043.大人の世界!?

 マリア王女様からいただいた騎士服の上から、フルプレート・アーマーを着た僕は、冒険者ギルドの外に出た。


 そこには、一台の普通の馬車が止まっている。


 「それじゃ~メーテちゃん。お願いね」

 「はい。マリア様。&%$#”#$%……イリュージョン」


 <神秘魔法ルーン・マジック、イリュージョンを取得しました>


 メーテちゃんが黄色い魔法陣をした中魔法を唱え終わると。

 茶色をしていた馬車が、一瞬にして真っ白な馬車に早変わりした。

 しかも茶色い馬までが、白馬になっている。


 「えっ、凄い……」

 「そうでしゅか?だたの幻覚でしゅよ?」


 どうやら、本物の魔法は、簡単に手品を凌駕するらしい。


 「おう、なかなかやるじゃね~か」


 聞き覚えのあるドスの効いた声に振り返ってみると、そこには知らない騎士?貴族?が立っていた。

 濃い緑色の騎士服を着て、腰から大きな剣を下げている。


 「えっ、もしかしてギルドマスターですか?」


 普段の半裸状態とのギャップがあり過ぎて、本気で誰だかわからなかった。

 しかも髪をオールバックにしてキメているのだ。


 普段のぼさぼさ頭の顔と比べると、どうしても笑いが込み上げてしまう。


 (ぷっ)


 ギロリ!


 「もしかしてだと~?」

 「ひぃ~~~ご、ご、ごめんなさい……」


 ギルドマスターが握りこぶしを作ると、緑色の騎士服がミシミシ言いながら膨れ上がった。


 「もうお兄ちゃんたら~。ルキフェル君をイジメないでよね~~。キャーーー」


 ドテ


 今日のメーテちゃんは、キリンさんパンツでした。

 どうやったら、何もない所で転ぶのか、不思議でならない。


 そして僕とお姫様、それにギルドマスターが馬車に乗り込むと、御者台に乗ったサクラ師匠が馬を走らせた。


 みんなが見送ってくれているから、僕は窓から身を乗り出して手を振った。


 (あれ?今日はマリア王女様とデートではないのかな?)


 馬車の中


 「王女様。どこに向かっているのですか?」


 鈍い僕にだって、マリア様が今日だけは王女様に戻っている事が分かる。

 ただその目的と、場所が分からない。


 「ふふっ、行けば分るわよ。ただ今日のルキ君は、私のお供の騎士って事にするから、大人の会話に口を挟んではダメよ?」

 「はい。分りました!」


 どうやら、偉い人に会いに行くみたいだ。

 ただ王女様もだけれど、その隣に座っているギルドマスターも、全然、緊張していないんだよね。


 「ふぁ~~あ、なんでオレまで行かなきゃなんね~んだか……」


 髪型が崩れるのも気にしないで、頭の後ろで腕を組んだギルドマスターが、大あくびをしている。

 この人は本当に大物だと思う。


 「何を言ってるの。貴方がだらしないから、私が足を運ぶんでしょ。はぁ~~。いい、ルキ君。こういう大人には成ってはダメよ」

 「はぁ~…………」

 「ったく、容赦ね~な~~」


 僕には笑って誤魔化すことしか出来なかった。

 王女様も雲の上の存在だけれど、ギルドマスターも怖いから。


 馬車が着いたのは、高い壁に囲まれているお屋敷だった。

 外壁の四隅には、大木で組まれた物見櫓ものみやぐらまでがある。


 大きな門の前で馬車が止まると、四人の兵士が慌てて姿勢を正し。

 そして名前も、用件すら聞かずに門が開くのだった。


 馬車に乗ったまま門をくぐると、大勢の兵士たちが槍を持って訓練をしているのが見えて来た。


 「凄い。こんなに大勢いるなんて……」


 学校の校庭よりも狭いのに、200人ぐらいの兵士が列をなして槍を振っている。

 しかも全員が皮鎧を着て。


 「ふっん」


 その様子を一瞥したギルドマスターが鼻で笑っている。

 この人に怖い物は有るのだろうか?


 屋敷の前で馬車を降りると、豪華な服装に身を包んだ小柄な男が、小走りにやって来た。


 「これは、これは。マリア王女様。こんな辺ぴな所にいらしていただけるとは、恐悦至極でございます」


 貧相な顔押した男が、腰よりも低く頭を下げた。

 身長も僕とあまり変わらないぐらい。


 「わざわざ出迎えてくれるとは、お元気そうですね。ベンハミン男爵」


 マリア王女様の声もいつもとは違って、優しくて丁寧なのだけれど、どこか何を考えているのか分からないって感じ。

 あれ?ベンハミン?どっかで聞いたような……


 (えええ!!!!)


 目の前の男は、あのオークの群れに襲われたカルム村を治めている領主だった。

 よく見れば、あのネズミみたいな顔にチョビ髭を生やしている。


 この男は村を助けるどころか、僕達が村人にあげた毛皮を持って行ったかと思うと、怒りがフツフツと湧きあがってきた。

 はっきり言って、村を襲ったオークよりもムカつく。


 「行くわよ。ルキ君」


 王女様の小さな声が、僕を現実に引き戻す。


 「はい……」


 「さぁさぁ、お茶の準備が整っております。中へお入りください」


 ネズミ男が、まるで召使か何かの様に腰を曲げながら、王女様を中へと誘う。


 ほとんど要塞のような飾り気のない外壁と違って、屋敷は如何にも貴族ですと言った感じの作りだった。

 そして王女様が前に進むと、彫刻を施された両開きのドアが音も無く開いていく。


 明かりが溢れるそこには、贅を尽くされた空間が広がっていた。


 (おかしいよ……絶対に……)


 あの貧しい村人が住む家との格差が激しすぎる。


 床には赤茶色の絨毯が引き詰められ、昼間だというのに煌々とローソクが何十本、いや数百本は灯されている。

 しかも全部の燭台が金色だ。


 そして正装した兵士とメイド服を着た女性達が、整列をして頭を下げている。


 まるでお城に来たみたいだった。


 何やら領主がニコヤカな態度で王女様に話しかけているけれど、怒りに燃えている僕の耳には入ってこなかった。

 それだというに、僕には領主の背中を睨むことぐらいしか出来ない。


 村で会った時には、領主の護衛は4人の騎士しかいなかった。

 でも今は、200人以上もの兵士に守られている。


 喧嘩を売っても勝ち目は無かった。


 ポンっと僕の肩に、大きくって力強い手が乗せられた。

 何も知らないはずのギルドマスターが、僕を慰めてくれているみたい。


 鋭い目は前を向いたままだったけれど、何だか温かい気分になる。


 そして僕たち3人は応接室に通された。

 といっても、冒険者ギルドにある食堂ぐらい大きい。


 真ん中にはテーブルとソファーが置かれていて。

 王女様とギルドマスターがソファーに座ったのだけれど、付き人?である僕だけは、少し離れたところに立っている。

 もちろん、お茶だって出されていない。


 「それで~……本日はどのようなご用件で?マリア王女様」


 世間話が終わったところで、ネズミ顔の領主が上目遣いで切り出していきた。


 そう、僕もそれが知りたかった。


 「いえ、近くまで来たところで、男爵の顔を思い出したので寄ったまでですわ」

 「それはそれは誠に光栄なことです……」


 それでも心配なことがあるのか、領主は手を揉みながら汗をかいている。


 マリア王女はああ言っているけれど、前もって手紙を出していたらしい。

 だから門番に名前を聞かれなかったし、わざわざ領主自らが出迎えに出ていたのだ。


 これを社交辞令って言うのかな?

 僕には大人の世界の事は良く分からなかった。


 「ところで、近くの村がオークの群れに襲われたと聞きましたが、本当かしら?」

 「ええ、本当ですとも。何とか我が兵士を差し向けて退治いたしました」


 (えっ、嘘だ……だって倒したのは僕達なのだから……)


 「そうですか。それはご苦労でした。それで村の被害は?」


 姫様も嘘だと知っているはずなのに、知らんぷりをして紅茶の入ったカップをテーブルに置いた。

 ギルドマスターも何も言わずに、紅茶を飲んでいる……


 (やっぱり、僕には分からない……)


 「兵士の力が及ばず被害は出てしまいましたが、ちょうど今、兵士に復興するように指示を出したところです」

 「それは何よりです。あっ、そうそう紹介をするのが遅れましたが、こちらは冒険者ギ…………」


 「王女様。なんでそんな奴の言う事を信じるのですか!!」


 僕の我慢の限界は、此処までだった。

 王女様の言葉を遮って、僕はネズミ顔を指差して大声で叫んだ。


 「な、何を申すか無礼者!!!王女様の付き人でも、儂の名誉を傷つけるとはタダでは済まさぬぞ!!!」


 領主の大声を聞き付けて、武装した兵士たちが部屋に入って来る。


 「ベンハミン様!こいつですぜ、見回りをしている俺達を殴った賊は!!」

 「えっ?」


 なんと部屋に飛び込んできたのは、僕から魔法のベルトを奪おうとした男達だった。

 確かに殴り飛ばしたのは僕だけれど、悪いのは僕じゃない。


 どうやら、あの革鎧に書いてあった紋章は、ベンハミン男爵の物だったみたい。

 今も同じ鎧を身に付けている。


 アメリアさんと美月さんが、喧嘩を避けようとしていた理由がようやく分った。

 二人は貴族との、揉め事を避けようとしていたのだ。


 そしていつの間にか、僕は悪者になってしまった。

 剣を抜いた兵士たちが、僕をぐるりと取り囲む。


 しかも今日は10人も居る。


 こうなったら、無実を証明するために戦うしかない。

 僕が覚悟を決めて剣に手を置いた、その時。


 「ガタガタ抜かすんじゃねーーーーーーー!!!!」


 紅茶を飲んでいたギルドマスターが大声で叫んだ。

 あまりの声の大きさに耳が痛くなって、僕は剣を掴んだ手で耳を塞いだ。


 街で襲って来た兵士も、あまりの迫力に腰を抜かして、ひっくり返っている。

 もしかしたら、漏らしてるかもしれない。


 「はぁ~~、それでルキ君。街で殴ったと言うのは本当なの?」


 大きなため息を吐いて、何時もの調子に戻った王女様が尋ねて来た。


 「はい。でも悪いのはあっちです。メーテちゃんの魔法の杖とか、僕の魔法のベルトを無理やり取ろうとしたのですから」


 僕は話を止められる前に、一気に話した。

 よく学校とかで、先生が先に殴った方が悪いって言うけれど、状況によっては違うと思うんだ。


 「あら、それはどういう事かしら?ベンハミン」

 「くっ、も、申し訳ありません……。王女様の付き人を襲うとは何たる不届き者!!こ奴らを地下牢にぶち込めーーー!」


 僕の事を怒鳴り付けたくせに、王女様の言葉に慌てた領主が、自分の兵士を地下牢送りにした。

 騒ぎを聞きつけてやって来た別の兵士たちが、例のゴロツキのような兵士たちを連れて行く。


 でも、悪い奴はまだいる。


 「それとベンハミン、こちらは冒険者ギルドのギルドマスターなのだけど、何か言い忘れたことは無いかしら?」

 「えっ……まさか、いえ、あの……その……」


 滝のように汗をかいた領主が、王女様、ギルドマスター、僕の順で顔を何度も見ている。


 「そうだよ。オークを倒したのは僕達だよ。嘘はいけないよオジサン」


 領主の男も、ようやく村で会った女性が王女様だという事に気が付いたみたい。

 ヘナヘナと床に座り込んじゃった。


 「これでいいかしら?ルキ君」

 「うん。あっ……ごめんなさい……マリア王女様」


 僕は今頃になって、王女様と馬車の中でした約束の事を思い出した。


 ”大人の会話に口を挟んではダメよ?”


 そして僕が叫んだちょうどその時、王女様がギルドマスターを紹介して、領主を言い負かそうとしていた事にも。今気が付いたんだ……もう遅いけれど。


 「分ればいいのよ。外で頭を冷やして来るといいわ」

 「そうします……」


 肩を落としたルキフェルが、トボトボと応接室から出て行く。


 「はぁ~、まだ早かったんじゃねーか?」

 「そうかも知れないわね。でも、あの子には色々な物を見て、成長してもらう必要があるの。でないと……」


 そして王女とギルドマスターはベンハミンを相手取り、オークの討伐報酬だけでなく、村の復興費用なども搾り取るのだった。

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