第4話 魔法の短剣と血の誓約
まずは女神さまに感謝させて欲しい。
アタシの足元でゴブリンの遺体が三体倒れていることはひとまず放置して、まずはアタシを救ってくれた女神に感謝の祈りを捧げたい。
女神と言っても、アタシを勇者転生詐欺でこの地獄世界に送り込んだヤツじゃない。アタシが感謝をいくら捧げても足りないと思っているのは、アタシに魔法の短剣をくれた銀髪の女剣士だ。彼女こそ本当の女神だった。
キィィィィン。
暗闇の中、短剣の刃が薄っすらと青光りしている。どうやらこの短剣は魔物に反応するようだった。
夜中にゴブリンの急襲を避けて返り討ちにすることができたのは、この短剣が反応したおけげだ。しかもこの短剣、切れ味がバカみたいに鋭い。最初にゴブリンの喉を後ろから掻き切ったときは、バターに刃を通しているかのような感覚だった。
ゴブリンだけでなく危うく自分の体まで切ってしまうところだったよ。
おかげで後の二体のゴブリンもあっさりと倒すことができた。やつらの皮鎧をこの短剣はやすやすと貫いたのだ。
「こりゃもしかすると、さぞ名のある魔力剣なのでは……」
そんな恐ろしく高価なものを、出会ったばかりの見知らぬ女にくれてやるなんて、あの女剣士さまって本当に何者なんだろう。
しかし、そんな凄い魔法の短剣を貰ったという幸運に、いつまでも浸ってられる暇はなさそうだった。何故なら短剣はまだ輝きを失うことなく、不思議な音を立て続けていたから。
アタシは身を屈めて耳を澄ます。
暗闇の中であれば、盗賊のアタシなら戦いを幾分か有利に運ぶことができる。しかも魔物相手であればこの短剣も大きな力になるだろう。
ゴブリンは三匹だけだったのだろうか。
たまたま森にいた三匹がアタシを見つけて襲ってきた?
なんて淡い期待はすぐに捨てる。生き残るためには幻にしがみつくようなマネは絶対にしてはいけない。
割と近い場所から争う音が聞こえてきた。ギャッ!っていうマヌケな叫び声はゴブリンに間違いない。数は……多くて5~6匹ってところか。
ゴブリン共が何と戦っているのか知りたくもないが、相打ちで全滅してくれれば好都合。
今の内に逃げて距離を開けよう。
……なんて希望を抱いていた時期がアタシにもありました。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ
瞬殺でもされたのだろうか? ゴブリンの悲鳴はすぐに聞こえなくなった。
それだけじゃない、アタシが状況を理解する暇も与えず、ゴブリン共を屠ったナニカがアタシの方に向かってくるのがわかった。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ
間違いない。確実にアタシを狙って近づいて来てる!
魔法の短剣の輝きが増し、音はより甲高く響いた。どんだけ強い魔物だよ! しかも、これじゃアタシの位置がバレバレじゃん!
アタシは魔法の短剣を投げ捨てて、逃げ出そうとしたところで――
ドン!
いきなり背中に凄く重いものが伸し掛かってきて、アタシはそのまま地面に打ち倒される。
よくない! この展開は非常にマズイ!
ドシンッ!
つづいてアタシの後ろで、何か大きなものが地面に倒れ込んだ。どんだけデカい化け物なのか……。アタシは目を閉じて身体は震えるがままに任せ、アタシを殺す止めの一撃を待った。
……。
……。
……。
「ミシェパ……」
子どもの小さな声が聞こえる。
「ミシェパ……ミシェパ……」
アタシは身体を押さえつけられたまま、首を上げて後ろを見ると――
バカデカイ狼がアタシを睨みつけていた。
しかし、アタシが恐怖を感じることはなかった。何故なら、
その狼がとても傷ついていたから。
全身に酷い傷を負い、その全ての傷口から多くの血が流れていたから。
「ミシェパ……ミシェパ……ミシェパ……」
不安な表情で狼の顔に寄り添う子どもの姿を見たから。
狼がアタシの顔をギロリと睨んだ。
「女……貴様、命が惜しいか?」
いくら弱っているとはいえ、この狼にとってアタシを捻りつぶすなんて容易いことだろう。アタシはゆっくりと頷いた。
「ならばわたしと血の誓約を交わすが良い。お前がこの子を守ることを誓えば、お前をここから逃がすだけでなく、我が力の一端を授けよう」
狼の提案を退ければ死が待っているだけとは理解しつつも、アタシは躊躇した。
「お前は気づいていないのかもしれんが、ゴブリンの大部隊が押し寄せてきている。しかも奴らは岩トロールまで連れているぞ。少なくとも陽が昇るまでの間、奴らはこの森から誰一人として逃がすつもりはないだろうよ」
さっき倒したゴブリン、皮鎧なんて着込んでたのはそういうわけだったのか。アタシは歯ぎしりする。しかもトロールまで……。
「わたしの血を飲み、誓約せよ。この子を守り続けると。なれば我が力はお前のものだ」
そう言うと狼はアタシを解放し、血に濡れた前足をアタシに差し出した。
「ミシェパ! ミシェパ! ぼくを一人にしないで! ずっと一緒に居て!」
狼は涙を流す少年に優しい視線を向ける。まるで母親のような……こんな表情もできるのか。
「アレスヴェルさま、ミシェパはいつでもずっとあなたと一緒に居ますよ。だから強く、あなたの御父上のように強く……強く生きてください」
少年は狼の顔に自分の頭を押し当てて、必死で泣き声を押さえようとする。でも少年の嗚咽は大きくなる一方だった。
「女!」
アタシに拒否する余地なんてなかった。指先に付けた狼の血を舐めて、
「アタシはこの子を守る! それでいい?」
「誓約は成った!」
狼の瞳が大きく開かれ、わたしの目を覗き込む。
アタシの視界が一瞬歪む。狼の思念がアタシの頭に流れ込んで、アタシの記憶と混じり合っていくのを感じた。
「ふむ……ではシズカよ、お前はアレスヴェル様を連れ、月を背にして、陽が昇るまでひたすら進め。陽が昇っても人の支配する地に出るまで進み続けよ」
狼は立ち上がって、鼻先で少年の身体をアタシの方へ押す。
「ミシェパ?」
少年が不安そうな顔で狼を見る。
「アレスヴェルさま、しばしのお別れです。この女、シズカが御身をお守り致します。決っして彼女から離れぬように……」
狼は身を翻すと森の中へ走り去って行った。しばらくすると遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。狼がゴブリンの大部隊をアタシたちから遠ざけるための陽動に出たんだろう。
「行くよっ!」
アタシは短剣を回収し、呆然と立ち尽くしている少年の手を取る。
そして、月を背にひたすら歩き続けた。
――――――
―――
―
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆*:.。. o(≧▽≦)o
【 関連話 】
うっかり女神の転生ミスで勇者になれなかったし、もうモブ転生でゴールしてもいいんだよね?
第73話 魔王の胎動と即終了
https://kakuyomu.jp/works/1177354054934785426/episodes/16816927861355647427
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます