Episode 86「逃走」
敵が動き出す前に動かないと。
そう思った私の体は、とても軽かった。
時間にして数十秒、その間、敵がずっと動かなかったのが不思議なくらいではあるんだけど、私にとっては都合が良いので、とりあえず今は考えない。
断じて、心が傷付いてなんかいない。
私ってそんなにおかしいかなぁ?なんて思ったりは……してない。
まず、『麻痺咆哮』で敵の動きを止める。
そろそろハッと意識を取り戻したプレイヤーが何人かいたから、慌てて発動。
使用すると、なんか、竜の私の声帯が勝手に甲高い音を発生させて、途端に敵の動きを制止させる。
それがリアルすぎたせいか、現実では普通の人間である私がそんな奇声を出したことに、少しの羞恥心があった。
このスキル、人型の時に使いたくはないなぁ……。
『麻痺咆哮』で敵全体の動きを止めたら、今度はすかさず『腐敗ブレス』を敵全体に放つ。
口から、紫と黒が混じった液体が、勢い良く、動けないプレイヤーたちを押しのけ倒す。
素の威力も高いおかげで、腐食や毒といった状態異常に頼らずとも敵プレイヤーは徐々に消滅していく。
口からブレスを大量に出しているせいか、嘔吐してる感が半端ないけど……今は気にすまい。
ブレスで、狙うは幹部(?)クラス。
村人がいる辺りを集中的に攻撃する。
流石に、自分たちが攻撃されたとなれば、敵の意識が覚醒するのも遅くはなかった。
けれど、咆哮のおかげで敵は少しの間、動けない。
――さあ、動けるのが先か、ブレスで倒すのが先か!
◇
なんて調子に乗ったところ、ブレス攻撃を始めてたった30秒ほどで、敵が全滅した。
いや、寧ろ30秒も耐えたってことは、凄いのでは?
それに、敵全体に攻撃したわけじゃないのに全滅した。ということは、集中攻撃していたあの辺りに、『暁戦線』のギルドリーダーがいたということになる。おそらくはあの男の人だろう。
ギルドリーダーを倒して、『暁戦線』がゲームオーバーになりイベントから退場したという事だと思う。
まあギルドリーダーなら、あのブレスに30秒間も耐えたのには納得がいく。
そりゃ強いよね。
とは言え、最終的には私が勝った。ってことで良いんだよね?
しかし、『暁戦線』は割とあっさり倒せたものの、危機は去っていない。
爆発音やら奇声やら、騒ぎを聞きつけた周辺のギルドが、これも騒ぎを起こしながら、その音が徐々に近づいて来ている。
更にその騒ぎを頼りに、別の方向からも喧騒が。
ま、全滅させるだけなら簡単かもしれないけど。
今回みたいに、ちょっとした油断が命取りなったりする。それを私は思い知った。
思えば、最近は調子に乗り過ぎてたかもしれない。
最初の頃は自覚が無かったけど、少しずつ、イベントやランキングの上位の意味がわかってきて、レアな装備、レアなアイテム、レアなスキルも揃ってきて。
強いとか、レアとか、そういうものの基準を、私は段々と理解しつつあった。
もちろん、まだ理解不足なところが多いのは自分でも認めざるを得ないけど。
それで調子に乗って油断した結果が今回の一件。
この短時間で、その事実が重々と理解できる。
目的も、目標も、やる気もある。
だけど、それらが増していくたびに私は気を抜いていたのかもしれない。
油断大敵とはまさにこのこと。
私はこれを胸に、また一歩成長する。
いやまあ、たかがゲームなんだけど。
されどゲーム。
ゲームに本気になれない奴は、人生にも本気になれない。
っていうのはミカが言ってたんだけど、今まさに、その意味がわかった気がする。
だから私は、とりあえず逃げる。
進化した影響か、いつの間にか長くなっていた尻尾で、未だに放心状態のクロたちを引き寄せて、背中に乗せる。
あーでも、背中に全員が乗らないや……。
えっと、とりあえず動かないクロは指輪に戻して。
先ほど同様、フレアさんとスノウちゃんは背中に乗ってもらうでしょ?
すると残るは、レイミー、ミカ、ミズキ、ヘッドさん。
今の大きくなった背中は、六人が限界。
一応、頑張れば全員乗る。
だけど、この半ば意識が無い状態で全員を乗せて落ちられても困る。
どうするか。そう考えたところで、良いことを思いついた。
背中がダメだら尻尾だ!
尻尾を巻き付ければ落っこちることは無い。多分。
さて、問題は他にある。
誰を尻尾で巻くか……!
後で文句を言われても敵わないから、一応スノウちゃん、フレアさん、ヘッドさんには背中。
残り三人は……うん、誰が尻尾でも、結局文句言いそうな感じがするけど……。
時間も無いから誰でもいいや。
じゃあ、レイミーで。
レイミー、ごめん。
暫くの間、辛抱して。
そうと決まったら、翼を羽ばたかせて空に浮く。
ポイント集めも考慮して、去り際に辺り一帯にブレスを砲火。
案外、威力が高かったことを確認してから、来た道の(道じゃなくて空?)の逆方向に向かって、私たちは進んだ。
そして、あっという間に、第二回イベントは終了した。
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