失くし物
藤井 狐音
失くし物
「ごめんなさい、ママ」
「起こってしまったことは仕方ないから、次からは気をつけましょう。それにほら、ママは交番に出掛ける準備をしないと。いい子に待っていられるかしら、アナ」
「うん、ママ」
「——そろそろおかしいんじゃないか? アナの失くしもの、今月で何回目だ」
「数えてないわ。なあに、アナを責めるの? まだ七歳よ、仕方ないこともあるでしょう」
「そう思うならまだ財布なんか持たせるな。あんたはお遣いにやって躾のつもりかもしれないが、これから毎度失くしてこられたら、たまったもんじゃないぞ」
「毎度って! お財布を落としたのは初めてよ」
「遊んでいるデュプロも失くす娘だぞ! ……あんたは聞いてないかもしれないが、うちの娘はどうやら妙な夢を見ているらしいんだ。今、新惑星への移住が進んでいるだろう? あれを『宇宙人がわたしたちで遊んでいるの』なんて言い出すんだ。ちょうどレゴ・ブロックでごっこ遊びをするみたいにな。自分がものを失くすのも、その宇宙人が別の星まで持っていっちまうからなんだと」
「子どもの空想に本気になってるの?」
「自分の娘のことに本気になっちゃいけないっていうのか? これは警告だ。アナはまだ子どもだが、ただの子どもじゃないってな。精神科にでも行って診てもらうのが、彼女のためだと俺は思うぞ」
*
地球から新惑星コロニーへの移住が始まって二年。見切り発車のように始まったこの計画は、鈍すぎるほど慎重に進行し、しかして無秩序の様相を呈していた。
未だ星間便の数も少なく、移住は希望者の中で抽選制。こちらへ来たところで衣食住がかろうじて揃っている程度のため、もの好きばかりが移住権を買って渡っている状況だ。そして移住者がもの好きばかりであるがゆえに、環境整備の遅さに文句をつける人間もほとんどいなかった。
インフラの普及も依然として途上だが、このコロニーの状況を無秩序と評した理由はまた別にある。モノが、道端に点在しているのだ。消しゴムにペットボトル、レゴ・ブロックがあれば消波ブロックもあり、果てにはさっきまでピクニック場にあったかのようなサンドイッチの入ったバケットまで。何の脈絡もなく巷に存在して、日々思いがけないものにつまづく。無機物でなければ、路上にや羊やカブトムシやワニが出る。
「こんな町で交番に拾った財布を届けにくるのなんて、君くらいのもんだよ」
私の届け物を受け取った警官は、たるんだ顔でそう零した。
「おや。皆していることだと思っていました」
「皆もの好きだからってか? ならあんたがむしろ平凡なんだろうな。律儀なのは結構なことだが、はて、あんたの拾いもんはこの町の住人のものなんだろうかね」
「法の番人が、迷信じみたことを信じなさるので?」
警官の言いたいのは、あの無秩序に散乱したモノたちは地球からやってきたのだ、という噂のことだろう。地球のほうでは近頃不可解な遺失が続いているというが、モノが勝手に星を渡るなどとは莫迦々々しい。相関があるように見えても、ではどうやってと過程が説明できなければ、そんなものは世迷言に過ぎないのだ。
「それに、落し物のすべてがこの町のものでないと決まったわけでもないでしょう。こんなに可愛いお財布です、いまごろ幼子が涙を浮かべて探し回っているかもしれませんよ」
「まあ、それはもっともだがね」
警官は鬱陶しそうに、遺失物の書類を取りに行った。
*
「いかがでしょうか、息子は」
おそるおそる尋ねると、穏やかな笑みを浮かべて、先生は答えた。
「息子さんは箱庭療法に取りかかっています。手法についてはご存知ですか?」
ええ、まあ、と私は頷く。
「好きなようにやりなさい、とは言っているんですがね。まだおっかなびっくりといった調子で、少しずつものを動かしている状況です」
「息子は、何か言っていましたか」
「ええ、そのことなのですが……」
一転、先生は顔を顰める。
「『ぼくが勝手に動かしたら、彼らの運命を軽率に変えることになってしまう』と、なかなか地球(おもちゃ箱)のものを手に取りたがらなくてですね。運命は
やっぱりか、と私は思った。自分の息子が彼らの手を煩わせていると思うと、親の私も快くない。
そんな私を宥めるように、気になさることはありませんと先生は言った。
「万代の少年にはよくあることです。それに、低元存在の声が聞こえたとして、そのこと自体は何ら悪いことでもありますまい。それによって本人が苦しむようなことがあれば、その苦を取り除いてやるのがわれわれの仕事です。ひとまず、しばらくは様子を見ることにいたしましょう」
失くし物 藤井 狐音 @F-Kitsune
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