荷解きと街案内

 恭介さんといのりが新しい家族になって、送り出した日から数日が過ぎた。

 2人は今日、うちに越してきたので、今日は朝から引っ越しの荷解きを進めていた。


 そのかいもあって、昼を少し過ぎた頃には大分片付けることが出来た。

 ちなみに今は1階の恭介さんの部屋に荷物を運んでいる真っ最中だ。

 

「よいしょっと。ありがとう、優希人君。助かったよ」


「いえいえ。重い荷物を持つのはこの中じゃ俺が1番最適ですから」


「あはは、そうだね。この歳になると腰の負担が怖くて、簡単に重たい物を持ったり出来ないからね」


 とはいえ、部活という運動から遠ざかってからは、俺も学校の体育ぐらいでしか身体を動かしていない。

 実のところ、何度も重たい段ボールを2階に運んだせいで、足と腰がめっちゃ痛い。


 ……やっぱちゃんと身体鍛えておいた方がいいな。


 自分の身体に対しての鈍りを感じていると、開けっ放しの扉から、いのりがひょっこりと顔を出した。

 可愛すぎて心臓止まるかと思った。


 つまり俺はこれから毎日家の中でいのりの可愛さで心臓が止まるかも知れない危機があるわけだ。

 最高かよ。

 

「お父さん、ユキくん。ちょっとこっち手伝ってもらっていいかな?」


「オッケー」


「いや、いのり。あとは僕と明莉さんでやっておくよ」


「え? でも……」


「いいんだ。優希人君といのりには朝からずっと働いてもらってるわけだし。あとのことは大人に任せて。……そうだ、優希人君」


 名前を呼ばれ、俺は穏やかな笑みを浮かべてこっちを見る恭介さんと目を合わせた。


「もしよかったらなんだけど、いのりにこの街を案内してあげてくれないかな?」


「ああ、そうですね。辺りのこと知らないと色々と不便ですし。いいですよ」


 どうせ春休みの間にどこかで案内するつもりだったからな。


「ほら、恭介さんがこう言ってくれてるわけだし、行こうぜ」


「そう、だね。せっかくだしお願いしちゃってもいいかな?」


 少し考える素振りを見せてから、いのりははにかみ気味に微笑んだ。

 多分、人が仕事している中で自分が休んだりすることを良しと出来なかったんだろうな。


 真面目すぎるっていうのも考えものだと思うが、気持ちはよく分かる。

 バイトしてる最中、忙しい中で自分だけが休憩入るとちょっと申し訳なくなるしな。


「じゃあ、準備が出来たら玄関に集合ってことで」


 そう言い残し、俺は2階にある自分の部屋に。

 準備って言っても、ちょっと汗かいたから服を着替えるだけだろうけど……いや、待て。

 

 服を脱いでいる最中、俺は頭の中になにか引っかかりを覚え、動作を止めた。


「――2人で出かけるって……つまりデートじゃないか……?」


 街を案内するとはいえ、2人で色々と見て回るのにはなんら違いはないわけで……それならこれをデートって言ってしまっても差し支えはないはずだ。


 ど、どどどどうすればいいんだ!? デートってなにをすればいいんだ!?

 とりあえずまずはオシャレなレストランでも予約しておくか!?

 い、いや、その前に……!


「……くっ、なにを着て行けばいいんだ……!」


 こんなことならもう少しオシャレに関心を持っておくんだった!

 

 ただ着替えるだけだったのに、急に難関ミッションになってしまったせいで、俺はクローゼットの前で狼狽え続ける。

 

「ダメだっ! 全くなにを着ればいいか分からない!」


 こんなことをしている間にどんどん時間がなくなっている……!

 なにか、なにかないのかっ!?


「…………そうだっ! 確かここに……あった!」


 これならいける!

 俺は手早く見つけた服を身に纏い、待ち合わせ場所である玄関前に急いだ。

 いのりはもう待っていた。


「いのり、ごめん。お待たせ」


「ううん。全然待ってな――なんでスーツなの?」


 着る服に迷った結果、俺は実の父親のスーツに身を包んでいた。

 ふう、この格好結構暑いんだな。

 

「じゃ行くか」


「待って待って待って」


 ネクタイを緩めながら外へ出ようとすると、脇にいたいのりに腕をガッと摑まれてしまった。

 

「どうした?」


「あの、ね? 言いにくいんだけど……その格好でいられると一緒に歩く私が恥ずかしいっていうかね? もうちょっと普通の格好に着替えてきてくれると助かるかなーって……」

 

「ぐっ、でも、これ以上にいい服なんて……!」


「あら、アンタそのスーツどうしたの? 全然似合ってないわよ?」


 リビングから出てきた母さんの一言で、俺は黙って着替えに戻ることを選択した。






「そんで、ここが俺がバイトさせてもらってるカフェ」


 無難な格好に着替え、街を色々と案内していくととあるカフェの前に着いた。

 言った通り、ここは俺が高校生になってからバイトさせてもらっている店だ。


「アルバイトしてるって言ってたもんね。いいなぁ」


「いのりはバイトとかしたことないのか?」


「うん。お父さんがいのりは不器用でおっちょこちょいだから心配だーって言って中々許可してくれないんだ」


「へえ、そうは見えないんだけどな」


 まあ、俺は関わりを持ったばっかりだし、長年見てきた恭介さんがそう言うのならきっとそうなんだろう。


「寄っていくか?」


「入ってみたいけど、今持ち合わせがあまりないから」


「このぐらいなら奢るぞ?」


「うーん……やっぱり今日はいいよ。またお客として来るね。ユキくんが働いてるところも見てみたいし」


「よし、ちょっとシフト増やせないか相談してくるわ。週7ぐらいに」


「それ毎日だよね!? どうしてそこまでするの!?」


「いや、いついのりが店に来てもオールウェイズ対応出来るようにだな」


「お店に行く時はちゃんと連絡入れるから!」


 よく考えれば、俺のシフトを教えておけば1発で解決することじゃないか。

 いかんいかん。いのりが絡むとどうにも俺は冷静さをかく言動をしてしまう。

 あまり変なことしでかしてると、変人だと思われてしまうかもしれない。気を付けないとな。


「もう行こっ? いつまでもお店の前にいると迷惑になっちゃうだろうし」


「と言っても、めぼしいところは大体紹介したし……ああ、まだ学校があったか」


 いのりも俺と同じ高校に通うことになるのなら、案内しておいた方がいいか。

 俺は学校がある方向に向かって歩き出す。

 

 学校に行くのも1週間振りぐらいか。

 いのりが家族になってなかったら、春休みの終わりまで絶対に行くことはなかったな。


 そのまま数分ほど、他愛のない会話をし続けていると、学校が見えてきた。

 

「あれが俺が通ってる学校」


 私立翠鳴すいめい高校はそこまで偏差値を必要としていないが、ある程度受験勉強をしていないと受からない程度の、まあ言ってしまえばどこにでもある普通の高校。

 学校に近づいていくにつれ、緑を基調としたブレザーを着た生徒や運動服姿の部活帰りの生徒とすれ違う頻度が上がっていく。


 いのりは真新しいものでも見るような目をして、目の前にあるなんの変哲もない校舎を見上げていた。


「そんなに珍しいか?」


「私、転校するのって初めてだから、他の学校をこんなに近くで眺めたことないんだよね」


「言われてみれば、俺も他の学校をじっくり眺めたことないなぁっ!?」


 あ、あれは!? まずい!

 横断歩道を挟んだ向こう側の道路に俺が1年の頃のクラスメイトの姿が見え、俺は喋っている最中だったが近くの物陰に身を潜めた。

 

「ど、どうしたの!?」


「シッ! 静かに!」


 急に身を隠すようにした俺にいのりが近づいてくるが、人差し指を立てて、奴らが過ぎ去るのをジッと待つ。 

 幸い距離はあるが、女子と2人でいるところを見られたらどんな目に遭わされるか……!


「…………ふう、行ったか。悪い。向こうに知り合いの姿が見えたから」


「う、うん。いいんだけど……どうして隠れたりしたの?」


「自己防衛のためだ。あいつらに女子と2人でいるとこなんて見られたら命がいくつあっても足らん」


「そんな大げさな……」


「学校でカップルを見かけたら鉄パイプだの木刀だのバールだの取り出す連中だぞ?」


「あ、はは……冗談、だよね?」


 残念ながら冗談じゃない。

 あいつらはそういう奴らだからな。


 うちの学校に来るのならいずれは分かることなので、俺は深く説明することなく、帰路に就いた。

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