第2話

しかし音のする場所には、何も見当たらなかったのである。

空耳? それとも。

水を汲む手を止めて音に聞き入っていると、不意に後ろから声がした。

「おーい」

振り返ると、どこかの工場の作業服のようなものを着た、顔も体もいかつい中年男が俺に向かってやって来た。

背には大きなリュックを背負っている。

男が言った。

「やあ、一人でキャンプかい。俺もなんだけど」

「ああ、どうも」

「キャンプっていいよなあ。俺も好きでよく一人で行っている。それにしても……」

男は川を見つめた。

「それにしても?」

「今、なんかいたな」

「なんか……とは?」

「よくないものだ」

「よくないもの?」

「まあ、こういった場所は、時たま不幸なことが起きるんだ。だからたまによくないものが出てくる。今はいないけど」

「そうですか」

俺はよくわからないまま答えた。

しかし確かに、しゃきしゃきしゃきという音は、もう聞こえなくなっていた。

「俺にはそういったものがわかるし、そいつらは俺が嫌いならしくて。俺が来るとどこかに行ってしまうんだ」

――霊能者かなんかか?

俺はそう思ったが、男の風貌は俺がイメージする霊能者とは真逆だった。

「まあどっかに行っちまったからもう安心だ。俺は別の場所でキャンプするから。じゃあな」

そう言うと男は、そのまま上流へ行ってしまった。

俺は男の去った後をしばらく見ていたが、やがて調理の準備に取り掛かった。

昼食と夕食を一度に作り、昼食を食べて魚を釣り、しばらくテントで休んでそのあとその辺りを散策し、それから夕食を食べてまたテントで横になった。

そのまま何もしないで過ごした。

あたりはとうに暗くなっている。

――そろそろ寝るか。

俺は寝ることにした。

ランタンの灯を消す。

そしてうとうとしていると、聞こえてきた。

しゃきしゃきしゃき。

昼間聞いたあの音だ。

――またか!

最初聞こえてきたときは、昼間よりも小さな音だった。

テントが川から離れているからだ。

しかし。

しゃきしゃきしゃき。

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