Episode 39「戦争」
私だってバカじゃない。と思う。
バカだとしても、流石にスノウちゃんのこの提案を呑む気にはなれなかった。
「ポイントをカンストしましょう!」
カンスト……上限まで貯める、みたいな意味だったと思う。
そしてそれが何を意味するのか、理解するには暫くの時間が掛かった。
彼女は、システムの限界までポイントを貯めましょう、と言っているのだ。
カジノのポイントは、換金したり、アイテムを買ったりできる。
ポイントカンスト→換金→またカンスト。
こんなことをしてしまえば、ポイントどころか、お金だってカンストしてしまう。
それはまずい。本当にまずい! しゃれにならない!
加えて、私は押しに弱い。そんな性格もまずい。
それに、さっきまで騒いでいた人たちが何故か、「おい、カンストだってよ!」「これ、運営動かすんじゃね!?」「カンスト見てみてぇ~」とか言い出した。
こんな期待された状況で、私は最終的にNoと言えるのだろうか。
そもそも、Yesと言うまでは帰らせてくれなさそうだし。
いや、ひとつだけ方法がある!
帰宅システムでギルドハウスに帰る。
だけど、言い訳をどうするか……
「あー、ごめん、急用を思い出したから、また明日ねー……」
◇
我ながら完璧な作戦だったと思う。
自分でも感心しながら、スマホを確認する。
時刻は17時45分。
来週からは期末テスト期間に入るから、自主勉はやれと言われているけど、宿題は無い。だから、気楽に勉強でもしようと、学校の鞄から教科書やノートを取り出す。
最近はゲームの時間が増えたから、こういう空いた時間に勉強をしておきたい。
そうでもしないと、成績が下がっちゃそうだし。
いや、違うかなぁ。
最近は本当に、以前と比較して忙しくなったと思う。主にゲームで。
だから、急に暇になるのが怖いんだと思う。
私は、心にぽっかりと穴が空いたような、そんなからっぽな感情になるのが怖い。
だから、この前まではバイトや勉強ばっかしていたし、今も、大して変わっていない。
それでもマシにはなったのかな? そんな気がする。
◇
晩御飯、お風呂、自主勉を終えた21時。
今日は精神的に大分疲れたから、ぐっすり眠れそうと思っていると、こんな時間に珍しく、美月から電話が掛かってきた。
絶対、なんで逃げたの? 的なことを問い詰められるんだろうなぁと予想して、私は無視した。だって怖いんだもん。
コールは長かった気がするけど、ベッドに横になってすぐにうとうとしだした私は、気にせず眠りについた。
◇ ◇ ◇
土曜の朝9時。
とっくに朝食を終えて、勉強をし始めたタイミングで、引き出しの中からスマホの着信音が鳴るのが聞こえる。
スマホを取り出して電話に出ると、相手は慌てた様子の美月だった。
「大変なの! 早く! 早くギルドハウスに来て!」
そんなのが第一声だったから、私は慌ててヘルメット型のVR装置を被り、ゲームを起動させた。
◇
私ってこの頃、こんな呼び出しばっかされてるなぁとか思いつつ、ギルドハウスの二階にある私の部屋で目覚めて、急いで部屋を出る。
「どうしたの!?」
「あら、ツユちゃん。おはよう」
「お、来たか」
「ツユ、急に呼び出してごめん」
テーブルに座っているのは、フレアさん、ヘッドさん、ミズキの三人。そこに私も同席する。
「おはようございます。えっと、それで?」
「まずは簡単に状況を説明するね」
ミズキが切り出し、説明してくれた内容は、あまりにも理解しがたいものだった。
一昨日、私がアリスさんのスコアを超え、そのせいでアリスさんが配信中に泣き、私は一部のアリスさんファンから叩かれる。
そして、追い打ちをかけるようにして昨日、私は四倍のスコアを更新。
それを知ったアリスさん、また泣く。
今度は、アリスさんファンのほとんどが、やりすぎだ、と私を叩く。
しかし昨日のカジノの一件で、ツユ様は無実とか言い出すグループが出てきてしまった。
そして、私を庇うグループと、私を非難するグループの対立。
ここまででも、私が非常にまずい立場に立たされているのは明白。
なのだけど。
問題はここから。
その対立するグループは、戦争を始めたのだ。
具体的には何をしているのかと恐る恐る訊けば、なんと一層の草原で、戦い合ってると言われた。
そう、文字通りの戦争だ。
そして私は、PK集団に狙われかねないという始末。
私は不死身だけど、それでも毒は微量ながら受けてしまうし、装備を破壊されれば完全に命は無い。
わざわざそこまでの対策を練ってくるプレイヤーが多いとは思えないけど、流石に敵の数が多すぎる。
え、どれくらい?
庇ってくれてるグループが約5千程。
非難グループが1万5千程。
それを聞かされ、完全に今の状況を理解してしまった私は、あまりのショックの大きさに気を失ってしまった。
◇ ◇ ◇
「まずい、まずいまずい、まず過ぎるわ!」
自宅で一人、ことの重大さに気付き青ざめるのは、アリス・レイナ、本名、
怜奈は、昨日の深夜から今日の朝方まで配信していた動画を、ついさっき起床してすぐ、自身のパソコンで見返している。
そこには、酔った勢いで、いい大人が泣きわめく、二次元少女の姿が映っていた。
そしてその泣き言には、『ツユって誰えぇぇえ~! 私のお金を返してえぇぇえ~!』等、イベント1位の実力を誇る上級者プレイヤーのツユを非難している叫び声が度々混じっていた。
そしてSNSを確認すると、世界トレンド1位には『アリツユ戦争』の文字。
内容も、文字通りの戦争だった。
それを起こしてしまった原因である怜奈が青ざめるのも当然と言える。
そこで対策を考える。
ツユに対して謝罪、もしくは謝罪動画を投稿する。
Vtubarの引退。これは、謝罪に関係無く、怜奈が所属するVtubar会社からこの決断が下される可能性だって低くはない。
当然、怜奈はVtubarをまだ諦めたくない。
それにこの手段を実行してしまえば、間違いなく、「アリスが謝罪するのはおかしい」「アリスが引退したのはツユのせいだ」という、ツユに対する非難が多くなってしまう。
その反対層だって騒ぐだろう。
「ツユは何も悪くない」「配信で他名を出す方がマナー違反だ」という弁護。
実際、その通りであって、ツユは何もしていない。
ただゲームをしていただけ。チート使用の可能性だってあり得ないと結論付けられていた。
それを、非難側が一方的に責めてしまえば、怜奈は完全に悪者である。
あらゆる可能性を考えた結果、怜奈はひとつの行動に出た。
怜奈は未だ青ざめた顔色で、VR機械を被り、ゲームをプレイした。
それは配信モードで。
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