第8話 転生したロア、リーマ・ダンガロア

 セラピスは、リーマの攻撃に気づいて、転送魔術を瞬時に停止させた。その分の魔力で見えない魔力の鎧を作りだして攻撃を防いだのだ。他に無事だったのは、セラピスの高弟の1人エリーゼ・サムディ・ズンビだった。

 残りの弟子で生きているのは、レイピアを持ったまま、苦しそうに息をするアントンだけだった。アントンもまたセラピスの優秀な弟子であったが、ソルの暴虐を受けた時、リーマの目の前にいたせいで攻撃を防ぎきれなかったのだ。

 「セラピス先生、ロアがいるのですか」

 「そうだ」

 冷たい目で、セラピスは答えた。もはやアントンへの関心が薄れたようだった。

 「私の命と魔力を、先生に差し上げます。どうか使ってください。そして、生涯の宿敵に、ロアに勝って」

 セラピスの凍った心が溶け、一瞬、目が潤んだ。

 「分かった。お前はもう楽になれ」

 アントンの体が黒ずんだかと思うと、崩れていった。セラピスがアントンの命と魔力を吸い上げたのだ。白髪の老人が活力溢れる壮年へと若返っていく。

 「若さとは全く良いものだ。力が溢れ、活力が漲って来る」

 「セラピス、お前」

 リーマの記憶には、なぜか昔のセラピスの姿があった。今のセラピスと異なる禁術を忌まわしいものとして嫌う彼の姿だ。命を吸い上げる魔法をセラピスは一切、認めなかった。

 「ロア、さあ戦おう、私とお前は同じ陣営に属し、同じ国の為に戦ってきた。それ故にお前と俺は戦う事がとうとうなかった。やっとお前と俺は敵同士だ。この時代の最強はどちらか決めよう」

 「何言っている」

 「目の前にいるのは」

 「ロアじゃない、僕はリーマだ。リーマ・ダンガロアだ」

 セラピスは、口を開いて笑った。笑いはしばらく止まらなかった。

 「愚かな、お前はロアだ。ロア・ダンガロアだ。魔法は感性、生きていく中で欲する魔術を必要に応じて会得していく。その中でも才能があるものは、より多くの魔法を得る事ができる。無論、長い人生の中でだが。お前は明らかに子どもではない。リーマよ、お前はいくつの魔術を使えるのだ? 指では数えきれまい」

 「足の指を入れても、だいぶ足りないな」

 リーマは、動揺を隠そうとした。

 「おぬし、もしかして昔の記憶がないのではないか?」

 リーマの表情がこわばった。実際にその通りだった。リーマには拾われる前の記憶がない。言葉といくつもの魔術だけを覚えていた。

 「図星か、お前が生み出した魔術『生命の吸引』のせいだ。ロア、お前は、相手の生命と力を一瞬の内に奪う戦闘の切り札としてこの魔法を使っていた。だが、その魔術の真価は、そんなものではない」

 「若返りの事か、誰でも知っている事だ。あれは術の副作用。一時的な現象だ。げんに…」

 げんに? 使った事のないその魔法を使った時の感覚が記憶の中に確かに存在していた。

 「生命の吸引、その力は使い続ける事で真価を発揮する。体の構造が変化をし、怪我の回復が次第に早くなる。やがて傷ついた臓器さえ短時間で治るようになり、そして、最後には老化した肉体が子どもに返り、不死を得られる」

 「リーマ君、騙されるな! ただの時間稼ぎだ!」

 「半分正解だぞ、50点だ、メギィ! アントンの魔力と生命が今、全身に回った! 力が滾る! 漲る!」

青年へと戻ったセラピスは、ソルの暴虐を放った。同じ魔法を使ったのは、セラピスの仕返しだった。威力は、リーマと同レベル。しかし、状況が対等ではない。

 「父さん、メギィさん、みんなを連れて逃げて! 僕でも勝てるか分からない!」

 「破邪の魔法の派生技か、魔法だけでなく、爆風で飛ばされた小石程度なら防げるとみた。確かに通常の魔法では、アントンの魔力が上乗せされた私の攻撃は防ぎきれないだろう。だが、お前とて、何発も耐えられまい。ロアなら話は別だが、少年リーマよ」

 魔法で作った見えない障壁は、セラピスの攻撃を確かに防いだ。しかし、一撃で壁は崩壊していた。魔法は防御よりも、攻撃した側が有利だ。自分以外を守りながら、戦うとなれば、尚更だった。

 セラピスは剣を横に大きく振った。遠当ての魔法だ。遠くの敵を魔力で作った不可視の刃で斬る魔法で、剣を実際に使うわけではない。あくまで術者のイメージに武器が必要なのだ。リーマは、手を開いて突きだした。セラピスが剣なら、リーマは盾をイメージした。手の形をした盾は、リーマの目の前で不可視の剣とぶつかりあった。剣は盾にくいこんだが、リーマにまでは届かなかった。これもあくまでイメージだ。

 「記憶は失っても、強さまでは失ってはいないようだな。実に結構。次は、『ドラゴンの火遊び』。私のお気に入りの魔法だ」

 目の前に生じた火の玉に、セラピスは魔力を込めたブレスを吹きかけた。火の玉は、巨大な炎となり、セラピスの目に映る全ての物を焼き尽くそうとする。

 「この炎には、私の意思が乗り移っている。私が燃やしたいと思う物は何でも燃そうとする。望めば、この村全てを炎が包み、全てが灰となるであろう。でもまずはお前からだ」

 既に自警団員はバーナード含めて、全員が退避していた。無論、可能な限りの村人を連れてだ。

 リーマはこの状況に、さすがに冷静さを取り戻していた。そして、言った。

 「村に来た目的、暗殺、忘れていない?」

 「ネロなら、この村に…あっ」

 炎が広がる村にセラピスは我に返った。すでに数軒の家に火が燃え移り、煙を上げていた。村の外からでも見えるだろう。燃え盛る村に避難する者などいない。皇帝ネロは村に来ない。どこに逃げた?

 「若返りの副作用な。急速な若返りは、脳を異常にし、精神を異様な興奮状態に導く。そして、冷静な思考と判断を失わせる。だいぶ前から、セラピス…お前、おかしくなっていたぞ。ロアの場合は使いこなしていたから、影響が小さかった。やはりお前は、ロアに及ばない。だから、嫌いなロアの猿まねをしても勝てない」

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