第6話 嵐が来た! 皇帝暗殺!

 「今、戻ったぞ。お茶を、ぬるめのお茶をくれ。茶葉はそのままで良い」

 バーナードが汗だくになりながら帰ってきた。見るからに、くたくたになっていたが、声にだけは、それをまだ出さずにいられた。若い頃から修繕を繰り返して使ってきた甲冑は、生涯の友だとバーナードは思っていたが、その友に置いていかれた気分だった。

「はあ、うまい。もう一杯くれ。ところであいつはまだ戻らないのか」

「母さんなら、まだ戻ってきてないよ。立ち話でもしていると思う。王の行列は? もしかして、明日になったとか?」

「もう村を通りすぎたぞ。それもだいぶ前に。見事だったぜ」

「そんな気配しなかったけど」

バーナードは、ニヤニヤしながら上を指差した。

 「アルバート号ですか?」

 「あのでかいグリフォンは、アルバートって名前か。どうせなら、屋根にでも登ってみるべきだったな。あのでかいグリフォンに皇帝陛下と皇妃陛下が乗っていらして、その後をたくさんのヒッポグリフと飛竜に乗った騎士達が付いていく。圧巻だったな。あの空の行軍は…俺達の警護は必要なかったけどな」

 「そんな事ないよ、父さん達の凛々しい姿は皇帝もちゃんと空から見てくれていたと思う」

 リーマは、矢に打たれて、弱弱しく鳴くヒーヒーの顔を思いだした。まずあり得ない事だが、空の皇帝目掛けて、大砲を撃ちこむ謀反人が絶対にいないと限らない。

 「ありがとう、な。まあ、俺達、自警団はやる事はやった。ちょっと早いが晩酌をしませんか、メギィさん」

 「良いですね」

 「あの、今、バンバンって音鳴りませんでしたか? 鉄砲の音みたいな」

 「いや、リーマは聞こえたか?」

 「全然」

 「アンジェリカさんの空耳では?」

 リーマは、カップに残ったお茶が振動で揺れている事に気づいた。

 「あなた、大変! すぐに外に出て!」

 「また誰か喧嘩でもしているのか?」

 「森の方で鉄砲の音が、バンバンって、たくさん聞こえてくるの!」

 「なんだと!」

 リーマ達が外に出た瞬間、森の奥で青い雷光の輝きが見えた。自然発生のクラスの雷を魔法で再現できるのは、雷神トールの血を引く者でもかなり限られていた。

 「まさかマリー様までが戦っているのか!」


 国内有数の雷使いを生み出してきた大貴族ライニンゲン家。その直系の血を引いているマリー子爵は、生まれついての人間兵器だった。

 「もう耳も見えません。まだ撃ち続けないといけませんか!」

 マリーは目を瞑ったまま、敵がいる方角に雷を起こしていた。「怖いなら、いっそ目を瞑って撃て、何もしないよりはマシだ」。父から聞いた言葉を思い出しての行動だ。敵からすれば、全方位から一斉に雷が発生する異常事態が起きていた。それも顔よりも少し高い位置から発生している。強力なプラズマエネルギーは恐怖でしかない。こんな無茶苦茶なエネルギーの放出は普通はやらないし、できない。魔力を無駄に消耗し、味方にも犠牲が出るからだ。何よりも、長くは続かない。

 だから、コントロールができないマリーを補う為に近衛兵所属の魔術師が破邪の魔法で自陣の周りに見えない壁を作り、味方に被害が出ないようにしていた。破邪の魔法とは、魔法使いの体力と魔力を大きく消耗させる代わりに、ほとんどの魔法を遮る事ができる防護の魔法だ。

 こんな滅茶苦茶な戦い方をしているのは、マリーが一切の戦闘訓練を受けていないからである。

国の為に前線で戦い続けるライニンゲン家は、一族が戦争で絶えないように戦線に出ない者を男女1人ずつ選んでいた。その一人こそがマリーだったのだ。

「アルバートはまだ飛べないのか! 多少無理させても、余が許す」

「飛べなくはないですが、今度、こんな物が刺さったら、確実に墜落します」

 宮廷医師は、アルバートから引き抜いた鉄杭を皇帝ネロに見せて言った。


遡る事、半刻前。

 レフトハンドの兄弟決闘があった森の奥では、皇帝と皇妃による献花が行われる予定であった。当日まで付近の村人にも知らされず、ごく短い時間の滞在で終わるはずだったこの弔いは、轟音によって破壊された。

 森の中に隠れていた謀反人達が「抱え大筒」を一斉に発射したのだった。狙いはアルバート号に騎乗する皇帝と皇妃だった。10発の砲弾は、護衛の騎士とアルバートに一発ずつ命中した。砲弾は騎士の命を奪い、アルバートの鎧を貫通させた。苦悶の鳴き声をあげながらも、ゆっくりと着地したアルバートは、皇帝と皇妃が自分から降りた後、敵に威嚇の咆哮を浴びせ、倒れてしまった。

 近衛兵が王の周りを囲い込むよりも前に、敵の白兵部隊が突撃していたが、これを撃退したのが、先に待機していたマリーとその付き人達だった。マリーの味方を巻き込みかねない滅茶苦茶な軌道の雷は、鋼鉄の鎧では防ぎようがなく、敵の第一陣を文字通りの意味で全滅させてしまった。


「マリー様、御下がりください。敵も破邪の呪文で守りに入りました。これ以上の魔法攻撃は意味を成しません」

 自分の雷鳴で耳が聞こえなくなったマリーは言葉の意味が分からない。マリーの付き人が強引にマリーを背負って、退却させた。雷使いが自分の雷鳴で耳をやられてしまうのは、よくある事だった。

 戦いは次のフェーズに入っていた。互いが破邪の呪文で陣地を守る、この膠着を打破するには、相手側の破邪の魔法使いを倒すしかない。そして、破邪の魔法は、魔術以外の攻撃を防げない。遠距離なら弓兵と銃兵の打ち合い戦、近距離なら騎兵と歩兵の突撃戦となる。

 ヴァン、ヴァンと銃を連射するのは、みな近衛兵ばかりだ。皇帝ネロは、皇太子の頃から軍事に詳しく、はるか東方で生まれた銃火器を研究させていた。近衛兵の持つ銃は、最新式の2連式カービン銃か6連式のリボルバーだった。

 それに対して、反乱兵は、弓と旧式火器がほとんどであり、最初の一撃でネロ帝を仕留められなかった事は致命的だった。刃を通さない名工の鎧も盾も銃弾を弾いてはくれない。

だが、武器の差を簡単に覆す天才がいた。

 「我は、真の皇帝ヘリオガバルス陛下にお仕えする騎士、ウィリアム・エルフなり!」

  ウィリアム・エルフは森の精霊の血を引く騎士で人外クラスの弓の達人だった。ウィリアムの矢は銃などよりもはるかに速く正確なのだ。まるで一度に2本の矢を放つかのような妙技によって、既に10名の近衛兵と飛竜一頭が命を奪われていた。それも頭と胸に1本ずつ打ちこまれており、確実に敵を殺す為の必殺の弓術といえた。

今回の巡行にネロは、それほど多くの人数を連れてこなかった。近衛兵も2個小隊分のわずか100名だった。つまり、ウィリアム1人で10人に1人が殺されたのだ。

しかも、反乱軍は倒木を遮蔽物にする事で優位な陣形で包囲できていた。この倒木は、ロア・ダンガロアの魔術によって倒された木々の残りで、一部がモニュメントとして保存されていたのだった。

 「臆病なネロ帝が逃げるぞ! 馬車で逃げる気だ! 暗君ネロを倒せ!」

 ウィリアムが叫ぶと、いつでも撃てるように準備されていた大筒が馬車に向けられた。轟音が鳴り響く。

 「ヘリオガバルス陛下万歳!」

 大筒から発射された鉄の砲弾は、馬車に命中するかと思われた。

 だが、弾き飛ばされた。メイスで弾かれたのだ。弾かれた砲弾は倒木に隠れていた反乱兵に命中して、首から上を潰した。

 「ウインドウ・アテナイ隊長、助かったぞ。いざとなれば、アルバートを突撃させて、君達も逃げて来い」

 「あり難きお言葉ですが、敵も大勢ではないようです。必ずや殲滅させてご覧になります」

 「妃と共に、村の外れで戦果を待っておるぞ」

 護衛に囲まれた馬車は、村へと向かう道を駈けていく。反乱側とすれば、皇帝の脱出は敗北を意味している。白兵部隊が再度、突撃を仕掛ける。だが銃弾のえじきとなり、バタバタと倒れていき、刃が皇帝に届く事はなかった。その上、反乱軍の包囲は既に破られつつあり、逆に近衛兵に斬りこまれる有様だった。森の中へじりじりと後退していく反乱軍に皇帝を追う予備戦力は一切なかった。

 遮蔽物として、積み上げられた倒木は、ヒッポグリフの体当たりで崩れ落ち、不運にも破邪の魔法使いが下敷きとなって命を落とした。それは魔法攻撃から身を守る障壁がなくなった事を意味する。

 そして、頼りのウィリアムは、仲間を殺されて怒り狂う飛竜の炎のブレスで半身を焼かれ、動けなくなったところを銃で何度も撃たれ、首を刎ねられた。

 森の中から、ドォン、ドォンと銅鑼を叩く音が聞こえてきた。反乱軍の撤退の合図だった。破邪の魔法使いは、貴重な戦力だ。それが失われた今、彼らは敗北を受け入れたのだ。

 だが、近衛兵に敵を逃がす気はさらさらない。熱で相手を焼く魔法『光の矢』を森の中へ放つ近衛部隊の魔法兵達は、敵の悲鳴が聞こえる方角へ更なる追撃を加える。直後に、血気盛んな若い近衛兵達が抜刀して森へ入っていく。敵を討ち取り、あるいは捕虜にして手柄を上げるためだ。

 我々は勝ち過ぎている、何かがおかしい。ウィンドウ近衛隊長が一抹の不安を感じた瞬間、森の中から閃光が起こり、悲鳴を残して、森に入っていった近衛兵が消滅した。

 反乱軍の中にいた魔術師達の最後の抵抗だった。しんがりを務める魔術師の仕事は、敵の攻撃を防ぐ事ではない。高威力の魔法で敵兵を攻撃して、吹き飛ばす事だった。敵の勢いを止めて、味方が逃げる時間を稼ぐのだ。煙で視界が塞がれている内に魔術師達も撤退を開始した。それも逃げる際には、地雷を投げ捨てていくのだ。余りに見事な撤退を見せられた事で近衛兵達は追撃をやめた。彼らの役目は、あくまで皇帝の護衛。伏兵や罠が待っているかもしれない中での更なる追撃は職務放棄に等しかった。

 近衛兵の生き残りは70名。その内、11名が馬車に乗る皇帝に付き従っていた。


 魔術師達は、足に護符を貼っていた。ヘルメスの護符といい、この護符があれば、短い間だが、馬と同じ速度で走る事ができた。

 「我々は負けた」

 「我々は負けた。だが、真の忠誠心を持つ者があの村に潜んでいる。だからまだ負けていない。我々の忠節が報われる事をただ今は祈ろう」


 

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