玉砕からの顔合わせ
「優希人ー、そっち拭いてくれる?」
「……ウィッス」
「あ、これそっちに置いて」
「……ウィッス」
母さんに言われるがままに、俺はテーブルの上を拭いたり、飲み物が入ったコップをコースターに置いていく。
今は俺がうっかり告白をやらかして、相手の女の子が振って、2人で固まった空気の中立ち尽くしていると、女の子の親である男の人がやってきて、どうにか家の中に案内して、母さんが買い物から帰ってきて、色々と来客の応対をしている最中だ。
俺は機械的に作業をこなしながら、椅子に座った2人組……再婚相手の男の人とその連れ子の女の子の方をなるべく見ないように必死に顔を下げていた。
いや、だって俺――振られてるんだぜ? ……それも、さっきの今で。
気まずいにもほどがあるでしょうよ。
しかもそんな状態で今から一緒に暮らしていくという話を始めないといけないわけだ。
自業自得とはいえ、地獄かな?
チラリと窺うように、俺は女の子の方に視線をやった。
「……っ!」
「……ぁ」
目が合ってしまい、小さく声を漏らした女の子にふいと目を逸らされてしまった。
死にたい。
そんな俺たち2人の様子にお互いの親が気が付くこともなく、母さんが男の人の対面に座ってしまった。
残された選択肢は女の子の対面のみ。
「どうしたの、優希人。早く座りなさい」
「……はい」
この状況で俺に出来ることなんてなく、そっと女の子の前に腰を下ろした。
視線はやや斜め下、相手側に置かれたコップを眺める形だ。
「――改めて、初めまして。優希人君。僕は
清潔感に溢れる見た目をした母さんの再婚相手、望月恭介さんはきれいな姿勢を崩さないまま、ぺこりと一礼してみせた。
見たまま、誠実そうな人って感じだ。
変な人じゃなくて、ひとまずは安心した。
「は、はい。初めまして。母から話は聞いているとは思いますが、息子の優希人と言います」
「うん。明莉さんから聞いていた通り、とても好青年だね」
え? ほんとに? ほんとにうちの母親がそんなこと言いました?
思わず母さんの方を向き……おいこら目逸らしてんじゃねえぞ。
言ったかしらみたいな感じで首を傾げるのもやめろ。自分の発言にもっと責任を持て。
「いきなり再婚の話が出て、驚かせちゃったよね。だけど、明莉さんと過ごしていく中でこの人と一緒に歩いていきたいなと思うようになりました。きっと父親としていたらない点もたくさん出てくるだろうけど、どうか、明莉さんとの再婚を認めてほしい」
恭介さんは、子供の俺に対して、まるで相手の親に頭を下げているみたいに頭を下げてそう言ってきた。
その真摯な行動で、俺は心の底からこう思った。
――ああ、この人なら大丈夫だ。
「母が選んだのなら、俺は最初から心配はしていません。母共々、よろしくお願いします」
「あ、はは……! そうか、よかったぁ……」
ホッと胸を撫で下ろしながら、恭介さんは相好を崩した。
まあ、なんだかんだ言って母さんが選んだ相手だったわけだし、言った通りそこは全く心配していなかった。
俺としては、問題は間違いなく――。
「恭介さん。そろそろいのりちゃんの紹介してあげないと。いつまでも居心地の悪いままにしておくのは可哀想でしょ?」
「あっ、ああ。そうだね。ほら、いのり。自己紹介しなさい」
「う、うん」
いのり、と呼ばれた女の子がたたずまいを軽く直す。
流石に自己紹介されてる時に顔を見てないのは不自然、だよな。
俺は下腹部に力を込めるようにして、相手の顔を見つめる。
「望月いのり、です。よろしく……お願いします……」
「あ、ああ。うん、よろしく……」
2人揃ってたどたどしい挨拶をし、そのあとは黙り込んでしまう。
「ははは。ごめんね、優希人君。この子ちょっと人見知りで」
すみません。絶対その人見知りって理由だけじゃないんです。俺のせいでお互い気まずくなってるだけなんです。
「ふふ、いのりちゃんが可愛いから、優希人も緊張しちゃってるみたい」
「は、はは……」
どうやら、母さんと恭介さんは俺たちが初対面で緊張してるせいでぎこちなくなっていると都合のいい解釈をしてくれているらしい。
まさか既に告白をして振り振られの仲だとは夢にも思わないだろうなぁ。
乾いた笑いを浮かべ、望月さんから曖昧に目を逸らす。
「ふむ……ねえ、優希人」
俺と望月さんの様子を見かねたのか、母さんが俺を呼んだ。
「な、なんだ?」
「――弟と妹……何人ぐらい欲しい?」
「あんたいきなりなに言ってんの!?」
空気も脈絡もなにも存在しない母さんのとち狂った発言に、身体を勢いよく向けた。
「なにって、大事なことじゃない」
「少なくとも今この場面で言い出す必要はなかったよな!?」
というかそういうのは実の子供としてはコメントしづらいにもほどがあるから当人たちで話し合って決めてほしい。
「ちなみに私はサッカーの試合が成立するぐらいを考えてるんだけど」
「11人!? あと9人なんて物理的に無理だろ!」
「なに言ってるのよ。あと24人でしょ? しっかりしてよ、恥ずかしい」
「まさかの2チーム分!? 家族でゲームを成立させようってか!? というか残りの4人はなんのためだよ!」
俺と望月さんとで2人。
そこから24人となると26人だ。
プレイヤーが22人だとすれば計算が合わな……いやいや、なにを真面目に計算してんだ、俺。
ってかこの場で1番恥ずかしいのは間違いなく俺じゃないけど身内のせいで恥を掻いているって意味じゃ俺が1番恥ずかしいと思う。
「監督とコーチに決まってるじゃない」
「そこはもう雇えよ! なんで全員家族でのチーム作りを想定してんだよ! そもそもがそんなに子供を産むのが無理なんだけど!」
「双子を12回産めばワンチャン……」
「ねえよ! どんな確立だよ!」
「もう、ああ言えばこう言うわね」
「俺がおかしいみたいに言うな! 新しい家族を作る前に新しい家族に見捨てられる可能性をちゃんと考えようか!?」
「本音を言えば控えの選手も何人かほしいところね」
「頼むからもう黙ってくれ! これ以上身内の恥をさらしたくない!」
迫り来る怒濤のボケをどうにか捌いてると、ちょっと頭痛がしてきました。誰か助けてください。
「あはは、明莉さんはいのりと優希人君のために緊張をほぐそうとして、そんな冗談を言ってくれてるんだよね?」
「うふふ。恭介さんにはやっぱりバレちゃったわね。もちろん冗談に決まってるじゃない」
いや、目の奥に灯るあの光……あれは間違いなく狩人の目だ……!
本気だ、この人本気で言ってやがる!
母親の恐ろしい部分を目撃してしまい、俺が戦慄していると、
「――ふふっ……!」
くすくすと上品な風鈴のような笑い声が俺の耳朶を打った。
声を辿るようにした先で、望月さんが、笑いを堪えきれずに笑っていた。
か、可愛い……!
望月さんの笑顔は、俺の鼓動を高鳴らせるのには十分すぎる威力を秘めていた。
でも、もう振られてるんだよなぁ……。
高鳴った胸とは裏腹に、既に失敗しているという事実を思い出してしまった俺は、内心で頭を抱えた。
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