第6話 脳内ミシェパとスキルの覚醒
頭の中に響く声の主にアタシは心当たりがあった。
「あんた……あの狼?」
「?」
アタシの独り言に反応してアレスがまた首を傾げる。アタシはアレスの濡れた黒髪と顔を手ぬぐいで拭った。白い頬がぷにぷにで気持ち良くて、いつまでも触ってられる。
アレスの青い目が「何してるの?」とアタシに問いかけてくる。めっちゃ可愛いなこの生き物。
(変態女、アレスヴェル様から手を離すのだ!)
(手を離せって言われてもね……って、なるほど、こうやって頭の中で話せばいいのか)
アタシは火を起こして、焚火の前にアレスを座らせる。アレスの身体はだいぶ冷えていた。アタシは後ろからアレスを抱きかかえて肌を密着させる。
「!」
アレスが抵抗しようとするのを抑えながらアタシはアレスの耳元で囁く。
「このままじゃ寒いでしょ、温まるまではこのまま!」
アレスがもぞもぞと身体を動かす。ふひひ。いっちょ前に息子が反応しているのだろうか。武士の情けじゃ、そのことについては触れずにおいてやろう。何せ寒いから。
これ以上アタシがからかうつもりのないことを理解したのか、やがてアレスは静かになって、ぼーっと焚火を見つめていた。
アタシは頭の中のやつとの会話を再開する。
(それで? あんたは……)
(ミシェパ。貴様と誓約を交わした狼だ)
(なんでアタシの頭の中にいるのさ?)
(それは……)
ミシェパは魔王軍を引き付けるためにアタシたちから離れた後、岩トロールを連れたゴブリン部隊と大立ち回りの末に死んでしまったということだった。
肉体から解放されたミシェパの魂が血の誓約者であるアタシのところに移ってきた。通常なら血の誓約によってミシェパの魂はアタシの力の一部として吸収され、スキルや魔力に変換されるだけなのだが……。
(お前の身体が特殊だったのでな。それでわたしの意識はこうして残ったままになっているようなのだ)
(そうなんだ。アタシが勇者……になるはずだったことと関係があるのかな)
(何!? お前は勇者なのか? ふむ……なるほど……なるほどなるほど、それでこれが……こうなのか……)
ミシェパが何か勝手に納得していた。
(ふむ。お前が勇者だったとはな。さすがアレスヴェル様、幸運の魔神に愛されていらっしゃるようだ。お前が守り手となれば、これほど心強いことはない……ないが……)
ミシェパが脳内でため息を漏らす。
(どうにもお前は色々と壊れてしまっているようだな)
(アタシが壊れてるって、それ酷くない!?)
とツッコミ返したものの、まぁミシェパが言いたいことは何となくわかる。アタシだって自分が勇者として壊れてしまっているのは分かってる。人間としても……かなり壊れている自覚はあった。
(まぁ、そう悲観するな。壊れていると言っても手遅れという程でもない。それにわたしの力も受け継いでいるのだ、むしろ普通の勇者よりも強い……強くなれる可能性は十分にある)
(そうですか。それはどうもありがとうございます)
(いや、本当だ! 嘘ではないぞ! お前が強くなれるようわたしも精一杯サポートする。例えば、こんなことも出来るぞ)
ミシェパがそう言うと、アタシの視界に複数のマーカーが表示される。
▼ マウンテンベリー (HP回復+2)
▼ マウンテンベリー (HP回復+2)
▼ マンプクダケ (HP回復+10)
▼ 月見草(害獣除け)
マウンテンベリーには気が付いていたけれど、月見草とマンプクダケまで近くにあったとは。これは有難い。
早速アタシは全てを回収して、マウンテンベリーをアレスの口の中へ放り込み、マンプクダケを火であぶる。月見草を火に投じると、独特の香りが周囲へと広がっていった。
このマーカーを表示するスキルは【探知】と言うらしいが……
これはいいものだ!
(このスキルは元々お前が持っていたものなのだが、いままでは機能していなかったようだな)
(ミシェパ様のおかげってこと?)
(ふむ。おそらくはそうなのだろう)
アタシはマウンテンベリーで真っ赤になったアレスの口をタオルで拭う。唇がぷるぷるで柔らかい。いつまでも触っていられる。
(だから、嫌らしい手つきでアレスヴェル様に触れるんじゃない!)
(嫌らしい気持ちなんてないんだけど? そう思ってしまうミシェパの頭が嫌らしいんじゃない?)
(なっ!? なにおう!?)
(プッ、冗談よ。で、あんたのことはアレスに話しておいた方がいい?)
(ぬうっ。そ、そうだな……どうすればいいか……少し時間が欲しい)
(わかった)
アタシはこんがりと焼けたマンプクダケをアレスと分け合って食べた。その後、念のために焚火を中心に【祝福の輪】を描く。
月見草を焚いていれば、たいていの害獣除けにはなるものの、用心に越したことはないから。
(ミシェパ、見張りとか頼めたりできる?)
(ああ、周囲30m程度なら感知可能だ。危険な存在が入ってきたら起こしてやるから休むといい)
(ありがと。それじゃ、お願いね)
食事の後、アタシはアレスを胸元に抱いて眠った。疲れていたのかアレスも抵抗することなく、素直にアタシの抱き枕になってくれた。
パチパチと焚火がはじける音、
アタシは夢うつつの中でそれをずっと聞いていた。
「ミシェパ……ミシェパ……」
時折、アレスが嗚咽を堪えようと体を震わせる。
そんなときはアレスを強めに抱きしめて、その耳元で囁く。
「大丈夫……ミシェパはずっとアレスの傍にいるよ」
アレスが落ち着いて再び眠りにつくまで「大丈夫」を繰り返しながら、手の指でアレスの涙を拭う。
アレスはアタシが慰めようとしていると思ってるんだろうな。
でもね、アレス。
ミシェパは本当にアレスの傍にいるんだよ。
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