2章.魔法戦士X

008.ピンチからの転職!?いや、初めてだから就職?!

 僕がサクラ師匠から剣の修行を受けている時、空からマンティコアが降って来た。

 しかも紫色のブレスを吐かれてしまい、僕達3人は逃げ場を失って絶体絶命のピンチに陥っている。


 物語に出てくるマンティコアといえば、ボス級のモンスターだ。

 特にライオンの口から吐き出されるブレス攻撃は強力で、弱いパーティなどはあっという間に全滅させられてしまう。

 しかも紫色ということは、猛毒に違いない……

 皮膚が焼け爛れ、体中を巡る激痛に悶え苦しみながら死んでいく。

 まさに最悪な死に方だと思う。


 はぁ~まだお母さまに会えていないし、小学校は卒業できたけれど、まだ中学生になれていないのに…………


 (あれ?)


 僕は諦めて頭を抱え込んで、両目を思いっきりつぶっているのだけれど、いくら待っても何も起こらなかった。

 それどころか音も臭いも感じない……いや、細かい水が弾ける音が後ろから聞こえて来ている。


 シャーーー…………


 「フッフン♪フフフッン♪フ~フ~~ン♪フフフッン♪」


 それにとても綺麗な旋律の鼻歌までが聞こえる。


 (もしかして天国に来てしまったかな……)


 恐る恐る目を開けて見ると、そこは灰色の世界だった。

 マンティコアが吐き出した紫色だったはずの煙も、師匠の藍色のワンピースも色を失って灰色に。

 そしてマリア王女のパンツも……あっ白のままだ。

 というかめくれ上がったまま、ミニスカートが固まっている。


 (えっーーー!!!ど、どういうこと!?)


 今、動いているのは僕と、王女さまの太ももの隙間から見える、鼻歌を歌っている裸の女性だけだった。


 小さな虹の下にある白い雲から、細かい水がシャワーとなって降り注ぎ、女性が伸ばした腕から泡を洗い流している。

 弾け飛んだ水しぶきが、滑らかな膨らみの上を水滴となって滑り落ちて行く。


 そう、街を少し出たところにある平原で、金色に輝く髪をした美女が気持ち良さそうに水浴びをしているのだ。


 周りを見渡しても動いているのは二人だけしかいない。

 僕は仕方がなく、女性に声をかけてみる事にした。


 「あの~~すみません……」

 「ん?な~~に?今、シャワーを浴びている所なの。後にしてくれないかしら?」


 シャーーー…………


 「それはそうなのですけれど、今、マンティコアに襲われているところでして……なぜあなたがここに居るのかな~~と思っていまして……」

 「へ~それは大変ね………ええええええええええええ!!!!な、何見てるのよ君ーー…………」


 僕はさすがに裸の女性を見てはまずいと思い、初めから下を向いて話しかけている。

 お外でシャワーを浴びている方が悪いと思うのだけれど……また僕は謝らなきゃダメなのかな?


 キュッ


 何故か蛇口を閉める音と一緒に、水の流れる音が止まった。


 「ふ~~もういいわよ。顔を上げて」

 「あっ、はい…………あれ?」


 恐る恐る顔を上げてみると、あのキラキラと輝く金色の髪をした女性が、虹色に輝く白いドレスを着て立っていた。

 シャワーを浴びていたはずなのに地面には水溜まりが無いし、白い肌にも水滴が一つも付いていない。


 「も~~君、私の裸をみたでしょ~?怒らないからお姉さんに正直に言いなさい」


 前屈みになった綺麗なお姉さんに見つめられて、僕は急に恥ずかしくなってきた。

 だって、腕に挟まれたオッパイの谷間が……


 「はっ……はい。少しだけ見てしまいました。ごめんなさい」

 「ああぁ~~ん、もうイーリス、お嫁に行けなくなっちゃう~~。責任を取ってよね~♪うふ~ん」


 (な、なんでまたそうなるの~~)


 この世界に来てから、僕の人生は大きく変わってしまった。

 最初の婚約者は僕と同じ年だけれど、二人目の婚約者は大人の女性でしかも王女さまだ。

 さすがにこれ以上はまずいと思うんだよね。


 「もう僕には二人も婚約者がいますので……あの、その、ごめんなさい」


 僕は腰を90度に曲げて、思い切って断ってみた。


 「あぁ~~何てこと……この美しい私の求愛を断るなんて……それも子供なのに二人も婚約者が居るなんて~~。でも私は諦めないわよ。いつの日か、きっと、きっと振り向かせて見せるわ!」


 その美しい女性が涙を浮かべて、芝居がかった身振りで拳を握り、空を見上げている。

 どうやら怒ってないみたい。


 (よかった…………)


 そうなるとまずは、この状況の確認をしないといけない。


 「あの~~お姉さんのお名前を聞いても、いいですか?」

 「ええ、私は虹の女神イーリスよ。君の名前は……あら?変ね。名前が見えないわ……」


 名前が見えないって、普通は名札でも付けていないと見えないよね?

 それに女神なんて居るわけが……


 (あっ~~~~居た)


 「僕の名前は明星あきらですけれど……、もしかして少し前に僕の母さまと会いませんでしたか?名前は真理子です」

 「あ~~会ったわよ。今の名前はマリアさんだけどね。ふ~ん、そっか~。あの人の子供なの……えっ……も、もしかして……君が……」


 虹の女神様の顔が真っ青に変わった。


 「??どうかしましたか?イーリス様?」

 「あわわわ、ど、どうしよう…………不味くないこれ…………」


 女神イーリスが立ち直るまでに時間がかかりそうなので、私がここで捕捉をしよう!


 この虹の女神の役割は、転移して来た人間に、この世界で暮らすために必要な知識を与え、現実世界には存在しないステータスを付与することであった。

 ステータス情報には名前、職業クラス、そしてスキルなどなどがある。


 そんな彼女は主神オーディンのお気に入りである禁断のスナック、ノリ塩ポテチを盗み食いした罰として、天上界であるアースガルズから追放され、人間界であるミズガルズにやって来ていた。


 そして天上界に戻るためには、勇者になるべくして転移して来た人間に、それに相応しいステータスを付与して、魔王を倒させる必要があるのだった。


 ただ普段は天上界にある彼女のオフィスに転移者が転送されてくるので、それまではのんびりと過ごしていればよかったのだが、人間界にはオフィスが無いのでそうは行かなかった。


 彼女自らが転移者の元へと訪れる必要があるのだが、明星が転移した時には母が一緒だった。

 二人が同時に転移するというイレギュラーな事態が発生したことで手違いが生じ、虹の女神は勇者になるはずだった明星では無く、その母である真理子とだけ面会をしてしまっていた。


 そこで勘違いした女神が、母、真理子を勇者にしようとしたのだが、今度は母がお姫様になりたいと駄々をこねたのだ。

 説得することが面倒になった女神は、彼女のメインクラスをお姫様プリンセスとし、サブクラスに勇者ヒーローを付与したのだった。


 既に真理子は大人であるために伸びしろが少なく、それはステータスの上がりにくさに直結する。

 さらに最強の職業クラスである勇者をサブクラスとしたことで、強力なスキルは使う事は出来るが、クラスによるステータスへの補正を受ける事が出来ないのだった。


 そしてユニーククラスである勇者を持つことが出来るのは、世界で一人だけである。

 もう明星は勇者になる事が出来ない。


 「し、仕方がないわね…………まずは名前を授けるわね」


 悩んでいても仕方が無いと開き直った虹の女神が、マニュアル通りに手続きを開始する。


 「え、名前は明星あきらではダメなのですか?」

 「この世界には漢字が無いのよ。それにアキラというのは言いにくいのよね」


 僕はお母さまが付けてくれた名前を気に入ってるのだけどな~~、でも仕方がないのかな?


 「あ~~、それでみんな、僕の事をアキルって呼んでいたのか……分りました。それで新しい名前は何ですか?」

 「ちょっと待っててね。今、付与するから」


 女神の白い手が僕の額にかざされると、ピカーーっと光った。


 <ルキフェルと命名されました>


 またあの”天の声”が頭の中に聞こえてきた。


 「えっ、ルキフェルって……まったく違う名前ですけど……」


 お母さまは真理子まりこから、マリアになったらしいから似ているけれど、僕はなぜルキフェル?


 「ん~~命名だけは運命の女神の権限なのよ……。でも、カッコいいからいいじゃない。ねぇ?ルキ君♪」


 なんだか女神様が嬉しそうにしているけれど、僕は自分の名前を覚える事が出来るかとても心配だ。


 「はぁ~~?そう言うものですか……。では、せめて職業クラスは魔法が使えるのにしてもらえませんか?僕は体が弱いので……」

 「えっ、それだとちょっと困るのよね……」


 (まずいわ。この子には聖剣を持って戦ってもらわないと、魔王を倒せないじゃない…………あっそうだ!)


 女神さまが何かいい事を思いついたみたい。

 でも、なんだか嫌な予感がする。


 <職業クラスが魔法戦士に成りました>


 やっぱり……僕には戦士は務まらないと思うんだよね。

 だって、スライムでさえ倒せないんだよ?

 運動だって苦手だし……


 「魔法戦士?あの~~僕は剣を装備できなかったのですが……大丈夫ですか?」

 「ああ、それは職業欄が空白だったからよ。安心して。あっ、視界の左上に自分の名前が見えるでしょ?そこを押す感じで念じて見て」


 左上と言われても、女神さまが眩しすぎて視界がぼやているし……


 「ぼやけててあまり見え……あっ、これですね」


 ぼんやりした視界に、文字だけがハッキリと見えている。


 名前:ルキフェル

 職業クラス魔法戦士マジック・ファイター

 技能スキル初級剣ビギナー・ソード初級皮鎧ビギナー・レザー・アーマー小神秘魔法スモール・ルーン・マジック


 (うわっ、すごい!)


 ステータスが出て来たよ。

 しかも頭の中に見えているからピントも合っているし、なんだかゲームみたい。


 「どう?剣があるでしょ?」

 「はい!イーリス様、ありがとうございます」


 僕は感動して頭を下げたけれど、どうやら女神さまは顎に手を当てて、まだ何か悩んでいるみたいだ。

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