18
特等席で過ごす時間はあっという間だった。
いきなりだが、私は小説が好きだ。
ミステリーものをよく読んでいると思う。
何故かと聞かれると、理由はたくさんある。物語が展開していく様がわくわくするとか、現実では起きないことが当たり前のように紙の上で繰り広げられているとか、時間を忘れられるとか…。本好きの人には恐らく、多くを共感してもらえる理由ばかりだと思う。
私は比較的、本が多く置いていある家庭で育った方だと思う。部屋のある一角が書庫のようになっていて、子供の頃にはそのことに気が付いていた。両親はいたって普通のサラリーマンだったし、特に優れた能力があった訳でもない。別に“ディス”ってるわけじゃなくて、本当に、ごくごく普通の家庭だったということが言いたい。それなのに、なぜうちにはこんなに多くの本があるのか、ある程度成長した頃、小学3年生頃だっただろうか。気になって一度だけ、母親に尋ねたことがある。
「ねえ。何でうちはこんなに本がたくさんあるの?全部買ったの?」
「親戚の人がねえー、処分に困ってたのよ。あとは柏木さんちに子供いたの覚えてる?そうそうむっちゃんね。絵本とかもう使わないからって。他にもそういう理由でいろんな人から貰ったわねえ。半分くらいは貰い物かなあー。もう半分はお母さんの趣味ね。」
当時、さらにひねくれていた私は、その事実を聞かされてひどく怒りを覚えた。
「え。それって都合よくうちに子供がいて、処分するのが面倒だからうちが押し付けられたってことじゃん。うちがゴミ箱にされただけじゃん。」
と、母親に吐き捨てた。
我ながら自分から聞いておいて、その言い草はないだろうと思う。あの頃の私は世界のすべてが敵だった。だから、用済みになった本を押し付け、私の家をゴミ箱扱いにした奴らが許せなかった。そして何より、その事実を知らずに「ゴミ」を読んでいた自分に心底ショックを受けた。何故もっと早く教えてくれなかったのか。教えてくれていたら、私は「ゴミ」なんて読まなかったのに。
そういう怒りと恥が混ざり合ったものを上手く表現できないまま、母親に皮肉をぶつけることしか出来なかった。
そんなまだ幼稚な頭の私に、母が言った言葉を私はよく覚えている。
「そうねえ…。確かに、ゴミかもしれないねえー…。でもさ、この本がゴミなら、すごく面白いと思わない?だってゴミなのに、お母さんやあなたが知らないことがこんなにたくさん書いてあるのよ?星の名前とかー海の深さとかー…ほら、あなたが持ってるその図鑑も。…ゴミなのに色なんことを教えてくれるの。嫌なことがあったり、辛い時に励ましてくれたりもする。お母さんはね、この本があなたの言う通り、一度は誰かのゴミだったのかもしれないけれど“ ムダなもの ” だとは思わないの。だからゆずってくれた人たちには感謝してるかな。」
私は、何も言葉が出てこなかった。
出てこなくて、「ふーん、」とだけそっけなく母に返した。
その会話の後、まだ続きがあったのかどうかはよく覚えていない。けれどその日をきっかけに、私はよく本を読むようになったことだけは確かだ。
“ ムダなもの ” だとは思わない…
私は今現在、そんな風に物事を捉えられているだろうか?あの出来事もムダではなかったのだろうか?
こんな風に自問自答をしているのは、きっと私があの頃の私と変わりなく、
ぜんぶ “ ゴミ ” だと吐き捨てているからだ。
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