007.修行は危険が一杯!?

 早速、僕はマリア王女とサクラさんに連れられて、街外れにある草原へやって来た。

 因みに王女様に膝枕してもらっていた場所は、彼女達が泊まっている高級な宿屋でした。


 草の中をポヨン、ポヨンっと楽しそうに、水色の丸いゼリーが飛び跳ねている。

 大きさはサッカーボールよりも大きいくらい。


 まさに物語の序盤に出て来る定番のあれだ。

 ただこの世界のあれには、目が付いていないみたい。


 「まずはアキル殿には、あのスライムを倒してもらいます」

 「え~っといきなり実戦ですか?師匠……」


 僕は運動と言えば、体育館で出来るマット運動ぐらいしかしたことが無い。

 でんぐり返しと、跳び箱は出来るけれど……


 「し、師匠……いい響きだ~~……。コホン。まずは君の腕前を見せて貰おうと思ってね。実戦と言っても、あの青いスライムは毒も持っていないし、攻撃されても痛くないから安心するんだ。それに転移者は強いと聞くからな」

 「多分、僕は弱いと思うのですけれど……分りました。師匠。やってみます!」


 僕は師匠から借りたショートソードを持って、スライムの傍までやって来た。

 それなだというのに目が無いスライムは、楽しそうに草の中を飛び跳ねている。

 どうやら、本当に僕が見えていないみたい。


 「頑張ってね~~。私のアキ君~~」


 王女様の明るい声援が聞こえる。


 <王女の応援プリンセス・エールの効果が発動しました。全ステータスが10%上昇します>


 僕が剣を振りかぶったところで、頭の中に綺麗な女の人の声が聞こえてきた。


 「えっ、何?今の声」

 「それは”天の声”です。姫様のスキルですから、気にしないで叩いて」


 動きが止まっている僕に気が付いた、師匠が教えてくれた。

 なんだか急にファンタジーらしくなってきたよ。


 「はい!師匠」


 確かに体中が温かくなって、重かったショートソードを軽く感じている。

 あれ?この感じはどこかで体験したことが有るような……

 あっ、でも今は戦いに集中しないと。


 (ごめんね。スライム君)


 僕は思い切って可愛らしいスライムに剣を振り下ろしてみた。


 「えぃ!」


 スカ……


 「はぁ~~?!スライムに対して攻撃を外す人を初めて見ました……」


 真面目一辺倒で、なんだかんだと言って、とても親切だった師匠が僕にあきれ返っている。

 それはそうだよね……


 相手はゲームだったら、LV1か2のキャラクターでも一撃で倒せる程度のスライムだし。


 しかもこの世界のスライムには目がないから、攻撃を避けることも無い。

 幼稚園児だって当たるよね……


 「す、すみません。師匠……僕、目が悪くて良く見えていないんです……」


 あまり体の事は言いたくないのだけれど、僕はこの世界で生きて行かないといけない。

 どんなに格好が悪くても正直に話して、何とか前に進まないと。


 「そ、それは済まなかった。しかしそれは戦士にとって致命的だな……」

 「あら~困ったわね。でも、サクラは目隠ししてでもスライムを切れるでしょ?」


 「いえ、姫様、それは厳しい鍛錬の末に手に入れたスキルでして、直ぐにどうこうなるものでは……」

 「でも~~二人の輝かしい未来の為にはファフニールを倒すしかないのよ~。だから何とかしてね?」


 「わ、わかりました……。いいですか?アキル殿。ぼんやりとでも良いから、スライムが見えているのなら、後は気配を感じて剣を振ってください」

 「なるほど、気配ですね。やってみます!」


 僕はぼやけて見えるスライムが飛び上がった軌道から、着地する位置とタイミングを計って、ショートソードを振り下ろした。


 ブニーーー


 (やった!!当たったよ~!!)


 水色の体にめり込んだショートソードが、あまりの弾力に勢いよく弾き返される。


 ポヨ~~ン


 「うわ~~~」


 僕はその反動に負けて、ひっくり返ってしまった。


 「はぁ~~アキル殿……大丈夫ですか?でも見えたのですよね?」


 師匠のため息が上から聞こえる。


 「えっ……はい、あの……赤です」


 僕の目には師匠の短いスカートの中が何となく見えていた。


 「キャーーーーな、ななな、何を見てるんですかーーーー!!!」


 ズサ


 目にも止まらぬ速さで、銀色の閃光が僕の顔の横に突き刺さる。


 「ひぃーーーー。し、師匠……。し、死んでしまいます……」


 それから僕は師匠の指導の下、何度も何度もスライムを叩いてみたけれど、結局、倒すことは出来なかった。


 「もしかしたらアキル殿は剣を装備出来ないのかもしれませんね」

 「はぁ、はぁ……そ、そんなことが有るのですか……」


 もう、僕の全身は汗でびっしょりだ。


 「魔法使いになると、剣が持てなくなります」

 「僕は魔法も使えませんけれどね……はぁ、はぁ、最後にもう一度!」


 僕はショートソードを振り上げたまま思いっきりジャンプしてから、全部の力を振り絞って会心の一撃を放った!


 ボヨヨ~~ン


 「うわぁ------」


 グルグルと後ろ周りを繰り返して、頭が石にぶつかったところで、ようやく止まる事が出来た。


 「いててててえ~~」

 「まぁ~~大変!?大丈夫?アキ君」


 上から優しいマリア王女の声が聞こえ……


 「あっ……白だ」

 「き、き、貴様ーーーーー!!!」


 僕の呟きを聞きつけた、サクラ師匠の叫びが聞こえる。


 (あ、今度こそ殺されるかも……)


 僕がそう思った瞬間、それが空から降りて来た。


 ドスン!!!


 物凄い音が響き、地面が揺れる中、王女様のスカートがハラリと大きくめくれ上がる。

 しかも彼女はぬいぐるみを抱えているから、スカートを手で押さえられないみたい。


 そこには青い空によく映える白いパンツと、大きなライオンの顔が見え……


 「え、えっ~~?!マ、マンティコアーーーー!!!」


 あの僕とお母さまを襲ったヤツと、まったく同じ魔物。

 きっと僕の若鳥の唐揚げを食べたヤツに違いない!

 僕には分る。


 「なぜ大型の魔獣がこんな街の近くまで……。姫様、早く街の中にお逃げ下さい」

 「えっ、でもアキ君を置いてはいけないわ」


 緊迫した師匠の声と、余り変わらない王女様の声……


 (どうしよう……僕、もう動けないよ……)


 ショートソードを持つことも、逃げる力も、僕には残されていなかった。

 立ち上がるのがやっと、というところだ。


 僕たちを守る様にして、サクラ師匠がマンティコアの前に立ちはだかってくれる。

 そして剣をスラリと抜き放つ。


 キラリと光るロングソードが格好いい。


 「テイヤーーー!!」


 速さで勝る師匠が先制攻撃を仕掛ける。

 大きく振りかぶって振り下ろした剣を、マンティコアの前足が弾く。

 しかし師匠は姿勢を崩さないで、そのままの勢いで懐に入って一太刀を浴びせた。


 「グォーーー!!」


 傷つき怒りに燃えたマンティコアの前足と、牙が生えている口が次々と師匠に襲い掛かる。

 それを美少女剣士が流れる水のような動きで、スイスイと躱していく。

 そしてまた師匠の剣が、マンティコアの前足を切り裂いた。


 (凄い……)


 トレーラーのような大きさの魔物を相手に、小さな身体をした師匠が互角に戦っている。

 いや、ダメージを追っているのはマンティコアだけだから、師匠の方が優勢だ。


 目を真っ赤にしたマンティコアが、牙が並ぶ口を大きく開く。


 ブファーーーーーーーーーーーーー!!!


 今度は、師匠が動き出すよりも早く、ライオンの口の中から紫色の煙が吐き出された。

 モクモクと膨れ上がる大量の紫色の煙があっという間に広がり、僕たち3人を包み込もうとして迫って来る。


 どうしようかと、僕が考えているうちに、上も横も紫色に染まってしまい。

 後ろに逃げようとしても煙の方が速かった。


 (駄目だ、もう死んじゃう……)

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