熱下血戦 3
……やられた。
策を弄し追い詰めていると思っていたが、いや追い詰めていたはずだ。
このシャルロッテという娘はっきりいって異常だ。
目の前に立つこの赤いドレスに身を包む少女が持つのは、その胆力か、あるいは図太さなのか。
この娘によって、いつの間にか戦いは五分になっている。
「時に、冒険者よ」
ヴォルターは俺とレイムへと問いかける。
「ここへ来た時、君たちは私と誓約書によって約束を交わしたが……。
……。その項目の数と、君たちのこの状況で違反した数がわかるかな?」
項目と違反だと? そんなものは覚えているはずがない。気にも留めていない。
レイムのほうを横目にうかがうが、やはり彼女も覚えてはいないらしい。
「違反したからには罰を受けていただかなければならない」
ヴォルターは燃え盛る炎に赤く照らされている。
「あなた方二人は仲間でしょう。ならば、項目は16、違反は12。あちらの獣人は心神喪失…なのでこの際はいいでしょう。あなたたちはそれだけ違反したということ」
俺の背後でシャルロッテはクスクスと笑っている。
「……ただ、それだけ」
冷たくひとこと、言葉が吐かれた。
戦いが、始まる。
ヴォルターは自らの得物を構え、ヴォルターの近くにいたレイムへと飛びかかる。
「レイム!」
俺は思わず、彼女の名を叫ぶ。
とはいえ、直線的に攻めたヴォルターに後れを取るようなレイムではない。
彼女は後ろへと飛退きながら魔法を唱え、あたりにある炎を操り、渦巻く炎の壁を造り出した。
しかし、その壁はたやすく引き裂かれ、ヴォルターはそのままレイムへの攻めを続けた。
レイムの炎の壁により、彼女が身を守るために稼いだ時間はあまりに一瞬。
だが、その一瞬は、彼女にとっても、俺にとっても、あまりに十分な時間だ。
俺はヴォルターの視界の外からギフト<<黒の鍛冶>>を使い、ロングソードを作り出して斬りかかる。
それと同時に、再び魔法を唱えた。レイムは音を立てて迸る紫電を自らの身体に纏わせた後、俺の攻撃に合わせ雷を解き放つ。
周囲には燃え盛る炎がなおも渦巻いている。
それらはヴォルターの自由な行動を拘束しており、そこで鼻垂れる俺とレイムの同時の攻撃。
躱せるはずがない。
しかし、それは相手が常人であればの話。
「カァッッ!」
ヴォルターはレイムの雷撃をその細剣で引き裂いたかと思えば、そのままの勢いで俺の剣を受け止める。
剣と剣。鋼と鋼がぶつかり合い、火花を散らす。
力量は五分か。―――いや、そうではない。
やつの剣には、一切の傷はなく、それとは対照的に大きく刃を抉られていたのは俺のロングソード。
「ふむ、この程度か……」
白い刃の細剣を払い、ヴォルターを紅蓮の炎の中で呟いた。
俺とレイムの攻めをたやすく受け止め、男は息を乱すことさえない。
この男のギフトは一体何か。もしも、無条件にこれだけの力を使えるのならば、俺たちに勝ち目はあるのか。
俺の頬に大粒の汗がぼろぼろと流れ落ちる。
この戦いを長引かせるわけにはいかない。一面に広がる炎が、俺たち全員が生命を維持させるに必要な空気を焼くからだ。
制御された魔法とはいえ、燃えている以上そこはかわらない。しばらくはレイムが空気を風を操り取り入れてくれるかもしれないが、彼女の魔力の浪費は俺たちに不利をもたらす。
敗北はもってのほか、共倒れもありえない。勝たねばならない。
灼熱の空間の中、受け攻めをわずかにでも間違えれば即、死ぬという緊張感。
しかし、その緊張感は俺の思考を冴えさせていた。
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