捨て猫の二日目。
私は、飼い主さんにいじめられた。
後ろの両足をつかまれ、すごく熱い鉄の棒を背中に押し当てられる。
時には、ナイフで眼球を抉られそうになる。
「お前はニンゲンじゃねえんだよ、ちょこまかして。あたしを、怒らせないでくれない?」
顔なんて何発も殴られたし、お腹は何回も蹴られた。
それでも、飼い主さんのことは、ほんの少し好きだった。
甘えると撫でてくれるし、ご飯はちょっぴりだけど。
そんなある日、いつものように殴られているとき、飼い主さんは隣人と目が合い、ケイサツに通報された。
私は、もっと殴られるようになった。
それでも、甘えたときのナデナデを期待していたのだったが。
それ以降、飼い主が私を撫でることはなくなった。
数日後、私は捨てられた。
私は、ニンゲンに捨てられた。
連れてこられた先は、どこか、知らない山の奥だった。
「ごめんね。ごめんね……。」
今でもその言葉は、鮮明に私の記憶の片隅に置いてある。
微かな、ほんのわずかの笑みを浮かべていたのも、覚えている。
薄気味悪いような、そんな表情。
それの声にならないほどに、掠れたその言葉は、ただ、自分が許されるようにと、私へ向けられていた。
顔も、名前も、飼い主が何者だったかは、全くと言っていいほど、覚えていない。
けれど、その曲がった歪な愛情は、私だけに向けられていたのは確かだ。
愛情と呼んでいいのかは、定かではないが。
私は、ニンゲンに捨てられた。
私は、当然のことながら、山を出て、その町の中心街だったところに歩みを進める。
しっかし、寒かったなあ。
いつの間にか、雪が降りだしていた。
その日はちょうど大寒とかいう日で、私にとっても、たまったもんじゃなかった。
歩けば歩くほど、私の肌に、刺さるように雪が触れた。
雫のように、一粒一粒が地面に落ちていく。
しとしと、しとしと、と。
しとしと、しとしと。
ふと、立ち止まり、そんな、くだらないことを考える。
再び歩き出そうとしたとき、私は滑って転倒する。
痛い。ものすごく痛い。多分、頭をぶつけた。
なんでだろう。
さっきは、この雪、凍っていなかったはずなのに。
私は、ニンゲンに捨てられた。
それから私は、何回か滑って転倒して、そのたびに疑問を抱いた。
家族も、飼い主も、友達も、先生もいない私は、これからどうしようと。
そんなことを考えるたびに、幾度も幾度も転倒した。
幾度も。
周囲を歩くニンゲンは、私のことを怪訝そうにチラチラとみる。
そんなことに目も暮れず、私はただ歩き続けた。
また、あんたに会えると思ったから。
終点がないなんて、そんなことハナから気にしていなかったんだ。
私は、ただの捨て猫だ。
歩き続けた結果、私は公園のベンチで、夜を明けることにした。
凍えて死にそうだった。
半分、死んでいたかもしれないし。
そう、私の朝は、やってくることはなかったはずだったんだ。
多分、餓死してるか、凍死とかしてるか。
けれど、ある人が突然、朦朧とした意識の中で、手を差し伸べてくれたんだ。
その女性は、首に付いたチョーカーを外して、こう言った。
その人は、私にとってかけがえのない、そんな恩人になる。
「あなたは、立派な人間よ。一緒に、孤児院に来ないかしら?」
そうだった、私は人間だった。
「……うん、これでおしまいなんだけれど、この短編小説、どう思う?」
私は、ついに成人していたのだ。ニンゲンだから。
目の前の、老けて見る影もない母親に向かって、そう問うた。
「んーーーっっっ!!!!!んんんんーーっっ!!!!!!」
勿論のこと、それはガムテープでしっかり口を固定して、両手も椅子に拘束しているから、答えることは不可能だ。
足元を見ると、それの足の爪が散乱している。
「そんなに助けてほしいの?」
私は、爪を蹴っ飛ばして、耳元でそう囁いた。
「んーっっ……!!んんん!!!」
「そう。まあ、私はニンゲンじゃないものね、無理よ」
「ふーーーーっ!!!んーーーーーーっっ」
それは、今にも暴れだしそうで、拘束を解いたら真っ先に私の首を狙いに来るだろう。
「これが、あんたが私に与えてきた愛情だったかしら……。お母さん」
私は、それの口についているガムテープをはぎ取り、地面に投げ捨てた。
「……っはあ、はあ……。■■■、絶対に許さないわ……!!!!!地獄の果てまで追っかけて、あんたの腸引きずり出してやる……!!!!」
「そんな名前、もう捨てたわ」
少し苛立っているのだろうか、言葉が心なしか鋭いような気がする。
「……それと、あんたの悲鳴を聞くためにテープを取ったんだけれど」
事前に直火であぶっておいた、見るだけでやけどのするような鉄パイプを、それの顔面に押し当てた。
それは、言葉にならない悲鳴を甲高く上げていた。
「まあ、あんたも私もニンゲンじゃなかったから、仕方ないよね」
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