不詳事

ヒデころ

めでたしめでたし

「わかりません」

「わからない⁉ わからないだと!」

 中年の男は少ない髪を振り乱して声を荒げる。

「ええ、何も。出所もさっぱり――」

「役立たずが! 何のためにお前を雇っていると思ってるんだ!」

「はあ、そう言われましても」

 怒鳴られながらも涼しい顔をしている女のスーツには金色に輝く『炎上対策アドバイザー』の役職が名前と共に光っている。その文字を指差し、

「その肩書は飾りか? お前の助言に従った結果が今だ。どう責任を取るつもりだ!」

 机に拳を振り下ろしながらもはや絶叫に近い怒号を発する男に、彼女は臆せずラップトップの画面を見せた。

「とにかく釈明は早い方が良いでしょう」

 画面に映るSNSの会社公式アカウントには多数の批判と非難と誹謗中傷が押し寄せている。

「はぁー……、それで、一体何が問題視されているんだ?」

「わかりません」

「はぁ……⁉」

「ええ、ですから何もわからないんですよ。誰が、何を、何故、問題だと言いだしたのか」

「そんなことが、そんなこと、そんな馬鹿なことがあるものか!」

 男は倒れるように後ろに一歩下がる。そのままふらりと壁に寄り掛かった。

「残念ですが、私にはこれ以上お役に立てません。申し訳ありませんが今日限りで」

 アドバイザーはラップトップを机に戻し、ネームプレートをゆっくりと外してその隣に置く。

「待て、おい、待て……逃げ、逃げるのか、おい……」

 男の唇は青くなっている。一方の女は変わらず涼しい顔をしたまま部屋を出る。

 背後で扉が閉まる直前、高い金を払ったんだぞ、と呟く声が耳に届く。彼女はそれを無視し、小さく笑った。

「大声で怒鳴り威嚇する。パワハラ、ですねぇ。これも呟いておきましょうか」

 私用のスマートフォンを取り出してタップしながら、ネームプレートがあった辺りを指で探り、これからの事を考える。

 『炎上』を恐れ、避けたがる人はどこにでもいる。『炎上対策』を掲げてさえいれば、金を出す組織はいくらでもある。今はそういう時代だ。

 つまり、一度や二度の失敗で『アドバイザー』の権威は失墜しない。

 どうせ、一つや二つの会社が社会的に抹殺されたところで雇い主は無くならない。

 それに、一回や二回、自作自演で儲けても、誰も気付きやしない。

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