Episode 57「吸収進化」

 残りのスキルを確認しようとしたタイミングで、一通のメールが届いた。


 

――『お手数ですが』――

 たった今、ツユ様のデータからオブジェクトに関するバグが検出されました。

 お手数ですがご確認の上、ご報告願います。


《FLO公式》

――――――――



 あ、も、もしかして、もしかしなくても、やっちゃった?

 私がなんでこんなに慌てるのか。

 私、見ちゃったんだよ。見てはいけないものを。



――【ドラコ】――

・個体名「ドラコ」

――【STATUS】――

・Object

――――――――



 Object。


 おぶじぇくと。


 オブジェクト。


 今のメールって、この件だよね?

 私、もう察しちゃったよ。


 本当はただの人形でしかない『ドラコ人形』が、スキルの効果によって本物の『ドラコ』ちゃんになってしまった。

 そして、従魔が持つ感情がドラコちゃんにも生じる。その感情は何を元にして創られるのか。それは、イベントの直前と直後に現れた、あのドラコちゃんのデータに決まっている。

 それが何を意味するか。


 私の目の前で、クロや他の従魔とキャッキャウフフしているドラコちゃんは、イベント時のドラコちゃんと全くの同一な存在。と推測できる。

 でもそれは、クロやガゴにはなんの問題も無いこと。何故なら、彼らはそれに対応するシステムがきっとあるから。そうじゃなきゃ、そもそも実装されていないはずだし。


 反対に、ドラコちゃんはどうだろう。

 ドラコちゃんはマスコットキャラクター。

 運営側は多分、FLOに一体しかいない存在を前提として創り、感情を与えたはず。

 それが複数になった。


 バグ発生。

 運営激怒。

 私をBANする。


 まずい、まずいよ! 過去一番まずいよ! LRとかULを入手した時よりまずいよ!

 あ、違った。ULは表記ミス――ってそんなこと言ってる場合じゃないんだよね。


 どうしよう、なんて返事をしよう。


 バグが発生しました。それを素直に伝えたら、ドラコちゃんが消される可能性もあるよね。

 それはダメ。絶対にダメ。だって、もう感情があるんだもん。それを消すなんて言語道断。

 でも、伝えなかったら伝えなかったで、勝手に消しちゃいそうだし、急がないと。


 もういっそのこと、素直に言っちゃう? その上で、消さないでくださいってお願いする?


 そ、それだ! 流石に、感情のあるドラコちゃんを消したりはしないと思うし。

 万が一のことも考えて、文章はこんな感じに。



――『ごめんなさい』――

 ごめんなさい! 『ドラコ人形』に『ライフギフト』を使用したら、本物のドラコちゃんになりました。

 けど、消さないでください! 感情があるんです、消さないでください! かわいそうなので消さないでください!

 もし消したら、カジノを使ってカジノポイントと通貨を限界まで貯めます!

 それと、レアアイテムをプレイヤーに配ります!

 あと、『FLO宣伝大使のワッペン』も友達にあげちゃいます!

 なので、絶対に消さないでください!

――――――――

 


 ちょっと語彙を失ってる気もしなくもない。けど、流石にもう、消そうとする要素はどこにも無い。よね?

 まさか、押し付けられるように渡されたワッペンがこんなところで役に立つとは。

 ありがとうございます、社長!

 あれ? でも、渡す前にBANされたら意味が無い気が……。



 ……………………。



 せ、誠意を見せることこそが大事なんだよ。

 そ、それに、なんでかよくわからないけど、私がチートを使ってないことを、プレイヤーのほとんどは把握してるんだよね。

 勿論、それはありがたいし、そんな私を運営側が始末したら、完全に荒れるよ。多分。

 スノウちゃんに聞いたけど、今や私はトッププレイヤー? らしいし、それが運営の都合で消されてしまえば、間違いなく炎上します。いえ、炎上させます! と言っていた。

 あの時のスノウちゃんは怖かったなぁ。


 まあそういうことだから、よほどのことが無い限りは大丈夫だと。

 今回のドラコちゃんの件が、その『よほどなこと』に分類されていたら、もうおしまいだけど。


 さ、さて! 続きをするよ! 続きを!

 

 


 



――『吸収進化』――

・対象者のMP・SP300消費

――【EFFECT】――

・対象者は近くの地面の物質を吸収し、物質に適した進化を行う

・HPが0になるか『吸収進化解除』で吸収進化が解除される

――――――――



 進化ってなんだろう。

 蜥蜴とかげが恐竜に、猿が人間に、みたいなことなのかな?

 もし進化論に基づく進化のことを指すのだとしたら、私は何なるんだろう?

 猿から人間。人間から……巨人とか?

 羽が生えたり、水中活動ができたりするのかな?

 ……流石に無いよね。ゲームだし。それに、物質に適した進化って書いてあるし。


 考える前に使ってみよう。


「『吸収進化』!」


 唱えた瞬間、吸収のイメージ通り、私の体に吸い込まれるようにして、地面が分解する。

 私の体は、段々と石のようになっていき――


「ストップ、ストップ! 解除! 吸収進化解除! 吸収進化解除ぉっ!」


 ……あ、危なかった。


 私、もうすぐで石像みたいになるところだった……。

 ほ、本当に、本当に危なかった……!


「大丈夫ドラか?」

「あ、うん。大丈夫大丈夫」


 半石像の姿を見られてしまった。は、恥ずかしい。

 でも、ドラコちゃん、他人を気遣えられるなんて偉い! 偉い子! そして天使!

 そんなドラコちゃんを、運営に消されるわけにはいかない。なんとしてでも、私が守らないと。

 そのためには、帰ったら脅しの材料を見つけないとだね!


「今のスキル、ボクに使ってみるドラ!」

「え。『吸収進化』のこと?」

「そう! やってみるドラ!」

 

 ドラコちゃんは、スキルを自分に使えと言った。

 た、確かに、このスキルは他者にも使えるけど……私みたいになるかもしれないし。

 第一、


「このスキルはね、HPとMPを300を消費しちゃうの。だから危険で」


 危険とは言っても、ポーションがあるから命にはかかわらない。

 だけどそれは、HPとMPが301以上ある前提の話であって、HPが300の時に使うと死んじゃう恐れがあるし、300未満だとそもそも使えない。


「大丈夫! ボクを信じるドラ!」


 ドラコちゃんの場合、HPというものがそもそも存在しないから、何が起こるかわからないし……。

 で、でも、ボクを信じろなんて言われたら、そんなの断れないよ……。


「わ、わかった。けど、無理はしないでね?」

「わかったドラ!」

「じゃあ、いくよ? ――『吸収進化』!」


 今度はドラコちゃんを対象にしてスキルを唱える。

 すると、さっきと同じようにして、地面から少量ずつ石が分解し、流れるようにしてドラコちゃんの体に吸い込まれる。


 ひとまず、成功はしたみたい。


 無いはずのHPが0になった。なんて自体もなさそうで、とりあえず安堵する。

 第二の問題。それは、容姿。


 さて、どうなるか……。


 私と、いつの間にかクロとガゴ君とプラフィーも一緒になって見守る中、ドラコちゃんは石を吸収し続ける。

 その影響で、どんどんと皮膚に硬質感が現れて、メタルっぽくなってきてる。


「凄いドラ! カッコいいドラ!」


 やがて、吸収は止まる。どうやら終わったみたい。

 ドラコちゃんは石を吸収して進化した。その結果、赤色の鱗は光沢感を放っている。

 それはまあ、ちょっとカッコいいなと思うけど。

 問題は別にある。


 忘れていた。このスキルは『吸収進化』だということを。

 吸収はわかっていた。問題はもう一つの、進化にある。

 進化。

 体の小さいドラコちゃんがそれを行えば、当然、大きくなる。


 そう、大きくなった。

 しかも、クロを超えて、前に戦った『ブラックドラゴン』並に、大きくなっている。



 ……………………。

 


 愕然とする私を置いて、はしゃぐ四匹の従魔の姿がそこにはあった。






――【ドラコ】――

・個体名「鋼鉄竜・スチールレッドドラゴン」

――【STATUS】――

・Object

――――――――

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