第7話 村人を生贄に破滅の儀式が始まる 

 「民草共は、早く道を開けろ!」

 武装兵20名がバーナード率いる自警団を大声で威嚇する。

 「だから、陛下を助けにいくなら、我ら村の自警団も協力しますよ。一緒に戦いましょう」

 「貴様らの助けなどいらんわ!」

 馬の上から一喝する騎士は、剣の柄に手を伸ばした。道を譲らないバーナード達に斬りかからんと云わんばかりだった。

 バーナードは急に現れたこの自称、国軍の騎士を信用できないでいた。この騎士は、森で戦いが始まった頃に、兵隊を連れて村にやってきた。援軍に来たと言うのだ。どちらの援軍か、判断できるわけがない。

 「バーナード団長、メギィ様をお連れしました」

 「メギィ! いやぁ、お前もやっぱり来てくれていたのか! この村の頑固者を何とかしてくれ」

 馬上の騎士は、メギィの顔見知りだった。

 「この人達ですか? 怪しい兵士達って? バーナードさん。そこの彼は私の知り合いです。ジョンと言います。ここは一度、道を開けてください」

 「そう言う事だ! これで分かっただろう! 早く道を開けろ! 役立たずの村人ども!」

 先頭を行く騎士ジョンがそういうと、自警団は道を開けた。

 「あっ、ところで彼は元国の騎士団員です」

 油断していたジョンの腕を掴み、メギィは馬から引きずり下ろしてしまった。倒れた騎士の体をメギィは足で押さえつけて、そのまま剣を首筋に当てて言う。

 「動けば斬る!」

 「メギィ、お前はこちら側じゃないのか!? てっきり俺は…」

 「ええ、なぜか私の所には、反乱の誘いは来ませんでした。あなたみたいに、騎士団を抜けていないと信用されないのですかね。それより、部下たちに降伏するよう早く命令をしてください」

 「こっ、降伏だ!」

 「てえぃ!」

 降伏命令を無視した兵士達が剣を抜き、メギィに斬りかかってきた。2人まとめて、戦斧でなぎ倒すバーナード。後一歩まで迫った敵の額を涼しい顔で射るジャクソン。2人の気迫に押された敵の動きが止まった。

 「命令違反しての突撃とは、なかなか根性あるねえ。今の若い者にしては」

 槍を持った反乱兵士が後ろの仲間に対して叫ぶ。その手は震えていた。

 「謀反側に付いちまった以上、降伏しても死罪しかない! 降伏するなら、全員たたかう、え」

 「後ろの味方よりも、前の敵に注意を向けろ! さもなければ、死ぬぞ!」

 バーナードは、首を刎ねて言った。

 「その通りだ、若造ども、脳天ぶちまけられたくなければ戦うか、逃げるかの二択だぜ」

 自警団のモロは、金属で覆われた棍棒を兵士達の目の前で振り被って見せた。

 「俺は故郷へ帰る、このヘタレ領主に、手柄を立てれば、本物の兵士になれるって、騙された! 騙されたのだ!」

 そう言って、1人の兵士が逃げだすと後はもう早かった。

 「俺も、騎士になれるって、嘘を付かれた! 村に帰る!」

 次々と武器を捨てて、逃げだし、後には死体と騎士の捕虜だけが残った。

 「ああ、腕が痛い。明日、筋肉痛だわ」

 モロは、ため息を吐きながら、利き腕を揉んでいた。

 「さて、あんた、どこの領主様か知らないけど、訓練なしの素人を兵士にするのは、止めておきな。他所の事は言えないけど」

 自分の後ろで、武器を持って固まっている若者達を見て、バーナードは苦笑した。

 「全くですな。3人共、見事な技をお持ちだ。そして、敵を見逃してあげる慈悲深さ。これから命をいただくのが、惜しい、実に惜しい」

黒い革鎧に、白い羽飾りのシルクハットを付けた白髪の老人がいつの間にか目の前に立っていた。気配を消して、急に現れたかのように見せる魔術師のテクニックだとバーナードは見抜いた。

 「あんたも敵だな。30年早く、戦場で会いたかったぜ」

 強力な魔法使い特有の空気が歪むかのような闘気は、強い魔法を使う前触れである。

 「ヴォルフ先生! 嘘だ、あなたまで、陛下に背くなんて!」

 「アブラモフ伯爵! 助けてくれ!」

 メギィと足元の騎士ジョンが同時に叫ぶ。

 「そこまで大声出さなくとも、私には聞こえとる。大丈夫じゃ」

 「ヴォルフ・アブラモフ・セラピス…あの大魔術師なのか」

 ジャクソンが弓をセラピスに向けた。

 「よせ!」

 間に合わなかった。矢は宙で止まると向きが変わり、元の何倍もの速さでジャクソンの胸を貫いた。セラピスほどの魔術師にとって、矢を打ち返すなど容易な事だ。

 「1人減ったが、生贄は十分だろう」

 場の空気が重くなり、誰も動けなくなった。周囲の人間だけではない村の人間全ての動きが一瞬で封じられた。

 「これからこの村の人間は、皇帝を殺す兵士と変わる」

 「なんだ、鎧が、腕が」

自警団員の何人かの体は、武器や鎧ごと煙のように消えてしまった。そして、訳も分からぬ内に、目の前に鎧を着た兵士が4人現れた。

「ヴォルフ先生、一体、何をしたのですか。この4人は先生の」

「弟子だよ。メギィ、お前と同じく儂の弟子だ。遠くで待機していたな。儂は転送魔法を完成させたのだ! 術者の周囲の人間を分解し、それを素材にし、遠くの別の人間の体を作りだす。そして、魂をその新しい体に埋め込む! そうする事で、ほら、この通り」

次々と村人が消えていき、消えたのと同じ数のヴォルフの弟子が転送されてくる。

「止めてくれ! お願いです、先生」

「うわああ、なぜだ。伯爵、なぜ私が、消える」

「魔力の多い人間は、この術に対抗できる。つまり魔力の少ない人間から消えていく。悪いが、そういう事だ」

 「なら術を止めろ!」

 「駄目だ。儂の弟子50人とヘリオガバルス陛下に忠誠を誓った戦士200人が転送されてくる。それには同じ数の生贄がいる。数合わせの為だけに、汝をこの計画に入れたのだ。なのに、お前の部下は逃げた。お前だけでも責任を全う」

 「ああ、もう消えてしまったか。メギィ、お前は大丈夫じゃ。儂の弟子の中でもまあまあ、お前は優秀だった」

 「止めてください。この村の人は良い人ばかりです」

 セラピスは、眉間に皺を寄せた。そして、弟子に言う。

 「優しい。お前は優しいから、仲間に入れなかった。だが、偶然にもこの村にお前はいた。腹を括れ。そして、仲間になれ。もうすぐ王がここへ逃げてくる。一緒に王の首を取り、共にヘリオガバルス様に仕えようではないか」

 メギィは特別優秀ではないが、忠実で、何でもそつなくこなせる便利な弟子。ここで失うには、惜しかった。

 「分かりました。王の首は私1人でも取ってみせます」

 「決心がついたか、メギィ。儂も弟子を失いたくない」

 「メギィ!」

 「裏切るのか!」

 「だから、だから、これ以上、この村の人を殺さないでください。お願いします! 王と刺し違えてでも、首級をあげてみせます!」

 「セラピス師匠、先ほどから転送されてくる味方がいません。7人で止まっています」

 セラピスは、転送魔法がうまく起動していない事に気づいた。

 「メギィ…お前という奴は…邪魔をするな!」

 セラピスは、メギィを蹴り飛ばす。動けないメギィは避ける事も、逃げる事もできなかった。

 「その未熟な破邪の魔法を今すぐやめろ! この大馬鹿者! 儂の計画を狂わせるな!」

 メギィは、不完全ながら破邪の魔法が使えた。自分とその周囲しか守れない未熟な破邪の魔法だが、メギィは自身の限界を無視して、魔法の効果をセラピスの周囲にまで及ぼす事に成功した。結果、転送魔法は止まった。だが、そんな無理は当然、長くは続かない。わずかな時間の些細な抵抗にしかならない。

 しかし、セラピス達にとって、そのわずかな時間が命取りになりかねない。

 「メギィを殺しましょう。このままじゃ、ネロがこの村に着いてしまいます。先生含めた我々、8人だけではネロを確実に仕留めるのは難しいでしょう」

 「ふむ」

 剣を抜いたセラピスに、もはや迷いはなかった。せめて一思いにと考えて止まった。

 いや、待てよ。メギィ1人に儂の転送魔法が妨害されるはずがない。もう1人いる。この村に少なくとも、転送魔法を妨害している者が1人以上は必ずいるはずだ。

 「隠れている。そいつを探せ!」

 セラピスの弟子達は、ポカンとしていた。思いついた事をそのままついつい口走るセラピスの悪い癖だった。

 「ええい、魔力の強そうな奴を探せ! そいつが転送魔法を妨害しているはずだ! 少しでも疑わしい者がいたら、首を刎ねてしまえ。急げ、一刻の猶予もない」

 7人でそれをやるのですかとは、セラピスが怖くて口に出せなかった。

 「探す必要なんてないよ。来てあげたよ、セラピス」

 「リーマ」

 「リーマ君…」

 古びた刀一振りを腰に差したリーマは、メギィの方を向き、目で合図をする。

 「小僧、大した魔法力だ。俺には分かるぞ。セラピス様並みの底力がある。でもな、セラピス様の魔法を防ぎながらでは、ろくに戦えまい。魔法使いだが、俺はそれなりの剣での戦闘術を学んできた」

 弟子の一人がレイピアを抜いた瞬間、セラピスら8人の魔法使いは、閃光と炎に包まれて、吹き飛ばされた。『ソルの暴虐』と呼ばれる光と熱の大爆発魔法だった。大型の魔物に近づかれた時に使う必殺の魔術だった。

 「僕のアイコンタクトに気づいてくれたのだね。さすがはメギィさん」

 メギィは、目が合うとすぐに破邪の魔法を停止させていた。リーマの魔法が弱まるからだ。

 「さすがなのはお前だよ。こんな魔法、使えたなんて父さん、知らなかったぞ」

 「ふふははっ、久しいの、久しいの、ダンガロア」

 「そうだ、この子はあのロア・ダンガロアの息子、リーマ・ダンガロアだ。今は俺の自慢の息子だけどな」

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