初恋して秒で振られたら、なぜかラブコメが始まった。
戸来 空朝
初めましてと玉砕と
「あ、
「…………はぇ?」
我が母親、
40代手前にしてはあどけない顔付きの母親が、他の奴からしたら人好きのする笑顔をというやつを浮かべて、ソファに腰掛けていた。
注ぐのを中断しなかったせいで、俺の足下にはコップから溢れた麦茶の水溜まりが出来ていく。
「悪い、今なんて?」
どうせ聞き間違いのパターンだな。
俺は努めて冷静に装いながら、足下に出来た水溜まりを布巾で拭いていく。
うわ、ズボンも濡れちまってる……着替えないと。
「あ、それと仕事も辞めることにしたから」
「前の情報も捌けてないのに新しい情報を付け加えてくるのやめてくんない!?」
今の情報のせいで聞き間違いだと思ってた再婚云々の情報が真実だと確定しちまったじゃねえかよ!
俺は水溜まりを片付けることも放棄し、のんきに笑みを浮かべている母さんの方を向いた。
「再婚!? 退職!? 話が唐突すぎてついていけてないんだけど!」
「そうね。詳しく話さないといけないわよね。彼と私が出逢ったのは仕事先でのことなんだけど……私が彼に一目惚れしちゃってね? 声をかけたのも私からなんだけど……」
「違う! 今は馴れ初めを聞きたいわけじゃない!」
「もう、話せって言ったり話を遮ったり……そんなんじゃモテないでしょ? お父さんそっくりね」
「不名誉な面影を重ねるな!」
遺伝子レベルで俺がモテないなんて悲しい事実は、この際涙を呑んで置いておこう。
今はとにかく母さんに再婚のことについて詳しい話を聞き出さないといけないわけだし。
オーケー、クールにいこう。
「……で、なんで急に再婚って話になったわけ? 今までそんな素振り見せなかったよな」
「サプライズ性に富むことを考えて秘密裏に関係を進めてたのよ」
「ここでサプライズ性なんて絶対いらねえよ」
「ノーサプライズ、ノーライフ」
実の母親だろうと、殴るという選択肢が頭によぎるぐらいには、心の底からイラッとした。
どや顔の笑みとサムズアップが俺の苛立ちを加速させる。
「実際のところ、この歳になっての再婚だったから……ちゃんと決まってもないことでどうなるか分からなかったし、話が正式に決まってからにしようって彼とも話合って決めてたのよ」
「……最初からそう言ってくれよ。まあ母さんが考えて決めたことだろうし、今更俺がどうこう言っても仕方ないよな。再婚のことは分かったけど、相手はどんな人だ?」
「仕事も家事もバリバリ出来て、いつもにこにこしてるおおらかな人、かしらね」
うーん、聞く限りじゃかなりの優良物件に聞こえるな。
そこんとこは実際遭ってみないと判断つかないけど。
「お互いシングルの親同士、気が合っちゃってね? まあ向こうの子は女の子なんだけど」
「ちょい待てや」
幸せそうに語り始めた惚気話の中に、聞き逃すには少々強すぎるワードが出てきて、俺は母さんのセリフを反射的に遮った。
「もう、なに? これからがいいところなのに」
「いいところもクソもあるかァ! 向こうもシングルで、子供は女子!? どうしてそうも息子を動揺させるパワーワードを小出しに出来るわけ!?」
「なぁに? 優希人ったらそんなに鼻息荒げたりして。あ、もしかして同い年の女の子と1つ屋根の下でに暮らせるからって興奮してるの?」
「いや性的な興奮じゃ…………同い年!?」
ビックリしすぎて今日1の大声が出たんだけど!?
「そうよ。優希人と同じ16歳。可愛いし、彼に遭わせてもらって話してみたんだけど、とてもいい子よ? よかったわね」
「……その言い方だと、既に俺以外の顔合わせは済んでるように聞こえるんだが」
「そりゃそうでしょ。これから一緒に住むんだし、顔合わせぐらいしてるわよ」
「これから一緒に住む俺とはその大事な顔合わせが行われていない件について!」
もう声を上げすぎて喉もガラガラ、というかなんで家の中にいるのに肩で息してるんだ……?
さっきから怒濤の展開すぎて息つく暇もなかったせいでせっかく注いだ麦茶に少しも口つけられてないし、一旦喉を潤すついでにクールダウンした方がいいよな。
次どんなこと言われるか分からないし。
ああ、麦茶ってこんなに美味かったんだな……。
「ちなみに今からその再婚相手と女の子、家に来るから」
「ぶはァッ!?」
喉を潤すために飲んだ麦茶は、母さんの狙い澄ましたようなタイミングと言葉によって、気管に入り、俺を苦しめる存在に姿を変えた。
「なにやってるのよ。そそっかしいわね」
「げほっ、がはっ! 誰のせいだよ!」
なんでこの人こんな世間話でもするような感じで言ってくるわけ!? どういう神経してるんだよマジで!
俺は再び水溜まりが出来た足下を、悪態をつきながら拭いていく。
「あーもうなんでそういう大事なこと先に言っておかないかなぁ! 心の準備ぐらいさせてくれよ!」
「心の準備なんてしてても直前になってヘタれたりするんだから、こういうのは突発的にする方が案外よかったりするのよ」
「こういう場面じゃなければ素直にいい言葉として受け取ってただろうな!」
おし、拭き掃除は終わりだ。
次は、と……そうだ、ズボンを履き替えないとな。
こんな裾が濡れたズボンで新しく家族になる相手を迎え入れるなんて、絶対今後しばらく……下手したら一生ネタにされる。
それは避けたい。
「そう言えば優希人。お菓子のストックってまだあった?」
「ちょっと待てよ。……ないな」
このタイミングでストックが切れるなんて、ついてないとしか言いようがない。
仕方ない。ここはひとっ走りしてとっとと買ってくるか。
「じゃあ私が買いに行ってくるから、留守番よろしくね」
「へっ? いや、顔も知らない俺よりも面識のある母さんが家にいるべきだろ」
「だって優希人今から着替えたりしないといけないわけでしょ? その間に来ちゃうといけないし。じゃ、行ってくるわね」
「あっ、ちょっ……!」
止める間もなく、母さんは家を出て行ってしまった。
向こうから連絡あるだろうし、なおさら連絡先を知ってる母さんが家に残るべきだと思うんだが……うん、もう諦めてとっとと着替えて出迎えの準備をした方がいいな。
気持ちを無理矢理切り替えて、自分の部屋に駆け上がり、ズボンを脱ぐ――。
――ピンポーン。
と、同時にインターフォンが鳴った。
「やっべ!? もう来たのか!?」
早えよ! マジでなにも準備出来てないんだけど!
出来てないどころかズボン脱ぎ下ろしてパンツとTシャツなんだけど!
「だぁっ、もう! こういう時に限ってスッと履けねえんだよちくしょう!」
バタバタとズボンを履き、ドタバタと階段を駆け下りる。
無駄に足をもつれさせながら、どうにか玄関を開けた。
「す、すみません! お待たせしまし……た……」
扉を開けた先に立っていたのは、1人の女の子だった。
いきなり扉を開け放ったせいで、表情はびっくりしてどこかまぬけっぽくなってしまっているが、十分可愛いと言ってもいい顔立ち。
春風が吹いて、その女の子の柔らかそうなふわふわとしたセミロングを揺らしていく。
「ぇ……ぁ……」
目の前の女の子を改めて視界に入れると、どうしたことか、俺の心臓はどくりと大きな音を立てて、明らかにいつも以上のリズムを刻み始めてしまった。
その子と目が合うと、顔が熱くなってきて、舌がもつれて言葉が上手く出てこない。
そのまま数秒ほど見つめ合ってしまい、女の子はびっくりした表情から、次第に困惑気味の表情へ変わっていく。
「あ、あの……?」
やがて、痺れを切らしたように、女の子が口を開いた。
や、やっば!? なにか言わないと!
頭が真っ白なまま、俺は勢いのまま頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「――す、好きですっ!」
………………あれ? 俺、今……なんて言った……?
自分がなにを言ったのかすら、分からない。
女の子も突然なにを言われたのか理解出来ないという顔だ。
そんな顔もかわい……じゃなくて!
真っ白な頭の記憶力が間違っていないのなら、俺は今……告白を……。
やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?
バカじゃねえの!? 初対面で、初めて発した言葉が、告白ゥ!?
なにやってんだ俺はァ!
と、とにかくまずは返事を待って……じゃねえよ! 告白の撤回をだな!
どうにかして自分の失態を取り返そうと動かない頭を必死に働かせていると、女の子がゆっくりと口を開き、どんな鋭利な刃物にも負けない切れ味の言葉を口にした。
「え、えっと……ごめんなさい……?」
――こうして、俺こと
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