うっかり女神の転生ミスで勇者どころか人として終わってるアタシの行く末

帝国妖異対策局

カナン王国編

第1話 勇者転生の結果が山賊の奴隷ってうっかり過ぎるだろ!

 まずは言い訳させて欲しい。


 アタシの目の前で死んでいる男の胸に突き立っている短剣は、確かにアタシのだ。それは間違いない。


 娼婦の部屋で、ズボンを下げて男のモノをさらしたまま死ぬなんて、マヌケ過ぎて笑ってしまう。


 ざまぁみろ。


 こいつの名はスタンセ・ランバート。男爵家の跡取りだが、それほど金持ちでもない。だからこの安い娼館に通っている。


 安い娼婦を買ってこんな目に会うなんて、まさに安物買いの銭失いってやつだよね。


 ざまぁみろだ。


 この男を刺したのはアタシ。つまりアタシが殺したというわけだけど、ちょっと待って欲しい。まだ慌てるような時間じゃない。


 確かに今、アタシの金色の瞳に凄まじい憎悪が宿ってることは認める。


 でも殺人犯を糾弾する前によく状況を観察してみて欲しい。ほら、アタシの顔が凄く腫れているのが分かるはず。


 たぶん鼻も折れてる。さっき曲がってたのを戻したら痛みで一瞬気を失いかけたし。


 痩せ過ぎて貧相なアタシの身体のあちこちに酷い痣が見えるでしょ。今は裸なのに全然サービスシーンにならなくてごめん。


 まぁ、おっぱいさえ見れればいいのかもしれないけれど、残念ながらその両方にも酷い青あざができてる。これで興奮するというのなら、ちょっと関わり合いになるのはゴメンこうむりたい。


 あと床にパラパラと散らばってる茶色の長い髪の毛……それアタシのだから。女の髪を引っこ抜くとか、どんな鬼畜生だよ。


 で、スタンセって野郎はこういうので興奮するカス野郎だった。だからこいつはここ以外の娼館で出入り禁止になってた。


 この娼館だって好き好んでこいつの相手をする娼婦はいない。だからいつもお鉢が回ってくるのは、ここで最底辺にいる娼婦……つまりアタシってわけ。


 こいつがアタシを襲い始めたとき、いつもにも増してその目に狂気が宿っていた。それは性的興奮というより絶対に殺意だった。


 信じてもらえないかもしれないけど、アタシにはそういうのが見えるんだよ。そもそも見えなくても十分わかるくらいの殺意だったし。


 こいつはアタシに乱暴しながら――


「お前の命は俺が買った」だの「前の娼婦は命乞いをした」だの、口から泡を飛ばしながら妙なことを叫んでいた。


 ずっと殴られながらこいつの戯言を聞いていたアタシの中で、ふと点と点がつながって線になったんだよ。


 他の娼館では出入り禁止のこいつがどうしてのか。

 どうしてこの娼館はアタシのようなを娼婦に使っているのか。


 この国の事情を知らない人じゃこれだけ聞いてもよく分からないと思うし、もしかしたらアタシの妄想で勘違いしていただけかもしれない。


 ただこのまま殴られ続けていたら、「アタシは殺される」ってことだけは確かだった。


 なので男の隙を見て、ベッドの下に隠していた短剣――他の客から追加サービスと交換に譲ってもらったやつ――で奴の喉を切り、そのまま胸に突き立てた。


 ね? アタシは悪くないよね?

 

 正当防衛ってやつ。ただそれが奴隷上がりの娼婦に適用されるかどうかは分からない――というか絶対ないのでアタシは逃げることにした。


 山賊に連れまわされていた時期が長かったこともあって、腕っぷしには少しだけ自信があるけど、そんなものがここの用心棒たちに通じるわけがない。


 少なくとも正面からは無理。


 アタシはとりあえず男から金目のものを回収し、服をはぎ取って着替る。


 それからランタンの油をベッドに振りまいて火を点け、ヤバイくらいに燃え上がったところで「火事だ!」と叫んで扉の背後に身を潜めた。


「なんだ!? どうした!?」


 扉を開けて用心棒が入ってきたところを背後から一突きする。同時にその腰のショートソードを抜いて用心棒が振り向いたところを腹から上に貫いた。


 こいつもこいつで客のいないときに何度もアタシに酷いことをしてきたヤツだ。恨みを込めた剣を捩じり上げながら、ヤツの目に死神の顔を映してやる。


 用心棒の身体から力が抜けてアタシに倒れこんできた。そのままの姿勢でヤツの剣帯を外して身に着ける。少しは客の男に見えるかもしれない。


 一瞬はごまかせるだろう。一瞬で十分だ。


「火事だ! 逃げろ!」


 アタシが大声で叫ぶと何事かと部屋から顔を出した客や娼婦たちが、あたりに充満し始めた煙に驚いて騒ぎ始めた。次々と娼館から人々が逃げ出し始める。


 この混乱に紛れ、アタシは夜の王都へと消えていった。


―――――――

―――


 ところで、そもそもアタシがなんで娼館を放火して逃げ出すハメになったのか、そろそろ話しておきたい。


 誰に話しているのかはわからないけど、独りきりで会話するのはアタシが前世から持ち越したスキルだから気にしないで。


 ……で、


「ようこそ、平野静香さん。あなたはトラックに跳ねられて死にました」


 夜空の星々が輝く不思議な空間で、空中に漂っている女の第一声がこれだったの。


「これから異世界に転生して、魔王を倒していただきます」


 突然、に魔王を倒せと言い出したこの女は、転生を司る神だという。

 

 その時、わたしは目の前の美しい女神様に見惚れ、小説でたくさん読んだことのある転生なんて凄い機会に恵まれたことに胸を膨らませて


 女神はわたしをドラヴィルダという異世界に送るって言った。女神が管轄する大陸を侵略しようとする魔王を、あなたが勇者となって倒して欲しいと。


「がんばります!」


 わたしの二つ返事を聞いた女神はパッと顔を輝かせ、それなら大サービスで凄い加護とかスキルも付けちゃうね! と何やらわちゃわちゃと手を動かし始めた。


 何やら設定とかしているみたいだった。


 その間にも、わたしたちは意気投合してこれから行く異世界のことを色々と話した。


 わたしよりも先に転生した日本人がいて、その人がいま勇者を支援するために色々と手を尽くしているから、もし会うことができれば色々と助けて貰えるかもしれない


 ――なんて話も聞いたな。


 このとき楽しい雰囲気に呑まれて細かい詰めをしなかったことはずっと悔やんでも悔やみきれない。


 その時のわたしは、とても優しそうな女神様だし、きっと色々マルっと丁寧にサポートしてくれるはず――なんて超甘っちょろいことを考えていた。


「あっ! やっちゃった!」


 決定的な一言が女神の口から発せられ、女神が何をやってしまったのかを聞く暇もなくわたしの意識が異世界へと落ちて行った。


 なのにこのような非常事態でさえ「まっ、なんとかなるでしょう」なんて、わたしは呑気に考えていたのだ。


―――――――

―――


 転生者として覚醒した最初の瞬間に感じたのは口の中の血と砂利の味。背後から伸し掛かってくる男と身体の中の異物。


 アタシが全てを失った瞬間。

 

 山賊によってアタシはこの世界の家族を殺され、そのまま何年も奴隷として連れ回される。そこでどんな目に会ったのか具体的に語るつもりはない。


 ただ奴隷としてこき使われ、殴られ、犯され、山賊が襲った人々の後始末をさせられた。


 アタシの手は血で真っ赤に濡れ、身体は男たちの欲望によって穢された。


 こんなアタシが勇者になんてなれるはずがない。転生者として覚醒した瞬間から勇者なんて言葉はすっかり頭から消えていた。


 延々と続く地獄の日々の中でアタシの心は死に、あらゆるものに対して何も感じなくなっていった。


 だから山賊たちが冒険者に襲撃を仕掛けて返り討ちにあったときも、冒険者から借り受けた剣で、瀕死の山賊たちに次々と止めを刺したときも何も感じなかった。


 その後、アタシは冒険者に街に連れていかれそのまま奴隷商人に売られた。


 そこでも碌な目に会ってない。アタシは奴隷として売られた先から逃亡し、また捕まって奴隷になるということを繰り返した。


 その末に行き着いた先が場末の娼館だったというわけ。

 

 そして今もまた逃亡している。娼館で誰かがアタシの死体がないことに気づくかもしれない。


 しばらくは王都から出て身を隠しておく方がいい。行く先なんてない。山の中に潜もうかな。山賊の手口ならよく知ってる。


―――――――

―――


 数か月後。


 アタシは冒険者になっていた。専門職は盗賊。まったく勇者らしくないアタシの最適職だよね。


 結局、王都でアタシが手配されることはなかったみたい。まぁ、少なくともこのまま王都から離れていれば何の問題もないだろう。


 とはいえ用心のためにギルドを転々としながら冒険者稼業に勤しんでいる。


 今はゴブリン退治のパーティに参加し、クエストを終えた帰りのキャンプだ。パーティのリーダーは男の剣士で、それ以外は全部女というハーレム編成。


 リーダーの男はアタシもそのハーレムに加えようと考えているみたいだった。


 一方、女性メンバーからは、アタシの男っぽい格好や言動からライバルと見なされてはいないようで警戒もされていない。


 パーティのそうした微妙なバランスのおかげで、少なくともこのクエストの間は彼らはそこそこ信頼できる仲間だった。


 アタシは見張りを女性メンバーと交代し、このまま朝まで数時間眠ることにする。パチパチと響く焚火の音に耳を傾けているとすぐにアタシは眠ってしまった。


―――――――

―――


 今でも静かな夜には「平野静香」という少女の夢を見ることがある。


 愛する家族や大切な友人たちに囲まれ、笑顔の絶えることなく、


 毎日、温かい水で身体を清め、屋根の下で温かい毛布に包まれ眠り、


 素敵な恋人との出会いに胸を高鳴らせる少女の夢。


 それは本当に――


 本当に幸せな夢だった。





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