新しい家族となるための14文字
「――大体こんな感じだな」
そこまで広い家じゃないので、10分弱ほどで案内が終わってしまった。
まあ、普通の一軒家の案内なんてそんなもんだろう。
リビングに戻ってきた俺は、コップに麦茶を注ぎ入れて、いのりに差し出した。
「ありがとう、ユキくん」
「どーいたしまして。見た目と違わずに面白みのない普通の家だっただろ」
「ううん。私が今住んでるのって賃貸のマンションだから、2階とか、一軒家とか憧れてたんだよね」
「へえ。逆に俺はマンションとかに住んでみたいと思ってた。この家、俺が小さい頃から住んでるから」
こういうのって住んでる環境によって、憧れ方が変わるもんなのかもしれない。
隣の芝生は青いってやつだ、多分。
「そうなんだ。それじゃ結構古いのかな。綺麗に見えるのに」
「ああ、いや。俺が4歳の時に新築だったこの家を買ったんだよ。なんか父方の爺ちゃんがすげえ奮発してくれて、ほぼ一括で」
「一括!? す、すごいね……」
「ほんとにありがたいよな。お陰で家賃っていう大きい負担がないんだし。それがなかったら、俺たちこの家引き払って、安いアパートにでも住むことになってただろうし」
高校生になってからバイトも始めて、バイト代を家に入れるようにはなったが、それまでは母さんの稼ぎだけで生活していた。
父方の祖父母には家を買ってもらったってことで、それ以上援助は受けないようにしていたらしいし、家賃が浮いたお陰でそこまで生活に苦労した記憶はない。
うちの母親は、ほんとにああ見えて仕事が出来て、稼ぎもよかったみたいだし。
あれでもう少し息子の胃に優しくなってくれればいいのに。
「ユキくん? どうしたの?」
思わず苦笑いしてしまって、それを不思議に思ったのか、いのりが心配そうに声をかけてきた。
「なんでもないんだ。ちょっと現実ってままならないなって思ってただけだから」
「そ、そうなんだ」
「ああ」
「……」
「……」
お互いが無言になって、会話が途切れてしまった。
少しは緊張もほぐれたと思ったが、やっぱさっきの今でいきなり上手くはいかないよな。
というか告白のくだりをお互いに水に流して気にしないようにするってかなり難しくないか?
「……悪い。やっぱり俺がいきなりあんなことやらかさなかったらまだこんな気まずくなってなかった」
「ち、違うよ。私がこんなんだから。お父さん以外の男の人とちゃんと話すのって小学校以来で……どうしても緊張しちゃって」
「ってことは中、高が女子校?」
「う、うん」
言動のそこかしらから感じる育ちの良さはそういうことか。
そこの女子校ってもしかして天使育成学校だったりしない?
「俺は今に至るまで共学通いだったからな。やっぱ女子校の挨拶ってごきげんようだったりするのか?」
「使ってる人はいたけど、一部の人だけだったよ」
「おーマジでいるんだな。てっきり想像が産んだ架空の存在かと思ってた」
「私もドラマや少女マンガぐらいでしか見たことなかったから、ごきげんようって声をかけられた時はビックリしちゃった」
「それでいのりもごきげんようって返したのか?」
「う、うん。なんか、流れで」
「………………くくっ」
「あ! 笑うなんてひどいよ!」
慌てながらごきげんようと返すいのりの姿が容易に想像出来てしまって、俺は吹き出した。
「ご、ごめんごめん。似合ってないなって思ったら急に笑いが込み上げてきてさ」
「似合わないっていうのは自分でも分かってます! もうっ!」
「ごめんって! で、いのりはなんか部活とかやってたのか?」
子供っぽくむくれるいのりを落ち着けようと、別の話題を口にした。
人見知りだから寡黙でクールっぽく見えるだけであって、本来の人見知りをしないいのりがこんな感じなんだろうな。
「帰宅部だったよ。家のこと全部お父さんに任せるのは嫌だったから。ユキくんは?」
「俺はバレー部だった。高校ではなにもやってないけど」
「どうして続けなかったの?」
「部活は中学までって決めてたんだよ。高校生になったらバイトしようって考えてたし……なにより身長が伸びなかったからな」
「そこまで恨めしそうな顔しなくても……」
俺だって170はあるし……もうあるはずだし! そりゃ一般的に見たら小柄に見えるかもしれないが、まだ高2だし伸び盛りだし? なにも気にすることなんてない。大丈夫。
現実から必死に目を逸らそうと思考を巡らせていると、ポケットが小さく揺れた。
スマホを取り出すと、画面には母さんという文字。
「もしもし?」
『もしもし、優希人? まだちょっと手続きの時間がかかりそうだから、連絡したのよ』
「了解。んじゃ飯でも作って待っとくわ」
『ん。ところであんた、いのりちゃんに手とか出してないでしょうね? 母さんそんな早漏に育てた覚えは……』
「出すか! というかそれ意味違えし!」
この人会話に下ネタ挟まないと息出来ねえの!? 斬新な呼吸法だな!
これ以上余計なことを言わせまいと、俺は即通話を切った。
「ったく……ところで、いのりは飯って食ってきたのか?」
「うん。軽めに、だけど」
「なら、ちょっと腹減ってるぐらいか。ついでに摘まめそうなものでも作るか」
言いながら、キッチンに入り、冷蔵庫の中身を確認する。
「え? ユキくん、料理出来るの?」
「まあな。というか母さんが料理あまり上手くないから、この家の料理担当は基本的に俺」
「そ、そうなんだ……」
「もしかして、いのりは料理出来ない?」
自信がなさそうな声に、俺は冷蔵庫から目を離していのりを見た。
「じ、実は……お父さんが料理が好きで、朝から晩までの私のご飯を作り置きしちゃうんだよね……だから作らなくてもよくて……それで……」
「ああ、恭介さん、家事万能らしいな」
「お父さん、家事を仕事の息抜きとしてやっちゃってるところあるから……あはは……」
仕事が出来て、趣味は家事、か。
そんな世の中の女性の理想の男性像の人をよくうちの母親が落とせたもんだ。
冷蔵庫の中から、手早く使えそうな材料を取り出していく。
ちょうど食料買っておいてよかった。
「ほ、本当に料理が出来る人の手際だ……」
「今の時代、料理が出来る男も出来ない女性も珍しくないし、そんな気にすることないだろ」
何故かショックを受けているいのりを余所に、俺は着々と調理を進めていくのだった。
「優希人君、ごちそうさまでした。とても美味しかったよ」
「ありがとうございます」
時間は経って、手続きに行っていた2人が帰ってきて、無事に手続きが終わったことが、俺といのりに伝えられて、俺たちは晴れて家族になることになった。
俺が作った料理を家族になったばかりの俺たち4人で囲んで、談笑しながら食べ終えた。
「その歳でここまで作れるなんて、これは僕も負けていられないな」
「お父さん、勝負じゃないんだから」
「分かってるよ、いのり。僕だって子供じゃないんだ。こんなことで競ったりなんかしないよ」
「分かってるならいいけど」
「ところで僕のとどっちが美味しかった?」
めちゃくちゃ勝ち負け意識してんじゃねえか。
さては負けず嫌いだな?
「もうっ、お父さん!」
「冗談だってば。さて、それじゃ、僕たちはそろそろ家に戻ることにするよ」
「あら、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうしたいんだけど……帰って引っ越しの準備をしないといけないから。あ、その前に片付け、手伝わないとね」
恭介さんは名残惜しそうな顔をして、椅子から立ち上がる。
「いえ、これは俺がやっておきますから」
「え、いや、そんなわけには……」
「いいんです。引っ越しの準備もあるのに、ここから帰らないといけないんですから。体力温存ってことで」
「……それならお言葉に甘えちゃおうかな。ありがとね、優希人君」
いつもやってることだし、このぐらいなら全然大したことじゃない。
俺と母さんも、2人の見送りをするために立ち上がる。
「それじゃあ、また」
「お邪魔しました」
「――あのさ」
恭介さんといのりが頭を軽く下げ、玄関を出ようとしているのを、声をかけて止める。
「どうしたの、ユキくん」
「なにかあったのかい?」
「いや……えっと……なにかあったわけじゃなくて……」
なんか急に恥ずかしくなってきて、俺は視線を彷徨わせた。
いつもなら簡単に言えることなんだけどな。
「ちょっと待ってあげてね、2人とも。この子なにか言おうとしたのに肝心な場面でヘタれてチキってるみたいだから」
「その通りなんだけど言い方が辛辣!」
「いいから早く言いなさないよ。大声上げて緊張を紛らわそうとしなくていいから」
「分かってるなら言わないでくれる!? ああ、クソっ!」
ほんとになんでもないことなんだ。
ちょっと改めて言うのは恥ずかしいってだけで……。
でも、ちゃんと言っておきたい。
「――行ってらっしゃい」
ぼそり、と早口で、新しい家族を送り出す言葉を口にした。
ちゃんと2人に聞こえたのか、不安だったけど、2人は驚いた顔をして、
「「――行ってきます」」
と笑顔で答えてくれて、俺と母さんも笑顔で恭介さんといのりを送り出したのだった。
✳︎✳︎✳︎
あとがきです!
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