052.恐怖のお化け屋敷!?

 僕と美月さんは、お化け屋敷の廊下を歩いている。

 僕達の周りだけを、ホーリーライトの聖なる光が照らしだす。


 この屋敷は床が腐るほど古いみたいだけれど、意外と汚れていなかった。

 誰かが掃除しているのか、きしむ音をたてている木の床には、埃が溜まっていない。

 それどころか、白い光を反射している。


 もしかしたら、誰か住んで居るのかな?

 でも綺麗だから、山賊とかの悪い人が隠れ住んでいるわけではなさそう。


 という事で、目的はチコちゃんという女の子の救出なので、小声で呼びかけてみる。


 「チコちゃーん。いたら返事して~~」


 しかし返事は無かった。

 さっきはコウモリが居たけれど、ネズミや幽霊も出て来ない。


 「迷子になったのかしら?」

 「ん~どうだろう~……、小さな子供だから、泣き声が聞こえてもよさそうだけどね」


 美月さんが言う通り、争った気配がないことから、魔物に襲われた可能性は低かった。

 って、なんだか刑事ドラマの現場検証みたいになってきた。


 でも、魔物とかゾンビが居れば、もっと荒れていると思うんだよね。

 ただ、実態を持たないお化けだったら、そうはならないよね……きっと。


 もしかしたら、反対側の廊下かも知れないし。


 念のために一つ目の部屋を覗いてみる。

 中庭に面している部屋のドアノブに手を掛け。


 ギィ~~……


 部屋の中には、背が低いテーブルとイスが4個、あと小さなタンスが置いてあった。

 どの家具にも白い布が掛けられていて、長いこと使われていないみたい。


 「ふ~~……何もいなね」

 「う、うん……」


 念のために部屋の中を見回してみたけれど、女の子もお化けも居なかった。

 ただ、美月さんが僕の背中の辺りで服をギュッと掴んでいて、何となく距離が近い気がする。


 「そ、それじゃ~もう一つの部屋も覗いてみるね」

 「うん……」


 僕は背中越しに、憧れの美月さんを感じて、少しドキドキしながら、廊下の反対側にあったドアを開けた。

 さっきよりも大きな部屋に、何か白くて小さな物がフワフワと浮かんで……。


 (???風船かな?)


 その時、白くてモヤモヤとした塊が、僕達を振り返った。

 そう、振り返ったんだ。


 そこには、可愛い顔があって……って!!


 「グゥワーーーーーー!!!!」


 突然、白いモヤモヤが部屋一杯に膨らんで、一緒に大きくなった顔が口を開けた。


 まるで口裂け女みたいに!!


 しかも大きな声を出して、僕達を呑み込もうと、凄い勢いで迫って来る。


 「ヒィッーーーお化けーーー!!!」

 「キャーーーーーーーー」


 あまりの迫力に僕は腰を抜かし、美月さんも悲鳴を上げて頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 ピカーーー!


 その時、僕が床にお尻を着いたことによって、美月さんの胸の前に浮かんでいた、ホーリーライトの白い明かりが部屋を照らし出した。


 「キャッ」


 今度はお化けから小さな悲鳴が上がって、でっかいお化けが嘘みたいに姿を消した。


 「あれ?」


 そして半透明になった白い風船が、フワフワと漂いながら、コソコソと部を出て行く。

 もしかして、あれがお化けの正体なの?


 (はぁ~……漏らさなくってよかった)


 僕は急いで立ち上がると、美月さんに手を差し出した。


 「もう大丈夫だよ」

 「ほ、ほんとですか……」


 「う、うん。美月さんのホーリーライトに驚いて、逃げて行ったよ」

 「はぁ~~……、よかった……」


 硬く瞳を閉じていた美月さんが、ほっとしたように僕を見上げている。

 それに、彼女が立ち上がる時に、男らしく手を貸すことが出来た。


 「それにしても、ここは本当にお化け屋敷だったんだね」

 「そうですね。でもホーリーライトで逃げるという事は、下位のゴーストのようです……たぶん」


 美月さんが、自信なげに下を向いた。


 「なら大丈夫だね!僕もホーリーライトを出すよ」


 僕は美月さんを勇気づけるために、覚えたての魔法を使って、ホーリーライトを出した。

 二つの白い光が、大きな部屋の隅々までを照らしてくれる。


 それからは、明るくなったからか、ゴーストもコウモリも出て来なくて。

 どの部屋も空っぽだった。


 そして廊下の行き止まり、一番奥にある両開きドアの前まで来た。

 他と比べても立派な作りをしている。


 僕はドアの取っ手に手を掛けると、美月さんと目を合わて頷いた。


 キィーーーーー


 油の切れた蝶番の音が闇に響く。


 これまでで一番大きな部屋には、複雑な模様が描かれた絨毯が敷き詰められている。


 談話室だろうか。

 存在感のある石組みの暖炉の前には、ソファーと円形のテーブルとが、ポツリと置かれている。


 どちらも優雅な曲線を描いたエレガントな品だ。


 その昔には、他にも椅子やテーブルが置かれ、住人が思い思いの場所でハーブディーを飲み。

 本を読んだり、世間話に花を咲かせていたであろう光景が目に浮かぶ。


 しかし今は絨毯だけが敷かれ、一組のソファーとテーブル以外はガランとしている。


 そして、ベルベット地のソファーの上には、一人の少女が横たわり。

 丸いテーブルの下には、銀色の長い毛に覆われた一匹の狼が、静かに眠っていた。


 一人と一匹を暖炉の火が照らしていて、とても温かそうだ。


 しかし、少女が着ている服は質素な物で、この屋敷の雰囲気には合っていなかった。


 その事に気が付いたルキフェルが一歩を踏み出すと、狼の耳がピクリと動いた。


 キーーーーーー……ン


 張りつめた静けさに耳鳴りが聞こえ。

 ハスキー犬よりも二回りは大きな体躯をした狼の顔が上がり。

 静かに開いた目に、ホーリー・ライトの白い光が反射して青く輝いた。


 場の張りつめた空気に圧倒された少年が、慌てて短剣を構える。

 その後ろに控えるワンピース姿の少女も、胸の前で華奢な手を組み、息を飲んで見守っている。


 たった一匹の狼に睨まれているだけだというのに、ルキフェルは脂汗をかいていた。

 短剣を握る手にも自然と力が入る。


 それでもルキフェルは、一歩を踏み出した。

 小さな男の子との約束を守るために。


 「っ……!!」


 それは一瞬の出来事だった。


 狼が起き上がると同時に音もなく跳躍して、そのままルキフェルに襲い掛かったのだ。

 しなやかな体躯を覆う銀色の毛が、さざ波のように揺れ、暖炉の火を反射して輝く。


 しかもその体長は、少年よりも遥かに大きかった。


 鋭い牙が並ぶ口が、獲物の頭を捕らえようと大きく開く。


 ガチン


 硬質な牙と金属が噛み合う音。


 「アキラ君……」

 「くっ、大丈夫だよ。美月さん……少し下がって」


 ルキフェルが、狼の攻撃を豪華な短剣で受け止めている。

 ただ体重でも勝る敵の方が、力は強かった。


 じわじわと短剣が押し戻されていく。

 あと5cmも下がれば、鋭い刃が顔に触れてしまう。


 (負けるもんか……マジック・アローーーー!)


 ルキフェルは心の中で魔法を唱えると、左手を狼のお腹に当てた。

 青くて小さな魔法陣が素早く描かれる。


 「よし、今だ!」


 少年は魔法の発動と同時に反撃に出ようとした。

 しかし銀色の狼の方が速かった。


 魔法の発動を察知した銀狼ぎんろうが、一足先に大きく後ろに飛び退いだのだ。

 それでも少年は前に出た。


 守らなければならない少女と距離を取るために。


 一方のセレーネーこと美月は、ルキフェルに会うまで冒険に出たことが無かった。

 彼女の仕事は、もっぱら教会に来た怪我人や病人の治療であったから。


 それでも病院が少ないこの世界では、彼女は貴重な存在であった。


 しかし今は違う。

 経験不足から状況を判断する事が出来ずに、神聖魔法を使いルキフェルを援護バックアップする事が出来ていない。


 前に飛び出したルキフェルは、先手を取った敵の動きから、相手を格上だと睨んでいた。

 その証拠に、自動的に発動した鑑定スキルが失敗している。


 少年が得意な間合いで立ち止まる。

 手にしているのが短剣だからか、かなり近い。


 今もルキフェルは、油断することなく短剣を構えているが、ただ佇んでいるだけの銀狼から、物凄いプレッシャーを感じていた。

 後ろに下がりたいという欲求を、必死に堪えている。


 剣を教えてくれているサクラ師匠よりも、格上の相手……


 (勝てないかもしれない……)


 滲み出た汗を拭うことすら出来ず。

 少年には、油断なく相手を警戒することしか出来なかった。

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