053.格上の相手!?

 ルキフェルは豪華な短剣を構え、銀色の狼と対峙たいじしている。


 狼といっても、体長は少年の背をはるかに超え。

 素早さと力でも、けものの方が勝っていた。


 静かに少年を睨む、氷のような眼差しに圧倒され、今も動くことが出来ない。


 森の中で巨大な落とし穴に落ちた時に、遭遇そうぐうした黒い狼とはまるで違う。

 戦い慣れているというか、全く隙が無い相手だ。


 ルキフェルには、何処どこを攻撃してもかわされて反撃されてしまう。

 そんな気がしてならないのだ。


 <技能スキル未来視フォーチュン・ビジョンを取得しました>


 少年の頭の中に”天の声”が響くが、全く耳に入っていない。

 目の前の敵に集中している。


 もしも、少年が手に持っているのが短剣ではなく、”古代の量産型ロングソード”であったのなら、刻印魔法エングレイブ・マジックの効果が得られたというに……


 しかしこの状況では、武器を持ち代える事すら命取りだった。


 (それでもやるしかない。マジック・ミサイル)


 高速思考ファースト・シンキング恩恵おんけいを受けて、そこまで瞬時に考えた少年が動いた。


 左手で魔法を発動しながら、右手の短剣で銀色の狼に切りかかる。

 呼応こおうするように狼も跳躍ちょうやくした。


 切りつけた短剣を銀狼が右足で弾き、そのままの勢いで少年の肩に噛みつこうとする。

 ルキフェルは体を捻って銀狼の攻撃をかわすと、そのまま床を転がって魔法を発動した。


 目に見えないミサイルを狼が躱したかに見えた瞬間、魔法の矢が直角に曲がった。

 マジック・アローと違い、マジック・ミサイルには追尾機能がある。


 パッーン!


 魔操法マジック・メソッド鍛錬たんれんを積んでいる少年には、透明なミサイルが命中したのが見えている。


 (やった!)


 喜び油断した少年の頭の中が赤く光り、敵が攻撃してくる姿が脳裏に映し出された。

 魔法の攻撃を喰らい、吹き飛ばされたはずの狼が空中を蹴るのと同時に、ルキフェルが床を転がる。


 数舜前まで、少年が居た床を銀狼の鋭い爪を生やした前足が薙ぎ払い、追加で噛みつきが炸裂した。

 毛足の長い絨毯じゅうたんが引き裂かれ、糸くずとなって宙を舞う。


 「危なかった~って、えっ!」


 ルキフェルは立ち上がり、短剣を構えたところで、自分の失態しったいを悟った。

 彼は丸いテーブルの前に立っていて、目の前で狼が彼の事をにらんでいる。


 そしてそのすぐ後ろには、震える美少女が立っていた。


 (しまった、僕はなんてバカなんだ!)


 今は敵が少年を狙ているからよいが、ターゲットを変えられたら、それでお終いだった。


 「疾風しっぷう乱れ切り!!」


 ルキフェルは何も考えずに、必殺技を発動した。

 距離が近かったことも有り、風に乗った体が、あっという間に敵に肉薄する。


 ズサ


 最初の一振りが命中した。

 銀色の毛の中から、赤い血が飛び散る。


 しかし2撃、3撃と振った短剣が空を切る。

 どうやら、意表を突けた初撃だけが命中したようだ。


 上下左右から繰り出される短剣の攻撃が、次々と躱されていく。

 目の前にいる銀狼の動きは、サクラ師匠よりも鋭く、そして早かった。


 「アキラ君!ホーリー・アーマー」


 <神聖魔法、聖なる鎧ホーリー・アーマーを取得しました>


 縦横無尽に動く少年の体を白い光が包み込み、少女と天の声が冷静さを取り戻してくれた。

 ルキフェルは残りの攻撃を牽制けんせいに切り替えると、そのまま少女の前に着地した。


 場所が入れ替わったことで、心に余裕が出来る。

 しかも体を魔法の鎧が包んでくれていた。


 それに敵から威圧を感じていても、殺気を感じていなかった。

 それは敵の攻撃が、全て急所では無い所を狙っていた事にも表れている。


 そう、最初に飛び掛かられ、頭を食べられそうになった時も、一瞬だけ攻撃が止まったのだ。

 だから、まだまだ未熟な少年でも、短剣で受け止めることが出来ていた。


 「僕たちは貴方を倒しに来たのではないのです。そこの女の子を返してもらえませんか?」


 少年の訴えに、険しい顔で威嚇いかくしていた狼の目が細められる。


 『それはできない相談だ。このまま立ち去るのであれば、今回は見逃してやろう』


 精霊とも違う、男性の冷たい声が頭の中に響く。


 <技能:念話テレパシーを取得しました>


 そしてまたルキフェルは、新しい技能を取得した。

 ただ、同時に狼のテレパシーを聞き、同じ条件下にあるセレーネーは、念話を取得しなかった事を少年は知らない。


 「アキラ君。これって……」

 「うん。ただの狼じゃないんだ」


 目の前に居る銀色の狼の身のこなしは、野生動物とは違い洗練されたものであった。

 野生の勘で反射的に動くのではなく、こちらの行動を読んで計算しているような。


 それに、一度も唸り声を上げて居なかった。


 「僕も約束をしたから、その子を連れて帰らないといけないんだ」


 ルキフェルは、敵から目を離さないまま短剣を鞘に収めると、刻印魔法が施されている古代の量産型ロングソードを抜いた。

 そして魔法のベルトから、ミスリル製のカイトシールドを出して左手に装備する。


 今できる最高の装備。


 『よかろう。その心意気に応えて、私も本気を出すとしよう』


 銀色の毛に覆われた動物が、その体に煙を纏い変化を始めた。

 ゆっくりと四足歩行から起き上がり、二足歩行へと……


 「えっ、嘘でしょ……人間だったの……」

 「美月さん。逃げて……」


 ルキフェルは見てしまった。

 敵のステータスを……


 銀色の鎧に包まれた偉丈夫いじょうふのレベルは、なんと58もあった。

 あの死闘を繰り広げたマンティコアと同じ……


 しかも男がまとっている鎧は、ほのかな光を発している。

 魔法の鎧マジック・アーマー


 それに対して、今のルキフェルのレベルは31。

 しかも、あの時と違って女神の応援デア・エールを受けていない。


 歴戦の騎士と相対するには、力量だけでなく戦闘力でも劣っていた。


 それでも逃げることが出来ない少年は、ロングソードに魔力を送り込んだ。

 刀身の両面にほどこされた刻印エングレイブが輝き、オレンジ色の炎に包み込まれる。

 これで攻撃力だけでなく、攻撃速度までが上がる。


 『ほぉ~~、幼いのに面白い物を持っているな。しかし……』


 それは変哲もない攻撃だった。


 <必殺技、朧月おぼろづきを取得しました>


 銀色の鎧を着た騎士が銀のロングソードを抜き、剣を構えるでもなく、つかつかと少年に歩みよって来る。

 そして、ゆっくりと剣を振り上げてから、振り下ろしたのだ。


 素人だろうが、子供だろうが避けられる、ゆったりとした攻撃。


 なのに避けられない。


 体が動かないというよりは、攻撃として認識出来ていない、と言った方が的を得ている。


 ルキフェルは何も出来ないまま、自分が首を切り落とされる姿を未来視によって見た。


 (僕は死ぬんだ……)


 それだというのに恐怖すら感じていない。

 少年の後ろに立っている美月もまた、ただただ見ている事しか出来なかった。


 「やめてクラース……」


 よどむ事なく動いていた銀のロングソードが、ピタリと止まった。

 刀身から放たれている淡い光が、ルキフェルの首筋に触れている。


 「お嬢様。何故こちらに」


 銀髪の偉丈夫いじょうふが振り返った先には、黒いドレスを着た少女が立っていた。

 まるでフランス人形が着ているような、ふんだんに布が使われたドレス姿だ。


 ウエーブした金色の長い髪に、燃えるような赤い目の少女……

 肌は蝋のように白い。


 (アルビノかな……)


 ルキフェルこと明星アキラは、鏡の中の自分の姿を思い出した。

 しかしたたずんでいるだけの少女の姿は、どこまでもはかなく、そして今にも消えてしまいそうだ。


 「貴方あなたの血の匂いがしました」


 よく見れば偉丈夫の脇腹に血が滲んでいる。

 何も考えずに放った”疾風乱れ切り”の初撃が与えた傷だと分る。


 「お休みのところ、起こしてしまい申し訳ありません」


 剣を抜いたままの騎士が床に片膝を付き、頭を下げている。

 だからと言って、油断しているわけではなく、直ぐにでも少年を切る事が出来る。


 そんな感じだ。


 そしてルキフェルは子供ながらに、そのドレスを着た少女が騎士のあるじであり、自分の命の恩人なのだという事を理解した。


 「あの……そこで寝ている女の子、チコちゃんを返してもらえませんか?」


 ルキフェルは、燃え盛るロングソードを鞘に収めた。

 鞘が燃えてしまわないか心配だったが、平気なようだ。

 ちゃんと火が消えている。


 光る赤い目が少年を見た。


 「そうよね……。いいわ。家族と一緒の方が幸せよね……」


 人形のような少女の顔が曇った。

 しっかりとした話し方をしているが、背は明星や美月よりも低く、顔立ちも幼い。

 ちょうど、ソファーの上で眠る少女と同じぐらいに見える。


 (もしかして……)


 ルキフェルは口を開いた。

 思ったことを伝える為に。


 「あの~……もしよかったら、僕と友達になりませんか?」


 少年は寂しそうにする幼い少女を見て、男子生徒から取り残された時の自分を思い出した。

 その時は、直ぐに女子達が遊んでくれたからよかったが、それでも寂しい物だった。


 「えっ、良いの?」

 「お嬢様……」


 ぱっと顔を輝かせた少女の前に、銀色の偉丈夫が立ちはだかる。


 ルキフェルには少女もまた、人間では無い事が分かっていた。


 吸血鬼ヴァンパイア、それが少女の種族名だ。

 そして銀色の男は、狼男ウルフ・マン


 二人供に人外の生き物。


 魔物だ。


 しかし知性がある。


 「うん。僕はルキフェルで、彼女はセレーネーさん。ごめんなさい。勝手に家に入ってしまって……」

 「そうですね。あの……よろしければ傷を治しましょうか?」


 間違いなく、この屋敷の住人は、幼い少女と銀色の騎士だ。

 ちかけてはいるが、きちんと掃除がなされていた。


 それにソファーに眠る少女は、怪我をしていない。

 それどころか、毛布を掛けてもらい、穏やかな寝顔を見せている。


 そして侵入者は、まだまだ幼い冒険者、ルキフェルとセレーネーの方であった。


 「ありがとう……ございます……」


 幼い少女の赤い瞳から、こぼれ落ちたしずくが答えだった。

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