045.因縁の対決 再び!?

 「ゲッフッ、ケッフッ、ケッフッ、大丈夫ですか……お爺さん」

 「わ、儂の最高傑作がーーーー!!!」


 巨大な脚に踏み潰され壊れた噴水を見て老人が嘆いているが、今はそれどころではなかった。


 ルキフェルが視線を上げた先には、大型トラックよりも大きな猛獣の顔がある。

 少年の目が大きく開き、白い顔が青ざめて行く。

 この世界に来て、初めて会った大型魔獣……


 「マ……マンティコア…………」


 ギロリ!!


 少年の震える呟きを聞き取った巨大魔獣と目が合った。

 バスケットゴールよりも高い所にある、猛獣の目が見下ろしている。

 たてがみに覆われたライオンの頭は、砦のような外壁よりも高く。

 その影の中に破壊された噴水だけでおなく、老人と少年の体がすっぽり入っている。


 獲物を怯えさせずにはおかない威圧感と、圧倒的な質量差に足が震えてしまう。


 (まずい。お爺さんを逃がさないと)


 それでも危険を感じ取ったルキフェルは、ベルトのボタンを押すと同時に老人の体を抱えて逃げ出した。

 自分の事よりも、他人の身を案じて。


 ピカーーーー!!


 フラッシュの光りに驚き、僅かにのけ反ったマンティコアの前足が空を切った。

 その掌の大きさは、少年と変わらない。

 たったの一撃で、大人の上半身すら吹き飛ばせる威力。


 「グゥオオオーーーーー」

 「うわぁーーー化け物だ逃げろーーー!!!」


 もろに目潰しを喰らい、苛立ったマンティコアが上げた咆哮ほうこうに、中庭で槍の訓練をしていた兵士たちが、散り散りになって逃げて行く。

 200人以上も居る、訓練された大人の兵士だというのに。

 そんな中、一人だけ勇敢な者が居た。


 「化け物がーー、死ねーーーー!!」


 力の限りに投げられた槍が、弧を描いてマンティコアの顔を掠める。


 「グゥオーーーーー!!!」


 偶然にも兵士が投げた槍が、大型魔獣の髭を折ってしまった。

 怒りに燃えたマンティコアが、兵士達に向って飛躍する……


 「はぁ、はぁ、お爺さんは、ここに隠れていてください」


 難を逃れたルキフェルは、屋敷の影に老人を避難させた。


 「お主、まさか1人で立ち向かうつもりか?」

 「はい。そうしないと沢山の人が死んでしまいますから……」


 今も猫がネズミを弄ぶように、兵士達が吹き飛ばされている。


 「よいか。勇敢と無謀を履き違えるのではないぞ。命があっての物種じゃからの~」

 「分りました!では行きます」


 意を決したルキフェルが敵に向かって走り出す。


 不思議な老人の助言で、ルキフェルは冷静になる事が出来た。

 恐ろしく強い敵だという事は、十分に理解している。

 それでも今は、LVも上がり剣だって持っている。


 いつの間にか体の震えも止まっていた。


 まずは相手のステータスを確認する。


 マンティコア

 LV58


 スキル

  猛毒ニードルアタック

  溶解ブレス

  超回復


 それに対して今のルキフェルは、LV19の魔法戦士X。


 LV10にも満たないとはいえ、大勢の兵士がネズミのようになぎ倒されている所を見ると、LV差の壁は大きく勝ち目がない事はハッキリとしている。

 ただ、敵の遠距離攻撃は溶解ブレスしか持っていなかった。


 (姫様がいてくれたなら……)


 これまでの戦闘において、作戦を考えるのは、マリア王女の役目だった。


 彼はこれまで、彼女の指示に従うだけで、最大の戦果を挙げることが出来たのだ。

 しかし彼女は、まだ屋敷の中にいる。


 さらに近接戦が得意なサクラ師匠も居ない事から、遠距離攻撃に専念することも出来ない。

 かといって彼が近接を引き受けても、援護すべき遠距離タイプのメーティスもアメリアも居ない。

 もっと悪いことに、回復役のセレーネーも不在だった。


 (1人でやるしかない)


 今出来る作戦は、遠距離攻撃で出来る限りダメージを与えてからの近接戦しかなかった。

 作戦と呼ぶにはシンプルな、正攻法ともいえる戦い方だ。


 <技能スキル高速思考ファースト・シンキングを取得しました>


 極限状態に置かれたルキフェルが頭をフル回転した事で、新たなスキルを獲得した。

 彼は数舜のうちに、ここまでを思考していたのだ。


 本人はまだ気が付いていないが、高速思考によって周りの動きがゆっくりに見えている。


 ルキフェルはマンティコアが、魔法の射程に入った所で立ち止まった。

 メーティスとの修行で、魔法の基礎は学んでいる。


 今の彼は、メインとなる胸にあるMPは満タンで、ストック分は左手だけだった。

 右手のMPを噴水とロングソードに使ってしまったのが悔やまれる。


 つまりMPは合計で200%だ。

 一番攻撃力の高いラージ・サンダーを最大で2回撃てるが、範囲が広すぎて兵士たちを巻き込んでしまう。

 しかも動けなくなっている兵士が、大勢い地面に横たわっている。


 同じ理由でファイア・ボールも使えない。


 200人を超える兵士たちには、もはや戦意は無かった。

 ただ悲鳴を上げて、逃げる事しか出来ていない。


 残る攻撃魔法は、マジック・アローか、マジック・ミサイルだが……

 消費MPが少ないマジック・アローの方が、数を撃てる分、大ダメージを与えられる可能性がある。

 ただし、流れ弾が兵士に当たってしまう恐れがあった。


 (マジック・ミサイル5個!)


 結果、必ず命中するマジック・ミサイルを5個放つことにした。

 これでMPを100%も使用してしまう。


 「マンティコア!僕が相手だ!!」


 少しでも被害を抑えるために、ルキフェルは危険を承知で大声で叫んだ。

 これで今にも襲われようとしている3人の兵士が救われるはず。


 5個の青白い魔法陣から発生した無色のミサイルが、一斉にマンティコアに襲い掛かる。

 魔操法の段が上がったことで、少年は透明なミサイルを視認出来るようになっていた。


 慌てて空に逃げようと、コウモリの羽根を羽ばたかせた巨体を追って、ミサイルが一斉に急上昇する。


 スパ、スパ、スパン……!!


 着弾と共に爆発こそしないが、命中箇所の肉が抉れて血が飛び散っている。


 「グォーーー……」


 全弾が命中し、敵を撃ち落とすことに成功した。


 (よし!)


 敵のHPバーが減っている。

 たったの1/10……


 (駄目だ勝てない)


 同じ攻撃をしても2/10しかHPを削れない。

 しかも超回復のせいで、見る見るうちにHPが回復していく。

 早くも傷口が、塞がり始めているほどだ。


 「グッウォーーーーー!!」


 敵は魔法攻撃に驚いて逃げるどころか、怒りに目を赤く光らせて向かって来る。

 どうやら完全に怒らせてしまったようだ。


 「ちょっと厳しいかもしれない……」


 ルキフェルはロングソードを握りしめると、左手に持ったミスリル製のミドルシールドを構えた。

 フルプレートアーマーは、ここに来た時から着たままだ。


 そう、少年には、まだ近接戦がある。


 ただし、魔法の詠唱中は移動不可という制約があり、近接戦闘中は魔法が使えない。


 マンティコアが背中に生えたコウモリの翼を使って、一息で距離を詰めてくる。

 右から襲い掛かて来た前足を頭を下げて躱しかわし、反対から来た鋭い爪をミドルシールドで弾く。


 「くっあっ」


 少年は、まるでバイクと衝突したような衝撃を受けて、吹き飛ばされてしまった。

 あまりにも大きすぎる体格差が、運動エネルギーとなって襲い掛かて来たのだ。

 土煙を上げながら地面を転がり、それでも何とか起き上がる。


 ミスリル製のミドルシールドと、フルプレート・アーマーの高い防御力のおかげで怪我はしていない。

 それでもHPが減っている。


 このままではジリ貧だった。

 相手のHPはそろそろ全快するというのに、こちらは減る一方なのだから。


 (いや、避ければいいんだ!)


 ルキフェルは師匠の教えを思い出し、すぐさま戦い方を修正した。


 回避に専念して、敵の攻撃をかいくぐり続け。

 水の流れのように滑らかな動きで、敵の力をいなして行く。

 それでもよけきれない時には、盾を使って敵の攻撃を受けとめるのではなく、角度を付けて受け流すようにする。

 それでもダージが入るが、軽減されている。


 特に高速思考のおかげで、敵の動きが遅く見えるのが功を奏した。

 それでも自分のスピードが上がったわけではないから、判断を誤れば攻撃を受ける可能性が高い。


 (行ける!)


 次々と襲い掛かる前足の攻撃を躱して、ようやく剣を当てることが出来た。

 それでも10回の攻撃を躱して、1度攻撃できるかどうかといった感じだ。


 しかしそれでは、マンティコアの超回復の回復速度を上回ることが出来ない。

 そして力だけでなく、スタミナでも相手の方が上だった。


 こちらは人間で、相手は魔獣だ。

 しかもLVは、3倍も相手の方が上。


 ただ冷静さを失っていないルキフェルは、焦るかとなくチャンスを待ち続けた。

 むしろ相手の方が、攻撃が雑になっているのがよく分かる。


 早く終わらせようと大ダメージを狙っているのか、攻撃が大振りになっているのだ。


 ひたすら攻撃を避け、敵の隙を狙って攻撃をする。

 止まったら終わり。

 師の教えを忠実に守る。


 そしてようやく、その時が来た。


 敵が半歩だけ下がった。

 今までは、前のめりになって攻撃していたいうのに下がったのだ。


 別の攻撃が来る。


 しかも大きな口は開かれていない。


 残る攻撃は、猛毒ニードルアタックしかなかった。

 頭上から襲い来るサソリの尻尾をバックステップで躱しながら、こちらもカウンター狙いで必殺技を使う。


 「秘儀!疾風乱れ切り!!」


 敵の弱点は、このサソリの尻尾の可能性が高かった。

 前回の戦いでは、サクラが尻尾を切り落としたことで、敵は一時的に行動不能に陥っていたのだ。


 その間に攻撃が出来れば、もしかしたら……


 スキルの発動によって、金属鎧を纏った体が急加速する。

 風を切って疾走しているが、コントロールがまったく効かない。


 (うわぁ~~はっ、早すぎるよ~……)


 まるでジェットコースターに乗りながら、剣を振るようなものだった。


 想定外の事態に思考が乱れ、冷静な判断が出来ない。

 一陣の風となった体が巨体の周りを飛び回るが、いくら剣を振っても当たらない。

 加速によるGと、急カーブによる遠心力が邪魔をしているのだ。


 ぶっつけ本番でスキルを発動したことによる習熟度の低さと、ステータス不足が災いした。

 特に命中率に作用する器用さが低すぎる。


 「敵をよく見るのです!」


 出鱈目に剣を振っていたルキフェルの耳に、凛っとした声が届く。


 ガツ


 (やった!)


 「グゥオーーー、オノレ……」


 最後の一振りが、奇跡的に尻尾に当たった。

 飛び散った紫色の体液が顔にかかるのを防ぎながら、何とか転がりながら地面に着地する。


 「危ない!!……」


 ルキフェルの体を包み込んだ小さな体が、代わりに吹き飛ばされてしまう。


 「クッアッ……」

 「し、師匠…………」


 敵に背を向けて着地してしまった彼を、サクラが身を挺して守った。

 紺色の正装に包まれた背中に、3本の赤い線が走っている。


 「またキサマか……今度こそ死ぬといい」


 マンティコアの口が大きく開かれる。


 今度はルキフェルが、彼女を守る番だった。

 ミスリル製のシールドと金属鎧を着た体を広げて、サクラの前に躍り出る。


 (マジック・アローー!!全弾発射!!)


 しかもカウンターを狙って、MPの限りに魔法で出来た矢を放った。

 目の前にある大きな顔に、外れるわけが無い!


 紫色の煙を吐き出す大きな口の中へ、6発の不可視の矢が吸い込まれて行く。


 スパッン、スパッン、スパッン、スパッン、……

 グチャ、グチャ、グチャ、グチャ……


 「グゴォーーーーー……ヨ、ヨクモ……」


 ルキフェルが膝を着くのと、マンティコアの巨体が崩れるのは同時だった。


 溶解ブレスの直撃を受け、金属鎧までが溶けてしまった。

 ミスリル製のシールドに守られたところ以外は、殆どが溶け落ちている。


 <特殊効果、女神の美肌の効果で溶解ブレスのレジストに成功しました>


 「はぁ、はぁ、はぁ、勝った……かな……」


 ルキフェルは何とか剣で体を支えながら立ち上がり、マンティコアを見た。

 それだというのに、1/3しか減っていない敵のHPゲージが回復を始めている。


 やはりと言うべきか、彼の力だけでは倒すことが出来なかった。


 その様子を館から出て来た、マリア王女とギルドマスター、そしてこの屋敷の主であるベンハミン男爵が見ている。


 「ちっ、あれは魔将軍ガウヴァーじゃねーか」

 「ひぃ~~、まっ、魔将軍だと~~、もう……もうお終いではないかーーーーー!!」


 ギルドマスターの呟きを聞きつけた領主が、鼻水を垂らしながら全力で屋敷の中に逃げ込む。


 「はぁ~本当にクズね……。それにしても、どうして此処に……」

 「ふっん、知らねーが、俺が出るしかなさそうだな……」


 どこからともなく取り出した巨大なランスを、肩に担いだギルドマスターがずいっと前に出る。

 ランスと呼ぶには複雑な形状をしたそれは、ブレード状になった先端の下側に、大口径の銃口のような物までが付いている。


 「まだよ。もう少し待ちなさい」

 「でもよう、坊主が……ありゃ~限界だぜ」


 ボロボロとなった金属鎧を纏ったルキフェルが、何とな立ち上がっているが、フラフラとして今にも倒れそうだ。

 そして彼を庇って背中に重傷を負ってしまったサクラは、地面に倒れたまま動くことが出来ていない。


 「…………」


 それでも、黙って戦場を見つめるマリア王女の視線の先には、灰色のローブを纏った一人の女性が静かに佇んでいた。

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