無題
「……またか。」そう、彼は独り言ちた。
今回は、いつも以上に酷い駄作をまた、生み出してしまったらしい。
「……はあ。煙草吸おう。」
硬い椅子から立ち上がり、ベランダの外に出る。
目の前に広がるのは、大自然でも絶景でもなく、ただの住宅街だ。
遠くを見ると、高い高いビルたちが、無表情のまま、連なって建っている。
煙草を取り出すと、彼はそれに火をつけた。
ふう、と一息吐くと、紫煙が立ちのぼり、空に霧散していった。
「×××、見てないといいが」
彼は、もういない人間の名前を呟いた。
空に向かって、懇願するようにして。
「馬鹿馬鹿しいよな。仕事をやめて、友達と呼べる人間も切ってまで、いないやつのことを追っかけて」
遅めの秋雨前線が降らした雨で、見下ろしている道路には、大きな水たまりができている。
「本当に、どうかしてるよ」
ふと、後ろから声が聞こえたのか、彼は振り向く。が、彼には何も見えない。
「また出てくるなんて、俺にとって虫が良すぎるか」
誰が言ったかわからないその言葉に、勝手に納得すると、水たまりに反射する青空を眺めた。
紫煙は高々と昇り、足元の花壇には、少しの彼岸花が、まるであの時のように、哀調を帯びながら咲き誇っている。
「ああ、また彼岸か」
彼の人生は、「無題」
誰かが題をつけてくれることを、私は強く祈る。
ただ、もう、貴方に届いている筈だ、と、自分勝手にそう考えた。
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