019.奇跡の出会い!?

 無事にボーナス・ステージを終えた僕たちの前に、新しい問題が立ちはだかった。


 オークの群れに襲われた村は荒れ果て、いたるところに怪我人が横たわっている。

 中には崩れた家の下敷きになっている人までがいた。


 僕達は力を合わせて村人を助けてまわり、大けがを負った人を広場に集めた。


 「困ったわ……私ひとりじゃとても……それに…………」


 唯一、治療をすることが出来るアメリアさんが、怪我人を見てくれてる。

 しかし人数が多すぎて、とてもじゃないけれど終わりそうもない。

 しかも骨折が軽傷に見える程、酷い怪我を負ってしまった人が沢山いる。


 調合師のアメリアさんが出来る治療は、薬を塗ったり包帯を巻いたりすることぐらいだ。

 今にも死んでしまいそうな重傷の人を救う事は出来ない。


 (どうしよう……僕にも何か出来る事が無いのかな……)


 僕はレベルが上がったことで、前よりも力持ちになっている。

 大人の人に肩を貸すことも、瓦礫だって少しだけ持ち上げる事だって出来る。

 まぁ、元々の力が弱いからか、師匠みたいに壁を持ち上げて、どかすことは出来ないけれど……


 せめて回復魔法が使えるといいのだけれどな~


 僕がアメリアさんの一生懸命な姿をぼんやりと眺めていると、後ろから水が弾ける音が聞こえて来た。


 広場には大勢の怪我人が横たわっていて、水はとても貴重な物だ。

 喉を潤すだけでなく、怪我した箇所の汚れや血を洗い流すのにも使っているから。


 それなのにバケツに貯めた水を、ジャバーーーと思いきり流しているような音が聞こえて来たんだ。


 「えっ、何してるのかな……」


 振り返った僕が見たのは、綺麗な少女の後ろ姿だった。

 白い肌着を着た少女が地面に膝を着いて、桶に入った水を肩からかけている。

 濡れた白い布が背中やお尻に張り付いて、肌色が……


 「キャーーーーー…………」


 重傷者の呻き声に気が付いた、少女が大勢に見られている事に驚いて、甲高い悲鳴を上げた。

 あまりの恥ずかしさから、慌てて手で胸を隠してしゃがみ込んでいる。


 「えっ、もしかして……」


 僕はその声に聞き覚えがあった。

 それにこの世界には珍しい黒い髪も、長くなっているけれど……

 そう、何となくだけれど、知っている人に姿が似ている。


 「どう、どうして私はここに居るの……」

 「美月みづきさん……?」


 僕はゆっくりと、その少女に近づいて行った。

 別に少女の裸が見たいわけではない。


 「えっ……その声はアキラ君?」

 「う、うん。僕の名前、憶えていてくれたんだ……」


 「アキラ君ーーーー!!」


 美少女は肌着が透けている事も構わずに、明星ルキフェルに駆け寄り、そのまま抱き着いた。

 同じ身長をしている少年の胸に顔を埋めている。

 まるで恋人同士のように。


 一方の少年は美少女に、突然、抱き付かれたことに茫然としていたが。

 直ぐに顔を真っ赤にして固まってしまった。


 その艶やかな黒髪をした美少女は、彼と同級生だった美月である。

 クラスで一番、いや、学校で一番の美少女は、全校生徒の憧れの的だった。

 それは明星も例外ではない。


 顔が整っているだけでなく、お淑やかおしとやかな彼女は、誰に対しても優しかった。

 毎日のように下駄箱にはラブレターが、山のように入れられるぐらいに。

 しかもそれに対して、彼女は一つ一つ丁寧に断りの手紙を書いていた。


 そんな美少女が4年生の時に、突如姿を消した。

 学校からの帰り道に居なくなってしまったのだ。


 直ぐに警察が捜索を始めたが、目撃者も証拠も出て来なかった。


 明星が居たクラスも騒然となり、先生が作ったビラを全員で配ったりもした。

 彼自身も照り付ける陽光の下、少女が行方不明になった現場付近だけでなく。

 駅前にも立って、毎日のようにビラを配った。

 そして卒業式を終えた今も、彼女が帰ってくることは無かった。


 そんな美月と明星の関係は、友達ですら無く、ただのクラスメイトでしかない。

 学校で一番の人気者の彼女の周りには、常に沢山の人が集まっていた。

 そこには男子生徒だけでなく、女子生徒までが含まれている。


 一方の明星は、男子生徒から孤立してたこともあり、彼女と接する機会は殆ど無かった。

 一度だけ席が隣になった時に、教科書を忘れて見せて貰ったことが有るぐらいだ。

 その時は、緊張のあまり先生の話が頭に入らなかったほどだ。


 そして今、憧れの彼女と再会を果たした。

 しかも自分に抱き付いて来ている。


 あまりの恥ずかしさと嬉しさに、何も考えられなくなった明星の胸に、冷たい液体の感触と、熱い感情が広がって行く。


 (あっ、そうか……寂しかったんだね……)


 彼はようやくその事に気が付いた。

 別に自分に恋をして抱き着いているのではなく。

 彼女は元居た世界の知り合いに、出会えた事が嬉しいのだ。


 (そうだよね)


 僕はまだ一週間も経っていないのに、こんなに寂しいのだから……

 美月さんは2年半も、知らない世界で寂しい生活を送って来たわけで。

 それは、僕には想像できないぐらい辛かったに違いない。


 「もう、大丈夫だよ。僕の母さまも、この世界に来ているからね」


 僕はお母さまの真似をして、彼女の頭を優しく撫でて上げた。


 イジメられて泣いて帰って来た僕を、いつもお母さまはこうやって慰めてくれる。

 だからこうすれば、きっと彼女も落ち着くよね。


 「あーーーーー!!私の婚約者と何をしてるのよーーーー!!」

 「あらあら、ルキ君も隅に置けないわね~。私という婚約者が居ると言うのに、もう一人隠していたなんて~~」

 「ル、ルキフェル殿。不謹慎ですぞ……このような時に婚約者でない人と……羨ましいではないか……」


 いつの間にか僕は、婚約者?に囲まれてしまっていた。


 「いや、みんなさん。勘違いですから……」

 「えっ、婚約者って?キャッ!私ったらこんな格好で……」


 (あ、まずい。この場合はどうなるのだろ……)


 これまでのパターンから行くと、このまま婚約することに成るのかな?

 美月さんだったら、僕からお願いしたいところだけれど……

 でも今回ばかりは違う気がする。


 「いや、美月さん……これには訳が有ってですね……」

 「アキラ君は何人と婚約してるんですか!?ふ、不潔です!不潔すぎます!」


 彼女の家は敬虔なるクリスチャンだった。

 勿論、彼女も毎週のように教会に通っていた。

 今も首から十字架を下げているほどに。


 「はいはい~。痴話喧嘩はその辺にして下さいね~。今は怪我人の治療が先ですよ~~」


 冒険者ギルドの受付をしているメルさんが、カバンから出したローブを、美月さんの肩に掛けてくている。


 「あっ、そ、そそそうですよね……怪我人の治療が最優先です」


 (うん、色々と危ない所だった……)


 それにしても、あのメルさんが持っているカバンには、どれだけの物が入るのだろうか?


 オーク達がドロップした魔石だけでなく、ゴールド・オークからドロップした金銀財宝までが入っている。

 どうやら、本物の魔法のカバンみたいだ。


 「ローブをありがとうございます。あの~全員は無理ですけど、重傷者だけでも私が治しましょうか?」

 「えっ、美月さん?」


 名前:セレーネー

 年齢:12

 職業:司祭プリースト

 レベル:21

 スキル:中神聖魔法ミディアム・セイクリッド・マジック


 なんと彼女はプリーストだった。

 しかも名前はセレーネーさん。

 僕と同じで、全く違う名前になっている。


 「これから範囲魔法を使います。一度だけしか使えませんから、出来るだけ重傷者の方を私の周りに集めてもらえますか」


 ローブを頭から被った美月さんが、重傷の人たちが多く居るところへ歩み寄る。

 僕たちは彼女の指示に従って、重傷者を出来る限りそっと、彼女の近くまで連れて行った。


 「美月さん。お願いします」

 「はい。任さて下さい……」


 美月さんが俯きながら、長いまつ毛を閉じた。

 そして胸元にある十字架を握りしめて、お祈りを始める。


 やはり、彼女はとても美しかった。

 誰かが独占していい存在ではない。

 そんな気がする。


 「主よ、憐れみたまえ…………サンクチュアリ」


 少女の長い黒髪が銀色に輝き、風が無いのにふわりと舞い上がる。

 何も無い空中に半径5mの黄色の魔法陣が現れ。


 円形の魔法陣に沿ってゆっくりと回る不思議な文字から、雪のような光が地面に横たわっている重傷者に向って、ユラユラと舞い降りて行く。


 起きるどころか、話す事もままならなかった人達の傷口が塞がり、見る見るうちに顔色が良いくなっていく。

 そして次々と起き上がり、口々に神への祈りを捧げ始めた。


 「お~~神よ~~……」


 (凄い……)


 それはまさに、神が起こした奇跡だった。

 破壊するだけの魔法と違い、神聖魔法は皮膚だけでなく、内臓や、骨まで治している。

 現代医学では到底真似が出来ない奇跡の技。


 <神聖魔法セイクリッド・マジック聖域サンクチュアリを取得しました。>


 空気を読んだ天の声さんが、少しだけ遅らせて教えてくれた。

 でも、やっぱりなんだかな~っと思ってしまう。


 「あっ、美月さん。大丈夫?!」


 僕は倒れそうになった美月さんに駆け寄ると、慌ててその細い身体を支えた。


 「え、ええ。少し精神力を使いすぎただけだから……。休めば治ります。でも……」


 彼女の視線の先には、まだまだ大勢の怪我人が居る。


 「大丈夫。僕が治すよ」


 僕は好きな人の前で、見栄を張ってしまった。

 覚えたばかりで、本当に使えるかも分からない魔法をこれから使おうと思っている。

 しかも大勢の人の生死がかかっているから、失敗は許されない。


 美月さんが治してくれたのは、10人ぐらいの、今にも死んでしまいそうな患者さんだった。


 それでもまだ立つことも、ご飯を食べる事も出来ない人が大勢いる。

 救急車どころか、手術が出来る大きな病院もないこの世界では、それは死活問題だと思う。


 「頑張ってね~~。ルキ君~~」

 「ルキフェル君。落ち着いて……君なら出来る」

 「私のルキ君~。頑張って~!」


 <王女の応援プリンセス・エールの効果が発動しました。全ステータスが10%上昇します>

 <上級応援ハイ・エールの効果が発動しました。全ステータスが30%上昇します>

 <女神の応援デア・エールの効果が発動しました。全ステータスが200%上昇します>


 でも、僕には応援してくれる仲間がいる。

 やるしかない。


 僕は出来る限り大勢の人が効果範囲に入るようにと、広場の中心に向かった。

 足がガクガクと震えているけれど、美月さんにカッコ悪い所は見せられない。


 (えっ、ルキフェルって……)


 覚悟を決めた少年を見送る一人の少女が、彼の新しい名前を聞いて驚いているのだが、彼にはそれに気が付くほどの余裕がない。


 僕は不安を振り払うと、右手を高く上げた。

 そして、


 「ラージ・サンクチュアリ!」


 大きな声で大神聖魔法を唱えた。


 何時ものように右手首にリング状の赤い魔法陣が現れる。

 そして、とても大きな赤い魔法陣が、広場の上空を覆い尽くすようにして描かれていく。


 美月が唱えたサンクチュアリと同じように、ゆっくりと回転する神聖文字から、無数の金色の羽根がユラユラと舞落ちる。


 「綺麗……まるで天使の羽根みたい…………」


 地面に横渡り苦痛に歪んでいる顔が、次々と安らかな顔に変わって行く。


 (よかった~……成功したみたい……)


 やっぱり、僕は覚えた魔法を大魔法として使えるみたいだ。

 ファイアー・ボールの時もそうだったから、もしかしたらと思っていたけれど。

 予想が外れていなくてホッとする。


 しかも3種類のエールの効果は重複するみたいだ。


 同じ系統の魔法だから、一番強い物だけが効果を発揮するのかな~と思っていたんだけどね。

 でもこれって、エールを使える人が100人も居たら、大変なことに成らないのかな~?

 今でも単純に足し算すると、240%増しだよ。

 凄い……というか、女神様のエールが反則過ぎる……


 あっ、今回は気絶しないで済んだよ。

 レベルアップしたからかな~よかった。

 美月さんの前で倒れなくて。


 「おお~~神様じゃ~~」

 「勇者様~~私の子に祝福を~~」

 「ああ~~なんと凛々しいお方なの~~。私と結婚していただけませんか~~」


 怪我が治った人達が、どっと押し寄せて来た。


 (あれ?)

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