてもじゃないが落ち着いてなどいられない。
「それより――俺の質問に答えてくれないか?」
「質問て?」
「……気になっている男がいるのはほんとか? 俺の気持ちを弄んでいたのか? ――愛しているのは俺だけなのかッ?」
「あ、あれね! 実は嘘なんだ!」
「なぁんだ、嘘なのね! よかったぁ! ――ってええッ⁉」
あまりにもサラッと言うもんだからつい軽く流してしまうところだった。
「ええってなにさ、ええって」
驚く俺をジト目で見つめてくる千夏はさらに続ける。
「ウチが兄ちゃん以外の男の子を好きになるわけないじゃん……その辺、もっと自信持ってよ」
「え、やだ嬉しッ⁉ 持つ持つ! お兄ちゃん、もう迷ったりしないッ!」
「うん! そうして♡」
千夏の言が俺の曇った心を晴らしてくれる。
うふ、うふふ、うふふふふッ! 兄ちゃん以外の男の子を好きになるわけないじゃんだってッ! くうううううううううううううッ! ほらね! やっぱね! やっぱそうだよね! 俺が千夏にぞっこんラブなんだもん、千夏が俺にぞっこんラブじゃないわけがないよねッ! うんうん知ってた知ってた! あれだよ? さっきまでのは疑ってた振りであって心の底では当然のように信じてたからね? ほんとだよ?
けど、だとしたら何故に千夏は嘘ついた? という純然たる疑問が湧いてくるわけで。
喉に刺さった魚の骨を除去してもらうべく、俺は千夏に訊ねる。
「あのさ」
「うん」
「じゃあさ」
「うん」
「なんで嘘ついたん?」
千夏の肩がピクンと跳ねる。
「え、えっとぉ……それはぁ……」
「それは?」
「――こ、個人的な問題だから! 兄ちゃんが気にする必要は一切ナシ!」
「いやいやそう言われると逆に気になっちゃうのが人間の
「――ウチは兄ちゃんのことがだあああああいすきなの。それ以外に兄ちゃんが気になることってあるの?」
それ以上踏み込んでくるなという千夏の強い意志が伝わってくる。
確かに、千夏の愛が再確認できた今の俺に不安はない。
となればこれは俺の純粋な興味だ。しかしその興味を、知りたいという欲求を、無理矢理通していいものだろうか?
答えは否だ。そのことで嫌われてしまったら元も子もない。
兄ちゃんんことがだあああああいすき……ふ、充分じゃないか、それで。
俺は散らかしたおもちゃを箱に戻すように頭の中を整理し、千夏の瞳を見据えた。
「いいや、お前からの愛があれば他にはなにもいらねえ」
「――そ、それなら……よろしい」
俺の視線から逃げるように顔を逸らした千夏。
「横顔もいいけど――やっぱこうだよな」
「んなッ⁉」
千夏の顎を人差し指と親指で挟み、強引に顔を向き直させる。
「朝の続きを……しよう」
「え、ええッ、こ、ここでッ?」
「もちの……ろん」
「あ、あわ、あわわッ、あわわわわッ!」
千夏の熱さが指を通して伝わってくる。彼女の瞳は漫画のようにグルグルと渦巻いている。
「お残しは許しまへんで。これが俺のモットーだから……お前の唇、ちゃんといただくからな」
「だ――だめッ!」
千夏の突き出した両手が俺の胸を押し、強制的に離された。
きょ、拒否された……なんで……どうして……。
「ご、ごめん兄ちゃん……」
「い、嫌、だったか?」
「ううん違くてッ! ……外じゃ、さすがに」
千夏は周囲を気にするように視線を
「誰もいないじゃんか」
「そういう問題じゃなくて……外じゃ、嫌なの」
「……恥ずかしいのか?」
小さく頷く千夏。
「……わかったよ。それじゃ、帰ってから続きをしような?」
「……うん!」
けれど今度は元気よく、そして力強く千夏は頷いた。
まったくもう! まったくもうなんだからまったくもう!
俺はいつにも増して思うのだった。早く学校終わんないかな! と。
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