第7話 アレスが悪い魔族なわけないだろ!

 アタシとアレスは街道を進んでいた。途中、すれ違った旅人からターラというそこそこ大きな街が、徒歩2日程の距離にあるということを聞いた。


 もうここは人間の領域だった。


 もちろん魔物がいないということはないが、魔王がカナン王国を相手に戦争でもおっぱじめない限り、魔王軍がここまで来るようなことはない。少なくとも途中、王国の大きな砦を2つ攻略しなければならないはずだ。


 街道を行く旅人や馬車はのんびりとしたものだった。街に入る前に、アタシはこうした連中に【探知】スキルで採集したものを安く売って、少しお金を稼ぐことにした。


 【探知】というのは本当に便利なスキルだ。ちょっと森の中へ入れば、そこそこ値がつく薬草やキノコ、鉱石なんかが簡単に見つけられる。

 

 もしこのスキルが無かければ、以前のアタシなら身体を売ってたかもしれない。


 もうそんなことしないけど。


 人間としてとことん壊れていたつもりのアタシだったけど、アレスにはアタシのそんな姿を見られたくない。そんな甘っちょろい何かがアタシの中に芽生えてしまっていた。


 そんなものは、生き残るために邪魔なものでしかないってことはよくわかってる。でも一度それに気づいてしまったら、もう手放したくないものになってた。


 とりあえず幸いなことに、今の私には【探知】スキルがあるし、アレスだっている。


「シズカ! ここにもマウンテンベリーが! 一杯あるよ!」

 

 アタシが指さした方向にアレスが駆けて行き、目的のものを見つけて大喜びしていた。


 手のひらに一杯のマウンテンベリーを乗せて最高の笑顔を見せるアレスを見て、アタシの心はカチンとあるべきところに収まった。

 

 この子の笑顔を守りたい。


 アレスの顔を曇らせるなんて絶対に嫌だ。


 アタシは自分の心の深いところで、何かの覚悟が決まったのを感じていた。


「えらいえらい!」

 

 アタシが頭を撫でるとアレスは目を細めて笑った。尻尾をブンブン振って喜んでいるのが目に見えるようだった。尻尾ないけど。




~ 数日後の夜 ~


「お金もそこそこ手に入ったし、明日は街に入ろっか」


 焚火を前にして座っているアレスを後ろから抱きかかえるようにして、アタシは座っている。


 ふふふ。これはアタシがそうしたんじゃないんだからね。今ではアレスの定位置がアタシの腕の中になってるの。


 アタシが焚火の前に座っていたところに、ちょこちょこっとアレスがやってきて、もぞもぞってアタシの腕の中に納まったのだ。超可愛いくない!?


「街に入ったら、もう魔族を警戒しなくても大丈夫だからね」


 アタシがアレスの耳元で囁くと、アレスはくすぐったがってもぞもぞする。アレスはわたしの腕に手を添えて、やや怯えたような声を出した。


「……ぼくも魔族だよ?」

「あっ、そういえばそうだよね」


 アレスの不安そうな瞳から目を逸らしたアタシは、魔法の短剣が何の反応もしていないことに気が付いた。


(その魔剣は強い殺意を持ったものが近づいてきたときに反応するものだ。魔族でなくても反応するぞ)


 そうなの? それでアレスには反応しないんだ。


(そういうことだ。まぁ、今は私が【索敵】できるからその魔剣は短剣としての価値しかないな。より良い得物が手に入ったら売ってしまっても良いぞ)


 なるほどね。まぁ……考えとく。


 アタシはまたアレスの耳元に口を近づけて囁く。


「アレス、この魔法の剣はね。悪いヤツに反応して光るの」


 そういってアタシはアレスに短剣を持たせる。


「ねっ? 光らないよね?」

「うん」


「アレスは悪い魔族じゃない。アタシが持っても光らない。アタシもそれほど悪い人間じゃない」

「うん」


「街に入ったらもうアタシたちを追ってくるには警戒しなくていい」

「うん」


「でも街にもはいるからね。だからアタシの言うことはちゃんと聞いて守ること。いい?」

「うん、シズカの言うことをちゃんと聞いて守る」


「よーし、アレスはいい子だ! わーしゃしゃしゃしゃ」


 アレスの頭をワシャワシャする。アレスは嫌がって逃げようとするが、アタシはがっちりと両足でアレスをホールドする。


「もう! やめてよっ!」


 そういうアレスの顔は明るい表情で笑っていた。


 二人でさんざん笑った後、そのままアタシたちは眠った。


 アレスの寝息が聞こえてきた頃、ミシェパが語り掛けてきた。


(シズカ……ありがとう)


 んっ? どした?


(アレスヴェル様があんなに笑うのを見るのは本当に久しぶりのことだ……。もしかするともう二度と笑顔を見ることはないと思っていた)


 そっか。


(今はまだ何もかもが慌ただしいが、やがてアレスヴェル様がお父上の死に向き合うときがくる)


 殺されたんだっけ……ミシェパは相手の顔を見てないんだよね。


 血の誓約の影響でミシェパの記憶はある程度共有しているので、だいたいの状況はアタシも察していた。


(そのときはシズカ……お前がアレスヴェル様を支えてやってくれ)


 アタシはアレスの黒髪に鼻を埋めて目を閉じる。


 もちろん。必ずアレスを守ってみせるよ。


(……)


 ミシェパは何も言わなかったし、彼女の姿はアタシには見えなかったけれど、きっと笑顔だったと思う。




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