第11話 慣れた道を、珍しい組み合わせで2

「もういっぱああああああつッ!」


「――待て待て冗談ッ、冗談だからほんとにやめてッ!」


 もひとつおまけにドーンッ! と言わんばかりの雪菜の勢いに気圧された俺は必死に制止の声を上げた。


 そのおかげあってか、そもそも当てる気がなかったのか……彼女の鞄は空を切る。


「……次、笑えない冗談を口にしたら顔面に場外ホームラン級のフルスイングかますからね?」


「す、すみませんでした」


 雪菜の警告を俺は素直に受け取り頭を下げた。アメリカジョークとかじゃない――これは脅し、次やったら間違いなくメジャーリーガー並みのスイングを食らうだろう。

 無言で素振りをしている雪菜を見て、俺はゴクリとつばを飲み込んだ。



「う~ん」


 うなるような声を発したのは千夏だった。彼女は納得とは程遠い表情をして雪菜を見つめている。


「意外とまんざらでもないんじゃないですか? 初鹿野さん」


「えっと、なんのことかな?」


「いちいちとぼけないでくださいよ…………〝兄〟のことです兄の」


 千夏は舌打ち混じりに小さく吐き捨てるように言ったあと、俺を親指で指差してきた。なんだろ、妹にぞんざいに扱われてる感じが堪らない。こりゃクセになりそうだ。


 俺の新しい発見が二人の間に立ち込める不穏な空気をどうにかできるわけもなく、話は進んでいく。


「ほんとは好きなんじゃないですかぁ?」


「だ、だから! そんなんじゃないんだってばッ! 千夏ちゃんまでやめてよもう!」


「え~。でもあれだけ過剰に反応されちゃうと逆に怪しいっていうかぁ、なんていうかぁ」


「もう! 勘ぐりすぎたってばッ! 私と一成は言っちゃえばくされ縁みたいなもので、異性として意識したことは一度もないからッ!」


 疑いの目を向ける千夏に対し、雪菜はきっぱりと否定した。それでも千夏は薄笑いを崩さない。


 しかしあれだ、雪菜が誰かに口で圧倒されている光景はレアだな。


 焦って思考が追いつかないのかわからんが、〝俺のことが好き〟と誤解されて迷惑を被っているのは容易に見て取れる。


「て、てか、そういう千夏ちゃんはどうなの? 高校に入って気になる人とかできたんじゃない?」


 ここで雪菜が反撃に打って出た。千夏からの質問をそのまま本人に投げ返す。


「いませんよ」


「またまた~、ほんとはいるクセに~。あ、実は既に付き合ってたりとかしちゃう?」


「……………………」


「あ、ふ~ん、やっぱそうなんだぁ。誰にも言わないから雪菜お姉ちゃんに聞かせてみそ?」


 雪菜はにやにやしながら千夏の口元に耳を近づける。俺に聞かせないようにという配慮はいりょの表れだろう。


 にしても千夏はなにを考えているんだ? 普通に「いません」の一点張りでよかったんじゃないか。なのにどうして黙るを選んでしまったんだ……あれじゃ「います」匂わせてるもんじゃないか。現に雪菜は嗅ぎ取ってグイグイきてるわけだし。


 ……もしかして千夏は〝俺を愛している〟ことを――いや違う、俺達が〝相思相愛〟なことを打ち明けようとしてるんじゃなかろうか。


 確かに、俺と千夏はいばらの道を進もうとしている。


 血は繋がっていないが俺達は兄妹だ。遺伝的問題がなくても社会一般の倫理観念に反してしまっている。


 言ってしまえばこの恋は、後ろ指差されるような恋なのだ。


 もちろん俺は覚悟しているし、千夏も同じ気持ちだろう。


 その上で千夏は雪菜に打ち明けようとしている。これは記念すべき第一歩なんだ。


 コソコソと日陰で愛の言葉を交わすのじゃなく、堂々と日向で抱きしめ合えるようになる為の――一歩なのだ。


 そうとわかれば野暮な真似はしない。俺は二人のやり取りを静観することにした。


「ほれほれ~、黙ってちゃわからないぞ? 早く言って楽になっちゃいなよ~」


 酔っぱらったオッサンのような絡み方をする雪菜が鬱陶うっとうしかったのか、千夏は少し距離を空けてから観念するようにため息をついた。


「お、白状する気になったな?」


「はい……しつこそうなので」


 千夏は一度俺に視線を寄越す。言ってもいいよね? そう目で確認してきているように見える。


 俺が頷き返すと、千夏は安心したように微笑んでから雪菜に視線を戻した。


 もう後戻りはできない――幸せになろう、千夏。


「実は――〝同じクラスに気になってる男の子〟がいるんです」


「……………………え?」


 千夏の予想外の発言に、思わず俺の口から間抜けな声が漏れ出てしまった。

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