第4話 節電に協力願います

 ベッドに横になるなりすぐに寝てしまった俺が、次に目を覚ましたのはまだ部屋が真っ暗な時だった。


「…………いま何時だ」


 俺は上体を起こし、ポケットからスマホを取り出してスリープモードを解除する。


 寝起きの目に優しくないディスプレイ、俺はすぐに明るさ設定を最小にした。


「え、まだ一時なの?」


 表示されている時刻に思わず声が漏れてしまう。


「中途半端な時間に起きちまったな」


 ぼりぼりと脇腹を掻きながら俺はそう漏らした。


 …………あれ? なんかおかしくね?


 脳が正常に働きだし、寝る前の記憶がよみがえったことで俺はある変化に気がついた。


 なんで〝暗い〟んだ?


 覚えがないのだ。力尽きるようにして寝てしまった俺には電気を消した覚えが。


 母さんか父さんが消してくれたとか? いや、それはないな。これまでにも寝落ちしたケースは多々あったが、起きて電気が消されてたことは一度もなかったし。


 となれば消去法で千夏がとなるわけだが……うん、これもないな。千夏が俺の部屋に入ってくるはずない。


 残る可能性としてもっとも現実的なのは、蛍光けいこう灯の寿命かな。


 とりまリモコンスイッチで確認してみよう。そう思い立った瞬間だった。


「探し物はこれ?」


「――ひぃッ⁉」


 すぐ近くから誰かの声がし、俺は反射的に振り向いた。


「ち、千夏⁉ な、なんでお前がここに?」


 そこにいたのは千夏だった。彼女は俺のベッドに横たわりながら手に持っているリモコンスイッチをふりふりさせている。


「なんでって……兄ちゃんが電気を点けっぱなしにして寝てたから、代わりに消しといてあげたんだよ」


 答えは俺の隣に転がっていた――いや寝転がっていたようだ。


「消しといてくれたことには素直に感謝する。ただその返しだけじゃ質問の答えにはなってないぞ」


「……………………」


 むくっと起き上がった千夏。窓から差し込む月明かりに照らされた彼女はそこはかとなく幻想的で、思わず呼吸を忘れそうになる。


「……続き……しよ?」


 千夏は再び俺にキス顔を見せてきた。


 どうしてだ……暗い部屋、千夏とベッドで二人きりの状況だというのに〝あまり興奮しない〟。


 興奮しないことに疑問を感じてしまうのは無論、寝る前に経験した夢のような出来事のせいだ。


 つい四時間ほど前の俺は本気で千夏にチューしようとしていた。初恋のような感覚を持っていた。


 しかし今は極めて冷静。手を伸ばせば触れらる距離にいる千夏が俺からのキスを待っているのに、だ。


 が差したか、あるいは………………。


「どうしたの?」


 俺が思考の海にいざ潜らん! とした時、千夏から声をかけられた。見ればキス顔を解除し、小首を傾げている。


「あ、いやなんでもない。それよか、早く部屋に戻った方がいい。こんなところを父さんか母さんに目撃されたら面倒だろ?」


「大丈夫だよ。あの二人はぐっすり寝てるし……それに、兄ちゃんだって、したいんでしょ?」


「…………いいや、血が繋がってないとはいえ、俺達は兄妹だ。だから……そういうことはできない」


「…………へ?」


 拒否されるのが予想外だったのか千夏は面食らった顔してポカンとしている。


「え……嘘、え? だってまだそんな時間経ってないはずだし、え? やだ、どうしよう」


 物凄く重要なことを口にしていた気がするが、とりあえずは保留。今は動揺しまくっている千夏を落ち着かせよう。


「一旦落ち着け、千夏。そんで状況を整理しよう……な?」


「だ、だよね、そうだよね……て、てか、言われなくてもそうするつもりだったし! 余計なお世話だしッ!」


「シイイィッ! 悪かった、俺が悪かったからもうちょい声量落そうな?」


 俺は人差し指を自分の唇に押し当て、自分に非があることにした上でやんわりとたしなめた。


「それも……わかってるし」


 不貞腐ふてくされたように呟いた千夏は、一度深呼吸をしてから続ける。


「か、確認だけどさ? 兄ちゃ――じゃなくてあんたは、ウチに……キ、キスを求めてきたじゃん? それで、その……ま――まだキチュちたい気持ちある、よね?」


「……自分から言いだしておいてなにを勝手なと思うかもしれないけど、そういう気持ちはない。あの時の俺は…………すまん、どう説明すればいいのかわからない」


「じゃ、じゃあウチのことは? 妹じゃなくって一人の女として想ってくれてるんでしょ?」


「それも……すまん」


「……そ、そんな……じゃあ、〝やっぱり〟……」


「やっぱり? やっぱり、なんだ?」


 狼狽えている様子の千夏に俺が聞き返すと、彼女の表情が一変した。



「――あ、あんたには関係ないしッ! ていうかこっちも言わせてもらうけど、あんたのことなんてどうとも思ってないんだからね! むしろ嫌いッ! 大嫌いッ!」


「ちょ、だから質問の答えになってな――」


 俺は逃げようとする千夏の腕を咄嗟に掴んだが、


「――うっさいッ!」


「あ痛いッ⁉」


 千夏がぶん投げてきたリモコンスイッチを顔面にくらい、反動でベッドから転げ落ちてしまった。


「ぁ…………」


 千夏の消え入りそうな声が聞こえてきたが、その後すぐに――バタンッ! と、ドアの閉まる音がした。


 一人残された俺は天井を見つめたまま、近くに落ちてるであろうリモコンスイッチを手探りで探し、それらしき物を掴む。


 あ、良かったぁ……蛍光灯、普通に点いたぁ。


 そして俺はまばゆい光に抗いはしないと、目をつむったのだった。

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