第5話 モーニングシンキング1

 翌朝、いつも通りの時間に文字通り起床した俺は、床で寝てしまったことを酷く後悔していた。


「腰いてぇ……」


 お世辞にも本調子とは言えない体調。それでも小学生から長らく学生をやってきたわばベテランスチューデントの俺は3分で身支度を済ませてしまうわけだが。


「おはよう~」


「おはよう。ってあれ、まだいたの?」


 ダイニングに足を運ぶと、千夏と母さんの姿があった。朝食の席に母さんがいるのは珍しい。いつもならとうに家を出ている時間なのに。


 俺は千夏の対面の席に座る。


「そうなのよ~、ちょっと起きるの遅れちゃってね」


「へぇ。でも走れば間に合ったんじゃないの? 電車」


「いやよそんなの~。エレガントさに欠けるじゃない」


「エレガント……ね」


「あ~、馬鹿にしたでしょう? こう見えて私、外ではできる女で通ってるんだからね?」


 最後に「まぁ家だとこんなんだけどね」と母さんは付け足した。冗談ぽく言ってはいるが、実際に職場ではできる人認定されているんだろう。


「ていうかぁ……寝坊したのは私のせいだけじゃないのよね~」


 母さんがうらめしそうにこっちを見ているのに気づき、俺は「というと?」と続きを促した。


「昨日、というか今日なんだけど、誰かさんが二階ではしゃいでたせいで変な時間に起きちゃったのよね~」


「あ、それは…………」


 思い当たる節はあった。母さんが言ったはしゃぐというのは多分、俺がベッドから転げ落ちたことを指している。


 その起因きいんとなった千夏に視線を送るが、彼女はなに食わぬ顔してウィンナーを食べているだけで、こっちを見ようともしない。


 いや待て、一見いっけん薄情はくじょうにも思えるが、千夏の対応は正解だ。


 真相を知ってるせいもあって俺はつい千夏からの助けを求めてしまったが、なにも知らない母さんからしたら『どうして千夏がかばうの?』と疑問を抱くに決まっている。


 どうやら俺は焦りで先が見えていなかったようだ。


 ふぅ……と、俺は心中で安堵しつつ、千夏からはす向かいに座る母さんに視線を戻す。


「実はその、恥ずかしい話なんだけど、盛大にベッドから落ちちゃって」


「まぁ、そんなとこでしょうね。なに、怖い夢でも見たの?」


「ん~、えっと……どうだったかな、あんま記憶にないけど」


「私、あの後二時間くらい寝れなかったんだからね? 目が冴えちゃって。銀二ぎんじさんはぐっすりだったけど」


「いや、ほんとすいませんでした」


 経緯はどうあれ母さんに迷惑をかけた結果は変わらないと、俺は素直に謝った。ちなみに銀二ぎんじとは父さんのことである。


「……はぁ。こればっかりは仕方ないことだし注意しても意味ないかもだけど、寝相良くしなさい」


「……はい」


「よろしい。じゃ、私の分の食器も洗っておいてね!」


「え?」


「え? じゃないくて……はい、でしょ?」


「……はい」


 母さんはニコッと笑い、とめていた箸を再び動かした。


 睡眠を害した罰ってことだろうけど……なんだろ、母さんが会社でどんな感じかが、なんとなくわかった気がする。

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