Episode 103「波紋」

 1分と経たず、運営さんから連絡が来た。

 内容を要約するとこう。

 ゲーム上の都合です。

 

「ゲームっていうのはそういうものだよ。それにまだ、ちゃんとしたアップデートだって少ないしね」

「まあそうですよね」


 仕方ないと諦めることにした。

 池からマグロが出たからなんだ、って話だしね。

 リアル世界でそんなことが起こったら、生態系がどうのこうのと言って、大問題にはなるかもしれないけど。

 この世界はゲームであって、リアルとは違う。

 何か問題があるわけじゃないんだから良いよね、って割り切ることにした。

 龍が出るよりかはマシだよ、うん。


 っと、そんなことを考えていたら、いつの間にか糸が引いてた。


 力任せに引っ張ってみる。

 すると、簡単に魚が釣れた。今回は、メタリックな鱗が目立つ掌サイズの魚。

 大きさの割に、結構重い。

 こういう場合、STRが低いと苦戦しそうなところだけど、そんなことはないらしい。

 ジニさん曰く、ステータスによって釣りの技量の変化に差があるらしい。


 例えば、DEXは高ければ高いほど獲物を釣りやすくなる。

 そしてSTRも釣りに作用されるのだとか。

 けれどDEXとSTR、どっちの方が釣りに役立つかと言うと、当然DEXになる。

 だからSTRが低くても、DEXが高ければ何も問題は無いということだね。

 

 ちなみに、VIT、INT、AGIの三つは、釣りにはなんの関係も無い。

 RESはSTRの次に釣りに影響がある。

 LUKは、釣りという行為自体に影響は無い。だけどその結果で得られる魚のレア度が高くなりやすい。


 簡単にまとめると、釣りを成功させたければDEX、もしくはSTRを上げる。RESも一応効果はあるけどあんまり高くはない。

 そして、レアな報酬を釣りたい場合はLUKを上げる。

 後は、釣り糸を垂らして獲物が掛かってくるのを待ち、掛かったタイミングで引き上げるだけの簡単な作業。


 そう、これはもはや作業の域だと思う。

 正直に言ってしまえば、私はもうちょっと苦労したかった。

 木々の間から聞こえてくる小鳥の囀りを聴きながら、数分に一度くらいの頻度で餌に掛かる魚を、竿を上下左右させながら釣り上げる。

 釣りはそういうものだと思ってたのに。


 実際は、


 釣り糸を垂らす。

 小鳥の囀りなんて聴く暇も無く、数十秒から1分程度で獲物が掛かる。

 竿を思いっきり引けば獲物が釣れる。


 なんだろう。これじゃない感。

 釣りは待つ時間を楽しむもの、ってよく聞くけど、あれは間違いだったのかな。待つ時間すら無いんだけど。


 なんてガッカリしながら釣り上げること数匹。

 この作業感のおかげで逆に落ち着いてきたせいもあって、もう諦めることにした。


 そんな時、池の中心から、ゆっくりと波紋が流れてきた。







 最初は小さかった波紋が、徐々に、ゆっくりと大きくなっているのがわかる。

 これは間違いなく、風の影響とかじゃない。

 池の中心から、何かが浮かび上がろうとしている。そう直感した。


 最初、私はジニさんを疑った。この池には何かが出る的なことをジニさんは黙ってたんだと。

 でも、多分違うと思う。

 文句を言おうとしてジニさんの顔を見ると、彼女は不思議がって池の中心を眺めていたから。

 その時の表情は、演技とは思えなかったし。

 それに、その直後、ジニさんが「ねえツユちゃん、あれって何かわかる?」と質問までしてきた。

 いつものジニさんなら、ニヤニヤしながらすっ呆けているところを、だよ?


 それで察した。あれは、ジニさんも知らないイベントか何かなんだと。

 それを理解した時には、嫌な予感しかしなかった。


 

 波紋の中心が、徐々に私たちの方へと近づいてくる。

 めっちゃ怖い。

 妹の映画鑑賞に付き合わされた時、確かこんなシーンがいくつかあった気がする。

 あれはなんの映画だったかな。確か……サメ、そうサメ。

 サメのヒレが徐々に徐々にと近づいてくるシーン、あれに似ている。

 ヒレは無いけど。

 

 すると、その波紋の中心から、金色に光る何かが水面から顔を出した。

 ヒレでもマグロでもない。

 糸のような何かが束なっている……あれは……髪の毛?

 そう疑問を抱いた次の瞬間、それは文字通り顔を出した。

 比喩とか表現とか、そういうのではなくて。文字通りの、顔だった。それも、人の顔。


 白く綺麗な肌、金色の透き通った瞳、腰まである金色の艶やかな髪。

 どこか神々しささえある白い布を纏った女性。

 そこまで目視で確認しても、理解するには暫くの時間が必要だった。


 そしてやっとのことで理解が追い付いた私は、それでも驚きを隠せずにいた。

 それは隣いたジニさんも同じことで、私たちはずっと呆けていたと思う。


 その原因となった女性が、私たちを訝し気に一瞥した後「はぁ……やっぱり若者が真似しに来ちゃったじゃないですか」と呟いたことによって、私たち二人は意識を取り戻して、尚も近づいて来る女性に背を向け、全速力で逃げ出すのだった。

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