5章.忍び寄る獰猛な影

044.謎の老人と刻印魔法?!

 領主の館から出たルキフェルが、中庭を縦断して門に向かう道をトボトボと歩いている。

 陽光を反射してキラキラと輝く鎧と違い、彼の心は曇ったままだ。


 「はぁ~また失敗しちゃったのかな~、僕……」


 彼から見て右手の広場では、今も大勢の兵士が槍を振っているのだが。

 マリア王女が居ないというだけで、ダラダラとしてやる気のない動きになっている。

 中には木陰で休んでいる兵まで居るありさまだ。


 大人の裏と表を見せつけられ、ルキフェルの心が更に落ち込む。


 現実世界でも高圧的な教師は居るし。

 大人というだけで子供をバカにして、威張る人だって居る。


 ただこの世界では、それ以上に身分の差と言う明確な違いが存在していた。


 年上の村長に威張り散らしていた領主が、今日は年下の王女様の前でヘコヘコしているのだ。


 しかも相手の身分が高いと、たとえ悪い事をしていてても、身分が低いというだけで、止めることが出来ないらしい。


 ただ200人を超える兵士を見せられてしまうと、逆らえないのも分る気がしてきた。


 さっきだってルキフェルは、10人の兵士に囲まれて、危なく地下牢に放り込まれるところだったのだから。

 例え剣を振って暴れたとしても、200人に囲まれれば勝てるわけが無い。


 「なんじゃ。若いのが白けた面をしおって……」

 「へっ?……」


 突然、足元から老人の声がした。


 ルキフェルは驚いて、声がした方を見てみると、土の入っていないレンガ造りの花壇の中で、老人が何かを書いていた。

 興味を覚えて覗き込んで見ると、老人が指先から青白い光を出して、レンガで出来た床に魔法陣を書いている。


 「…………」


 とても集中しているのか、じっと見つめているルキフェルの事など気にせずに、次々と魔法陣を刻み込んで行く。


 「あの~~何を作ってるのですか?」


 痺れを切らしたルキフェルが、好奇心に目を輝かせて尋ねた。


 「見れば分かるじゃろ。魔法陣を刻み込んでるんじゃ」


 (それはそうだけれど…………)


 どうやらこの老人は、随分と偏屈な性格をしているらしい。


 <刻印魔法エングレイブ・マジックを習得しました>


 「えっ、刻印魔法?」

 「ふっん、ちょっとは知っておるようじゃの~。ほれ、丁度、完成したところじゃ。魔力を流し込んでみ~」


 ルキフェルは天の声に反応しただけなのだが、早とちりした老人が腰を伸ばしながら土の入っていない花壇から外に出て来た。


 「は、はい」


 慌てて返事をしたルキフェルが、入れ替わりに花壇の中へと入る。

 そして深呼吸をすると魔操法を使って、掌から出した魔力を魔法陣に向って流し込んだ。


 ジョッパッーーーーーーーーーーーー


 「バカもん!魔力を流しすぎじゃ。そもそも中に入るバカがどこにおるかーーー!!」

 「ええ~~そんな~~~」


 なと老人が造っていたのは、魔法の噴水だった。

 何もない所から吹き出した水が、水柱となって上がっている。

 おかげで少年は、ビッショリになってしまった。


 「まったく。今の若いもんは力の加減を知らんから困る」


 ブツブツと言いながら老人が、噴水に向って手をかざすと水柱の勢いが収まった。


 「すみません……うわぁ~凄い……」


 池から出たルキフェルが目にしたのは、見たことも無い噴水だった。


 小さな水柱が次々と上がるのは当たり前で、そこから浮かび上がった水玉が、空中で弾けて幾つもの虹を作り出し。

 水面から飛び上がった水の魚が、その虹の橋を次々とくぐって行く。

 まるで遊園地の一大アトラクションか、サーカスのような眺めだ。


 今度は水で出来た蔦が伸びて花を咲かせた。

 その周りを蝶がヒラヒラと舞い踊る。


 あまりにも幻想的な光景に言葉も出ない。


 「どうじゃ。刻印魔法を覚えてみたくなったじゃろ?」

 「はい!最高の芸術だと思います」


 少年は母と一緒に見る事を夢見て、目を輝かせた。

 自分の作品を褒められて気を良く老人が、ルキフェルに尋ねてくる。


 「今なら5冊で金貨20枚じゃ」


 どこからともなく取り出した魔法書を老人が持っている。

 刻印魔法の初級、中級、上級、実践編、応用編。


 「残念……僕、金貨を3枚しか持ってないのです……」

 「ふむ、見た目の割には大したことが無いの~。仕方がない。本当は1冊金貨5枚なのじゃがな。初級編だけ売ってやろう」


 老人はルキフェルの立派な鎧と服を見て、貴族と勘違いしていた。


 「ありがとうございます。お師匠様と呼んでも良いですか?」

 「なんと!じゃが儂は弟子を取らん主義での~。餞別代りじゃ。剣を貸してみ~」


 「は、はい」

 「ふむ、なかなか見事なロングソードじゃの~。これは随分と年代物じゃな……。よし今日だけは特別じゃぞ。見本をみせてやる」

 嬉しそうに頷いた老人が、”古代の量産型ロングソード”の刀身に刻印を始めた。

 最初にY字を描いて3分割にする。

 そして次々と光る指先でルーン文字や記号を書き込んで行く。


 <刻印魔法、パワー・ブーストを取得しました>

 <刻印魔法、スピード・ブーストを取得しました>

 <刻印魔法、ファイアー・エンチャントを取得しました>


 「凄い。攻撃力と攻撃速度の向上。それに火属性の付与までですか……」

 「なんじゃ、お主。知っておるのか?ただ1つのアイテムに3つも刻めるのは、儂ぐらいじゃがの~。ほぉ~ほぉ~ほぉ~」


 ルキフェルは、今まで以上に目を輝かせて見入っている。

 男の子である彼は、争いは嫌いでも、強さへの憧れあこがれを持ていた。


 「はぁ~~そうなのですね。あっ、僕も書いてみていいですか?」

 「ふん。読むことは出来ても、書くことは出来なかろ~って、好きにっせい」


 老人は、腕を組んでふんぞり返って、ルキフェルの事を見ていない。

 自分が造った物に絶対の自信を持っているのか、空を見上げて悦に入っている。


 「出来ました!!」

 「って、おい!!何をしておるんじゃーーー!!」


 ルキフェルが裏紙を使う要領で、ロングソードの裏側に覚えたばかりの刻印を刻んだのだ。

 予想外の老人の剣幕に、縮こまっている。


 「えっ?ここに書いてはダメでしたか?」

 「当り前じゃーーー!儂の話を聞いてなかったかーー!1つのアイテムに刻めるのは……最大で3……ん?6?いや、そんなはずは……。でもまてよ……もしや、ん~~~」


 老人が試しに、ロングソードに魔力を込めたことで悲劇が起きる。


 ブファ~~~~~~


 魔法の武器となったロングソードから噴き出した火柱が、老人の髭を燃やしたのだ。


 「だ、大丈夫ですか……ご老人……」

 「…………凄い。君は天才じゃ。この本を全部持っていけ。そして全てを習得した後に儂の所を訪ねるのじゃ!!良いな!!必ずじゃぞ!!!」


 「えええええ、は、はい。じゃ~、ありがたくいただきます」


 嬉しそうに5冊の本を抱えてお辞儀するルキフェルをよそに、老人がブツブツと言いながら地面に何かを書き始めている。


 「表と裏が使えるという事は、2次元、いや、厚みがあるから3次元なのか?ならばもっと立体的に…………いやいや、ダメじゃ。作用反作用も考えんと…………じゃがこうすれば…………」


 (大丈夫かな?この人……)


 髭から煙が出ているというのに、まだ気が付いてない様子だ。


 ルキフェルは魔法の書をベルトの中に仕舞うと、魔法の武器となったロングソードを拾い上げた。

 魔力供給が途絶えたからか、火柱は消えている。


 刀身は1m程度しかないのに、先ほど上がった火柱は2mを超えていた。

 思わぬところで、彼は戦力UPを果たしたのは確かだった。


 そして、その時……


 空から巨大な何かが舞い降りて来た。


 「危ない!!」


 いち早く危険を察知したルキフェルが、落書きを続けている老人に飛びつくが、舞い降りた影に呑み込まれ。

 噴水を囲んでいたレンガが砕け散り、砂埃が辺りを一面を覆い尽くのだった。

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