Episode 86「逃走」

 敵が動き出す前に動かないと。

 そう思った私の体は、とても軽かった。


 時間にして数十秒、その間、敵がずっと動かなかったのが不思議なくらいではあるんだけど、私にとっては都合が良いので、とりあえず今は考えない。

 断じて、心が傷付いてなんかいない。

 私ってそんなにおかしいかなぁ?なんて思ったりは……してない。

 


 まず、『麻痺咆哮』で敵の動きを止める。

 そろそろハッと意識を取り戻したプレイヤーが何人かいたから、慌てて発動。

 使用すると、なんか、竜の私の声帯が勝手に甲高い音を発生させて、途端に敵の動きを制止させる。


 それがリアルすぎたせいか、現実では普通の人間である私がそんな奇声を出したことに、少しの羞恥心があった。

 このスキル、人型の時に使いたくはないなぁ……。


 『麻痺咆哮』で敵全体の動きを止めたら、今度はすかさず『腐敗ブレス』を敵全体に放つ。

 口から、紫と黒が混じった液体が、勢い良く、動けないプレイヤーたちを押しのけ倒す。

 素の威力も高いおかげで、腐食や毒といった状態異常に頼らずとも敵プレイヤーは徐々に消滅していく。


 口からブレスを大量に出しているせいか、嘔吐してる感が半端ないけど……今は気にすまい。

 ブレスで、狙うは幹部(?)クラス。

 村人がいる辺りを集中的に攻撃する。

 流石に、自分たちが攻撃されたとなれば、敵の意識が覚醒するのも遅くはなかった。

 けれど、咆哮のおかげで敵は少しの間、動けない。


 ――さあ、動けるのが先か、ブレスで倒すのが先か!







 なんて調子に乗ったところ、ブレス攻撃を始めてたった30秒ほどで、敵が全滅した。

 いや、寧ろ30秒も耐えたってことは、凄いのでは?


 それに、敵全体に攻撃したわけじゃないのに全滅した。ということは、集中攻撃していたあの辺りに、『暁戦線』のギルドリーダーがいたということになる。おそらくはあの男の人だろう。

 ギルドリーダーを倒して、『暁戦線』がゲームオーバーになりイベントから退場したという事だと思う。

 まあギルドリーダーなら、あのブレスに30秒間も耐えたのには納得がいく。

 そりゃ強いよね。


 とは言え、最終的には私が勝った。ってことで良いんだよね?

 しかし、『暁戦線』は割とあっさり倒せたものの、危機は去っていない。

 

 爆発音やら奇声やら、騒ぎを聞きつけた周辺のギルドが、これも騒ぎを起こしながら、その音が徐々に近づいて来ている。

 更にその騒ぎを頼りに、別の方向からも喧騒が。

 

 ま、全滅させるだけなら簡単かもしれないけど。

 今回みたいに、ちょっとした油断が命取りなったりする。それを私は思い知った。

 

 思えば、最近は調子に乗り過ぎてたかもしれない。

 最初の頃は自覚が無かったけど、少しずつ、イベントやランキングの上位の意味がわかってきて、レアな装備、レアなアイテム、レアなスキルも揃ってきて。

 強いとか、レアとか、そういうものの基準を、私は段々と理解しつつあった。

 もちろん、まだ理解不足なところが多いのは自分でも認めざるを得ないけど。


 それで調子に乗って油断した結果が今回の一件。

 この短時間で、その事実が重々と理解できる。


 目的も、目標も、やる気もある。

 だけど、それらが増していくたびに私は気を抜いていたのかもしれない。

 油断大敵とはまさにこのこと。


 私はこれを胸に、また一歩成長する。

 いやまあ、たかがゲームなんだけど。


 されどゲーム。

 ゲームに本気になれない奴は、人生にも本気になれない。

 っていうのはミカが言ってたんだけど、今まさに、その意味がわかった気がする。

 だから私は、とりあえず逃げる。


 

 進化した影響か、いつの間にか長くなっていた尻尾で、未だに放心状態のクロたちを引き寄せて、背中に乗せる。

 あーでも、背中に全員が乗らないや……。

 えっと、とりあえず動かないクロは指輪に戻して。

 先ほど同様、フレアさんとスノウちゃんは背中に乗ってもらうでしょ?

 すると残るは、レイミー、ミカ、ミズキ、ヘッドさん。

 

 今の大きくなった背中は、六人が限界。

 一応、頑張れば全員乗る。

 だけど、この半ば意識が無い状態で全員を乗せて落ちられても困る。

 どうするか。そう考えたところで、良いことを思いついた。


 背中がダメだら尻尾だ!

 尻尾を巻き付ければ落っこちることは無い。多分。

 

 さて、問題は他にある。

 誰を尻尾で巻くか……!

 後で文句を言われても敵わないから、一応スノウちゃん、フレアさん、ヘッドさんには背中。

 残り三人は……うん、誰が尻尾でも、結局文句言いそうな感じがするけど……。


 時間も無いから誰でもいいや。

 じゃあ、レイミーで。

 

 レイミー、ごめん。

 暫くの間、辛抱して。


 そうと決まったら、翼を羽ばたかせて空に浮く。

 ポイント集めも考慮して、去り際に辺り一帯にブレスを砲火。

 案外、威力が高かったことを確認してから、来た道の(道じゃなくて空?)の逆方向に向かって、私たちは進んだ。



 そして、あっという間に、第二回イベントは終了した。

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