第2話 女盗賊だってどうせくっころされんだろ!

 まずは説明させて欲しい。


 どうして目を見開いた男女の生首がアタシの目の前で揺れているのか。


 男の生首はアタシが参加していたゴブリン退治パーティのリーダーだった剣士だ。


 この男のパーティーは他のメンバーが全て美少女ばかりという、所謂ハーレムパーティ――あとは色々とお察しの通り――だった。


 とはいえメンバー全員が四等級の冒険者で、そこそこ腕があったことは間違いない。


 五等級の盗賊でしかないアタシに声を掛けてくるのだから、今回のクエストでも実力にそれなりに余裕があってのことだろうと思った。


 男の目的がハーレム要員を増やしたいだけだってことには、すぐに気がついてうんざりはしたけど、アタシの方は贅沢なんて言える立場でも状況でもなかった。


 そして今現在。ゴブリンの汚れた槍の穂先で揺れている男の生首を見ながら、アタシは心底後悔していた。


 アタシの左右では手を縛られた素っ裸の女が二人、ゴブリンに強引に引かれて歩かされている。その表情は絶望のあまり真っ青――いや真っ黒に染まっていた。


 そしてアタシも同じ格好で同じ顔してる。


 数刻前、見張りの番を終えたアタシが寝床に入ってから間もなく、リーダーの男がテントから出てきて、次の見張りについていた女戦士と木陰でおっぱじめるのを、うっすらとした意識の中で感じていた。


 おいおい見張りは大丈夫かよと思ったけれど、疲れていたアタシはそのまま夢うつつの中に留まり続けた。


 意識がハッキリと戻ったのは、二人の喘ぎ声が突然止まり、続いてゴトッと何かが落ちる音がしたときだ。


 バッと身体を起こしたときにはもう遅かった。やけにガタイの大きい派手な飾りをつけたホブゴブリン1体と普通のゴブリン6体に囲まれていた。


 大きなやつがニィっと笑ってアタシをぶん殴っておしまい。意識が戻ったときには、素っ裸にひん剥かれて縄で引っ張られていた。


――――――

―――

― 


 ゴブリンたちに引き連れられたアタシたちは、昨日パーティで襲撃した洞穴に到着した。


「やっぱり……」とアタシは思ったよ。


 昨日、冒険者パーティがここを襲撃したときには、ホブゴブリン1体と普通のゴブリン3体しかいなかった。


 アタシは周辺で見つかった骨や食べかす、その他の品々を見て、その数がやけに少ないと思っていた。もちろんリーダーはそれを言ったけど、相手にされなかったよ。


 まぁ、今さら愚痴っても仕方ないけど。


 洞窟の中には、そのとき倒したゴブリンたちの遺体がバラバラにされて一か所にまとめられてた。おそらく食料にするのだろう。死んだ仲間に対するゴブリンたちの扱いなんてこんなものだ。


 アタシたちはこれからゴブリンどもに酷い目に会わされる。でもゴブリンには殺された仲間に対する復讐なんて気持ちは一片もないだろう。奴らはただ欲望のままに犯して殺し……喰うだけなんだ。


「いやぁぁぁぁぁぁ」

「うわぁぁぁあっ」


 ゴブリンどもが女魔術弓使いと女神官を引き倒し、それぞれ三体ずつで襲い掛かっていく。アタシも目の前のホブゴブリンに押し倒され、やつのヨダレが次々とアタシの顔に垂れている最悪の状況だ。


「くっ!」


 臭い。それにしてもなんでアタシだけホブゴブリンなんだよ! いや三体のゴブリンだって嫌だけどさ。


「ママ……ママ……」


「お……願い……許し……て」

 

 女魔術弓使いと女神官の悲痛な声が洞窟内に響く。ゴブリンたちは弱い相手に対してはとことん暴力を振るう。アタシもホブゴブリンに何度も殴られていた。


 酷い衝撃で意識が飛びかけているにもかかわらず、アタシの盗賊としての感覚は二人の状況を把握していた。把握なんてしたくなかった。


 幸いなことにだんだんと痛みが遠ざかりつつある。もうすぐアタシは死ぬんだろう。


 畜生。エロ漫画かよ。畜生。ゴブリンにやられるって話は、本当はこんなに酷くて、痛くて、臭くて、耐え難いものだったんだな。


 畜生! 殺される! もう助からない!


 アタシは目の前のホブゴブリンを睨みつける。もうそれしかできない。視線に怒りの全てを、自分の存在の全てを押し込んで、アタシは目の前の怪物を睨みつけた。


 こんな獣にアタシは凌辱されるのか! 殺されるのか!


 勇者として転生したのに、勇者の力なんて欠片もないまま、奴隷として生まれ、娼婦として育ち、盗賊として死んでいくのか!


 畜生! 畜生! 畜生! 畜生! 畜生! 畜生!


「畜生がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 アタシは最後に絶叫した。


 アタシの命を全てを燃やし尽くす最後の叫び声。


 意識が飛ぶ程の大絶叫をしたその瞬間――


 複数のことが同時に起こった。


(緊急モード。スキル【戦乙女の叫び】を解放。存在値を消費しスキルレベル三段階強化。自動発動します)


 アタシの絶叫に、魔力……たぶんそんなような何かが加わるのを感じた。


(スキル【戦乙女の叫び】レベル4。周囲20mの敵対存在に対し240秒のバインド効果を発動。恐怖効果が戦闘中継続します。天与:戦乙女の追加効果により体力が15%回復します)


 実際は声が聞こえたわけでもステータス画面が表示されたわけでもない。ただその内容をアタシは一瞬で全て把握したんだ。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ホブゴブリンが白目を剥き、口から泡を出して倒れ掛かってきた。他のゴブリンたちも同じような状況であることを目端で捉える。


 アタシは倒れたホブゴブリンの身体から抜け出し、こいつが強奪していたリーダーの剣を掴んでホブゴブリンの心臓めがけて突き立てた。


 突き刺さった剣を全体重を乗せてさらに押し込み、剣が地面に届くまでしっかり貫く。その刃を使って手を縛っている縄を切ると、両手が使えるようになった。


 アタシは女戦士の遺品となったブロードソードを回収すると、それを使って残りのゴブリンたちに止めを刺していった。


 女魔術弓使いは舌を噛んで死んでいた。恐怖で見開いたままだった目を閉じ、両手を胸の上に組ませ、短く追悼の祭詞を唱える。今のアタシにできるのはこれで精一杯なんだ。ごめんな。


 もう一人の女神官は生きていた。目は真っ赤に染まり、鼻と口からは血が流れている。


 とりあえず生き残ったのはアタシと女神官の二人だけのようだ。


 だけど、まだ助かったと言える状況からは程遠かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る