011.初めてのお城(母)
ところかわり、ここは王城。
城壁に囲まれた城の前で、ルキフェルこと
「まぁ~大きくて素敵なお城ね~~」
赤い屋根を持つ尖塔が、青空に突き刺さっているように見えるほど高くそびえ立ち。
天然石から切り出されたブロックを積み上げた城は、その重量感からくる迫力が違った。
「マリア様。王はとても気難しいお方です。くれぐれも口答えをしないようにお願いいたします」
診療所から母、真理子を連れて来た正騎士アルベルトが、神妙な面持ちで伝える。
この世界での彼女の名前はマリアである。
この国の王は娘を溺愛するあまりに、自ら命じて多くの正騎士に我が子の捜索をさせていた。
そして捜索隊に選ばれたアルベルトが出会ったのが、マリアこと真理子だった。
もちろん真理子は、この国の王女ではないと主張した。
しかし本物のマリア王女を知る彼からしても、真理子は本物の王女にしか見えなかった。
ただ、噂に聞いてたほど、我がままではないなと感じている。
王族特有の威圧感が無いというか。
だから今の彼は半信半疑といったところでいる。
なにしろ、この国の王女は天真爛漫で有名で。
一国の王女が、たった一人で城を抜け出すこと自体が、彼からすればありえない事だった。
そんな女性に人違いだと言われても、はい、そうですかと信じるわけにはいかず。
何とか頼み込んで同行してもらったのだ。
ただ、彼女の言動の一つ一つに違和感を覚えているのも事実だった。
その為、アルベルトは万が一にそなえて、彼女には指一本触れることなく丁重に扱っている。
本来なら彼女にドレスを着せるところだが、真面目な彼は時間を惜しんで此処まで休むことなくやって来た。
だから今の彼女は髪の毛がピンク色をしている以外は、息子と買い物に出かけた時の服装のままだ。
それも彼を困惑させている要因の一つだったりする。
「わかりました。でも鑑定していただければ、本物では無いと判るのですよね?」
「ええ、その通りです。では参りましょう。こちらです」
この世界には、神が与えしステータスを見ることが出来る鑑定スキルが存在する。
その性質上、スキルの保有者の多くは高位の神官であり。
そしてこの国の司教もまた、鑑定スキルの持ち主だった。
赤い絨毯が引かれた謁見の間には、行方不明だった王女の帰還と有り、大勢の貴族が集まっている。
しかも国王の前とあって、全員が煌びやかな恰好をしているのだ。
全員の視線が集まる中、金属鎧を纏ったアルベルトに付き添われて。
現実世界の質素な私服を着た真理子が、赤い絨毯の上を歩いて行く。
「これは……さすがにドレスを着た方が良かったかしら?」
「いえ、むしろ人違いであれば、そのままの方がよろしいかと。そろそろ国王がお見えになります。頭をお下げください」
物怖じをしない彼女でも、流石に自分の恰好が場違いだということに気が付いている。
しかし既に王座の前にある階段の下にまで来てしまった。
煌びやかな王座の後ろには、白い祭服を着た老人が立っていて。
彼女の事を目を細めて見ている。
その時、ひそひそ話でざわついていた貴族達が静まり返った。
壇上を盗み見ると、小柄な中年男性が金に縁どられた、真っ赤なマントを引きずりながら歩いている。
金色の髪と髭をした男性は白い肌をしていて、どこからどう見ても外国人だった。
しかも頭には王冠を乗せ、手には
どちらも金で出来ていて、宝石がふんだんに使われている。
(まぁ、高そう~~……)
そんなド派手な王様を見て、真理子はどのようにすれば、自分がその娘に間違われるのかと不思議でならなかった。
それでも正騎士の真似をして、膝をつき頭を下げる。
「おお、マリア。何を膝など付いておる。早く顔を見せておくれ」
「えっ、でも私は……」
「言われた通りにしてください」
戸惑いを見せる真理子に、アルベルトが小声で促す。
「はい。王様……」
真理子は仕方なく応えると、顔をあげて立ち上がった。
一応、スカートを摘まんで軽くお辞儀をしてみる。
「おお~、間違いない。マリア。お前が悩んでいる事に気が付かなかった父を許しておくれ」
王座から立ち上がった王が、スタスタと歩いて彼女の手を握って来た。
「えっええ~~~」
「恐れながら。バガトーノ国王陛下。念のために鑑定をされてはいかがでしょうか?」
驚きのあまり、固まっている真理子を庇うようにして、正騎士アルベルトが進言した。
「何を申すか。儂が娘を間違えるとでも?」
「い、いえ……。そのような事は決してございません。私めが間違っておりました。お許しください。陛下」
立ち上がりかけていたアルベルトが、王の剣幕に汗を掻きながら、再び跪いて頭を下げてしまう。
「分ればよい。分れば。して名前は何と言う?」
「はっ、イグレシア家の三男、アルベルトでございます」
機嫌を直した王に、正騎士であるアルベルトは名乗った。
「良くぞ。王女を見つけ出した。これも何かの縁であろう。今日より娘の護衛に任ずる」
「はっは~。謹んでお受けいたします」
本来、この国では王族の警護に近衛騎士があたる。
大勢いる騎士の中から選ばれた正騎士もエリートではあるが。
そんな彼らから、更に選抜されたものが近衛騎士となる事が出来る。
選抜の基準はとても厳しく、15年以上の勤務実績と功績が必要だ。
いわばエリート中のエリート。
近衛騎士は騎士団の上位に君臨する存在だった。
もちろん、選抜の際には内々で家柄も考慮される。
その為、男爵家であるアルベルトが近衛騎士に成れる可能性はゼロに等しかった。
だから第一王女であるマリアの護衛を務める事は、大出世と言える。
「えっ、ええ~~」
(ちょっと、私はどうなっちゃうのよ~~)
唯一の味方であったアルベルトが、あっさりと寝返ってしまった。
とても紳士的で誠実な彼は、人間違えだという彼女の意見を、唯一聞いてくれた人だった。
それだと言うのに……
「あらあら、王様ったら。まぁ、マリア。本当に心配していたのよ」
遅れて壇上に現れた女性が、ゆっくりと近づいてくる。
見る角度によっては日本人に見えなくもない美しい女性だ。
しかもピンク色の長い髪をしている。
「おお、アンネリーナか。そちが申した通り、ファフニールの件は止めとする。その代わりに儂からのプレゼントじゃ」
王の言葉を合図にして、集まっていた貴族の中から、20人の若い男性が出て来た。
全員の容姿はそれなりに整っているが、体形はまちまちだ。
筋肉マッチョの男も居れば、ガリガリに痩せている者もいる。
中には吟遊詩人だろうか、一風変わった服装の美男子までが並んでいる。
そんな彼らは、マリアこと真理子の後ろに一列に並ぶと、優雅にお辞儀した。
「あの~王様。こちらの方々は?」
「そちの見合いの相手じゃ。好きなのを選ぶがよい」
(ええええ!!!いきなり結婚なんてありえないわよ……)
国王は以前に、妃であるアンネリーナから、娘のマリアが20歳になっても結婚出来ない事を悩んでいると聞いたことがあった。
そして短絡的な思考の持ち主である王は、それが家出の原因だと考えたのだ。
そこで彼はファフニールを倒した者を婿とするという前言をあっさりと撤回すると。
今度は家臣に命じて、婿に相応しい男を探させたのだった。
「はぁ~~、そう言われましても、私には大切な人がおりますので……折角のお話ですがお断りいたします」
「なっ、何と申すか……」
カラ~ン、カラ~ン、カラ~ン
娘の思わぬ言葉に固まった王の手から、王笏が零れ落ちた。
「まぁ~マリアったら。もしかして運命の殿方にお会いできたのかしら?」
「そ、そうなのか?マリア……」
真理子は大切な息子の事を言ったつもりなのだが、思いっきり勘違いされてしまった。
ただこの場で、流石に子供がいるとも言えずに。
「え、え~と……まぁ、そういう事になるのか……な?あははははは」
そんな親子のやり取りを、遠巻きに見ている男が居る。
名はハメルン=ドゥアルテ(23歳)。
茶髪をオールバックしていて、整っている顔はイケメンといえる。
ただ一重の瞼の下にある瞳は黒く、どこからどう見ても日本人だ。
そう、彼もまた真理子と同じ転移者である。
そんな彼の目が獲物を見つけた狩人のように細められ、キラリと輝いているのだが誰も気が付かないのだった。
「そうか、そうか。……クッスン、今日はめでたい日じゃ。パーティーの準備をせよ!」
「あらあら、あななったら。さぁ、マリア。疲れたでしょ。お部屋で休みましょね」
あまりの急展開に、真理子は言葉が見つからなかった。
どうやら彼女は、息子の
それでも彼女は、実の親ではない王妃に手を引かれて、謁見の間を後にするのだった。
王妃に連れてこられたのは、学校の教室よりも広くて、とても豪華な部屋だった。
床にはピンクを基調とした花柄の絨毯が引き詰められ。
絵画を納める額縁だけでなく、白い壁までが金糸で彩られている。
しかも木製の家具の縁取りだけでなく、沢山の蝋燭がのったシャンデリアまでが金色だ。
「まぁ~素敵…………」
まさにそこは、夢にまで見たお姫様の部屋だった。
いや、想像の遥か上を行っている豪華さだ。
「あらあら、たったの二週間で、もう自分の部屋を忘れてしまったの?」
「えっ、いえ……綺麗に掃除されてるな~と思いまして……あははははは」
「アルベルトでしたか?娘の事を頼みますよ」
「はっ、命に変えましてもお守りいたします」
普段は立ち入る事が許されない王女の部屋の豪華さに、圧倒されていたアルベルトは、王妃の言葉に慌てて騎士の礼を取った。
貴族とは言え、爵位が一番低い男爵の家に生まれた彼の部屋とは大違いだ。
しかも三男である彼の部屋には、金に彩られた物など一つもなく、引き詰められている絨毯すら、兄からのおさがりで薄汚れている。
そんな自分が、まさかの王女の護衛に大抜擢されたのだ。
その実感が、彼を奮い立たせている。
「イルダ。この子に着替えを」
王妃に呼ばれ、壁際に控えていたメイド服を着た女性が、背筋を伸ばしてやって来る。
「はい、王妃様。直ぐに準備をいたします。もしよろしければ先に湯浴みをされてはいかがでしょう」
王妃が相手でも物怖じをしない彼女、イルダはこの城のメイド長をしている。
玉ねぎヘアにまとめられた髪には一本の乱れもなく、尖った黒縁のメガネが彼女の性格を現していそうだ。
「あらそうね。旅の埃を落とした方が良さそうね」
実際、この世界に来てから真理子はお風呂に入っていなかった。
せいぜい、手と顔を桶の水で洗ったぐらいか。
「まぁ~お風呂もあるのね~」
彼女は夢にまで見た、本物のお姫様のドレスを着る事が出来るというだけで幸せだった。
しかも王族が入るお風呂にまで入れると言うのだ。
いつからかは分からないが、真理子の夢はお姫様になる事だった。
そんな夢を少しでもかなえようと、息子には内緒でメイド喫茶ならぬ、プリンセス喫茶で働いていた。
綺麗な容姿と柔らかい雰囲気が相まって、彼女は指名数No1をキープし続けている。
そんなことも有り、短時間のバイトでも効率よく稼いでいたのだった。
実は、息子の
本来は彼女に遊んでもらうために送られた品物なのだが、ゲームに興味がない彼女は、それらの全てを息子に与えていた。
そんなことも有り、
使命に燃えているアルベルトを残し、真理子はメイド長に連れられて大浴場へとやって来た。
「きゃ~、ちょっと待ってください……。服なら自分で脱げますから……」
大勢のメイドに囲まれて、服を脱がされそうになった真理子は、思わず悲鳴を上げてしまった。
いくら同性とはいえ、自分一人が裸になるのには抵抗を覚えたからだ。
しかたなくメイド長の提案で、全員が湯浴み着を着てくれたので今は落ち着いている。
そこまでする前に、普通だったら偽物の王女では無いかと疑いそうなものだが、不思議とそういう事にはならなかった。
それでも真理子は太ももを殆ど隠せていない丈の短い湯浴みを着て緊張気味だ。
まるで裸の上に、男の者のワイシャツだけを着ているようなものなのだ。
勿論、お湯で濡れれば肌が透けて見えてしまうだろう。
大きな胸の頂に有るポッチさえも……
本来はメイド達は着替えないで、裸になった王族の身体を洗ってくれるらしい。
服の着替えだけでなく、身体を洗うのも使用人の仕事。
王族らしい贅沢と言えばそれまでだが、現代人にとっては恥ずかしいだけだった。
王族だけが入浴することが許される大浴場。
磨き上げられた真っ白な大理石の床が広がり、彫刻が施された柱が立ち並んでいる。
その中央にはホテルの大浴場よりも大きな円形の風呂が湯気を立てて待ち構えていた。
「まぁ……ここは神様が暮らす神殿なのかしら~?」
あちらこちらには、裸の女性の彫像なども飾られている。
真理子は薄い生地で出来た湯浴み着だけでは隠すことが出来ない胸を、恥ずかしそうに両手で隠して、茫然と立ち尽くすのだった。
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