Episode 76「お礼」

「あの!」


 気づけば私は話し掛けていた。


 家には扉や窓は無く、ただ雨を防ぐためだけのような建物。

 中には、クローゼット、ベット、丸椅子以外何もなく、とても質素だった。

 そしてベットの上には苦しそうに眠る少年がいる。

 

 私が声を掛けたことによって、驚いた顔をするのは、今にも出掛けようとしていた男の人だ。


「誰だ君は! ここは俺の家だぞ!」


 まあ、当然そんな反応にはなるよね。

 家に扉が無いせいで、傍から見れば顔を覗かせるだけ不法侵入者に見えかねないもん。

 それに、これは赤の他人の私が勝手に首を突っ込んで良いことじゃないかもしれない。

 だけど。

 聞こえちゃったんだから仕方無いよね。


「えっと、その、助けましょうか?」

「何?」


 あ、良くない。良くないよ。

 緊張しちゃって少し上から目線になっちゃった。

 どうしよう、追い出される。でも放っておけないしなぁ……。

 『毒龍の心臓』のペンダントだけでも置いておく?

 

 そう、追い出されることを覚悟した私だったけど、男性からの返事は意外なものだった。


「治せるのか? ……あ、アレンを……助けれるのか?」

「え。あ、はい。そのつもりです……」


「そ、そうか! 礼ならいくらでもする! だから、だから……アレンの病を治してくれ!」


 自分で言うのもなんだけど、半不法侵入者にこんなに頼み込むって凄い。

 でも、それだけこの子、アレン君が危ない状況だということ。

 それなら私は、この人の願いを叶えてあげないと。



――『QUEST:親の愛情』――

・クリア条件:アレンの病を治せ

――――――――



 ん? これって、クエストってこと?

 もしかして『ラッキールーレット』の影響?

 もしそうなら、この男の子が病になったのって、私のせい?



 ……………………。



 いやいや、まだそうと決まったわけじゃないし。……ないよね?


 はい、受けます。クエスト受けます。

 最初から引き受けるつもりだったけど、これは絶対にクリアしないとダメなやつだ。


 『YES』を押す。

 ボタンを押した人差し指が震えていたのはきっと気のせい。


「ほ、本当か!? だ、だが、息子の病を治すには、ここから遠く離れた山の頂上に咲く花が必要で、しかもその山には――」

「ああ、大丈夫です。このペンダントで治りますから」


 『毒龍の心臓』を取り出す。

 これを付ければ病気なんて一瞬で消えることは、二層にある小さな村で実証済み。


「では、これを息子さんに」

「え? あ、ああ」


 あんまり信じていない様子の男性。

 だけど、藁にもすがりたい気持ちなのか、反論はせず素直にアレン君の首にかけた。

 すると―― 


「……お、とう……さん?」

「アレン!」


 苦しそうに、時々唸りながら眠っていたアレン君は、それが嘘のように平然と起き上がった。

 

「お父さん? なんで泣いてるの? そっちの人は誰?」

「この人は、お前の命の恩人なんだぞ」


 わー、なんか恥ずかしいー!

 

 ……でも、悪い気はしない、かな。







 そうして、アレン君のお父さん、アルノさんからのクエストはあっさりとクリアできた。

 のだけど。


「いいや! ちゃんと礼をさせてくれ! そうじゃないと俺の気が済まねえ!」

「いえいえ、本当に大丈夫ですので!」


 お礼。

 そりゃあまあ、私だって、もしも自分や身内の命を救ってくれた人がいたとしたら、いくらお礼したってしたりないくらいだよ。


 だけど。

 正直に言ってしまえば、この家族は貧困なんだよ?

 それなのにこの人、「全財産だ! 受け取ってくれ!」なんて言うんだよ?


 いやいやいや。それじゃあ今度は飢えちゃいますよ? って言ったら今度は、「それなら命で払う!」なんて言うし。

 気持ちはありがたいけど。

 これも正直に言って、アルノさんの命を貰ったところで、なんにも嬉しくない……。

 

「なら俺は何をすれば良いんだ……?」

「何もしなくて良いんですけど……」


 そんなやり取りを、クエストをクリアしてからずっとしていたから、ついにアレン君まで割って入ってきた。

 私にとってそれは、助け船だと思っていたんだけど。


「それなら、僕の宝物をあげるよ!」

「え、宝物……?」

「うん!」


 ある意味一番受け取りたくない物の類かもしれない。

 だって、宝物だよ? 子供の大切な宝物だよ? それ、私が貰っちゃったらダメなやつでしょ?

 だから思いとどまって!


 そんな願いも虚しく、アレン君はベッドの下から小さな木箱を取り出して、私の元に持ってくる。


「お父さんの代わりに、これ上げる!」

「これは?」

「開けてみて!」

「あ、うん」


 これはもう、受け取るしかなさそう……。

 受け取るのも苦だけど、受け取らずに返してしまうのはもっと苦しい。

 何せ、相手はまだ5、6歳くらい歳だし。

 

 だからもう仕方ないと思った私は、アレン君が言う通り。木箱の蓋を取って開けてみた。


「これは……地図?」


 古びた紙は地図のように情報が記されていて、右上には×と書かれている。

 右下には、『石に宿りし灯を消さんとすれば、道は開けれる』と書かれている。

 なんだろう……? 文からして、このバツ印がつけられた場所の、石に宿った灯り(?)を消せば良いらしいけど。


「これ、もしかして宝の地図……とか?」

「そうだよ! 古い本にね、挟まってたんだ!」


 ああ、やっぱりそうだったか。

 んーまあ、思い出が詰まってるっていうわけでも無さそうだしなぁ。


「これ、本当に貰っても良いの?」

「うん! 助けてくれたお礼だから!」


 ぐっ! ま、眩しい! そして可愛い!


 うぅ……こんな子供の厚意を、無下になんかできないよね。


「わかった。それじゃあ、この地図はお礼ってことで受け取っておくね」

「お姉さん、ありがとう! お宝見つけたら、僕にも教えてね!」

「うん、わかった」


 


 地図に記された場所にあるお宝。それを見つけたらアレン君に教えてあげる。そんな約束を交わして、私は気分良くログアウトした。

 情けは人の為ならずとはまさにこのことだね。

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